共同浴場とヒール
日が沈むとほぼ同時に、俺とリリーは港街ブル・ウォータに到着した。この街は大河である『オウラ川』挟んでおり、今俺たちがいる側が『ブル』といい、対岸が『ウォータ』といった。二つで一つの街だ。ローファン国最大の街であり、農業、漁業、工業の製品が全てここに集まってくる。
途中休憩もあったが、大きな遅れもなく、とりあえずは無事に到着したことに安堵し胸をなでおろした。
俺たちは早々に宿を見つけ、共同浴場に向かった。リリーのベタベタになった身体を綺麗にするためでもあるが、ローファン国内で一番の大浴場に入ってみたいという好奇心もあった。下心があってではない。本当に。
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服を脱ぎ湯船に浸かる。体の芯まで温まってくる。城内で掃除夫を続けていたら絶対に味わえなかったはずだ。ちゃんとした風呂に入ったのは転生前以来かもしれない。
しかし、本当に大きな浴場だ。しかもサウナもあるときている。大勢の老若男女が、飲食をしつつ、お湯を楽しんでいた。もちろん全ての人が生まれたままの姿だ。ちょっと目のやり場に困ってしまう。
「スキル……」
「お、おう……」
隣からリリーの呼ぶ声がした。何を隠そう、隣にはリリーがいる。さすがに直視は出来ない。まあ、最初にちょっと見てしまったのだが。
顔を真っ赤にし恥じらいを見せ、大事な部分を両手で隠したその姿は、体のラインがハッキリしないものの、俺の頭を沸騰させるには十分であった。今日、ドレスから一時的に布一枚になった時とは全然違う。
直視すると理性が負ける可能性がある。
「あ、明日は起きたらすぐに『ウォータ』に向かうからな。そこで冒険者ギルドに登録する。今後お金を稼ぐのに必要だからな……。だ、だから、今日はちゃんと身体を休めろ。良いな」
「はい。ただ……」
「どうした?」
「ちょっと右の足首が痛くて……。どこかでひねったみたいです……」
今までそんな素振り全然見せていなかった。緊張がとけ、痛みが出てきたのかもしれない。
「ちょっと見せてみろ」
「はい……」
リリーはそう言うと湯船から右足を出す。高級絹のような肌だ。触れると吸い付いてくる。ずっと触っていたい。いや、何考えてんだ俺。リリーは怪我をしているんだ、真面目にやれ。それにしても、奴隷をしていた俺とは肌の質が違うな……。同じ人間とは思えない。
まじまじと足首を見る。確かにかなり腫れている。腫れている部分を少し触ってみる。
「いたっ……いたい、で……す……」
「あっすまない」
俺はすぐに手を離した。多分捻挫だろう。これくらいなら『ヒール』ですぐ治る。奴隷の時は違い、コソコソと魔法を使う必要がないというのは楽で良い。右手に魔力を溜める。次第に光が集まってきた。
「ヒール、ですか?」
リリーはびっくりしたようだった。そう言えば、魔法を使える事を話していなかったな。
「ちょっと痛いかもしいれないが我慢しろよ」
俺はリリーの腫れた足首に直接魔力の塊を当てた。
「えっ――――-直接当てるんですか!あっ……あっ……ああっ!!」
みるみる腫れが引いていく。問題なく成功だ。正直これくらいの傷なら一瞬だ。死んでなければ大体治せる。始めから強い力を持っていた訳ではないが、転生する際にもらった能力なだけあって、かなり性能が良かった。
「足、動かしてみろ」
「は、はい――――。あ、ほんとに痛くない……。すごいヒールですね!」
「ありがとう。結構自信あるんだ」
「私の知っている限りでは、ここまで素晴らしいヒールを使う方はいませんでした。普通、回復までもっと時間がかかります。それに使い方もちょっと違いますね。私達は、患部に直接魔力を当てません。だから――――-えっと、痛くもないんです」
「えっ?治療中痛くないの?」
「はい。ただ治りはこんなに良くないですけどね」
知らなかった。確かに、俺は魔法を誰かに習った訳ではない。使いやすいように『ヒール』を使っていただけだっだ。この方法も、単に一番回復能力が高かったからだ。リリーの治った右足首をさすってみる。痛そうな表情は見せない。しっかり治っている。
ふくらはぎ、太ももと続けて触ってみる。続けて首筋、肩、二の腕、手のひら。
指先に小さな擦り傷を発見した。試しに、傷口に触れないように治療してみる。傷はあっという間塞がる。この程度の傷では、感じる痛みもたかがしれている。これではよく分からない。
仲間に『ヒール』を使う場合、痛みが発生するこの方法は大きなデメリットだ。やり方を考える必要がある。
「あの――――-」
リリーはもじもじと何か言いたげだ。しかも顔が真っ赤になっている。
「は、恥ずかし……です――――-」
ここで始めて、自分がやっている変態行為に気付いた。握っていた手を慌てて離す。こうなってしまったら、やることは一つしかない。
――――――――――――――――――――誠心誠意の『土下座』だ。
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