奴隷剣士と落ちこぼれの王女
俺は今、ローファン城壁外の草原においてスライム三匹に囲まれている。一人であればなんでもない相手だが、今は守らなくてはいけない相手がいた。それは――――リリー王女だ。
「リリー様、スライムに近づき過ぎるとあのゼリー状の中に取り込まれます。お気を付けください」
「様はつけないで下さいって言いましたよ、スキル」
そう言うと頬を膨らませる。リリー(お言葉に甘えてそのように呼ばせていただきます)の「攻撃魔法が使えます」という言葉を信じスライム退治をお願いしたのだが、放たれた『ファイアーボール』は小さな小さな火の玉一つ。草をちょっと燃やしただけだった。
「申し訳ございません……リリー」
「敬語もダメです。あっスライムが来ました! 」
二体のスライムが俺のもとに突撃してくる。思ったよりも素早い。使い慣れていないバスタードソードのせいで初動が遅れたものの、一瞬で二匹を真っ二つにした。だが、問題は―――。
「キャーーーーーーーーー」
もう一体のスライムがリリーに襲いかかっていた。今まさにリリーを飲み込もうとしている。いや、すでに上半身はゼリー状の物体に包まれている。取り込まれいる状態では切る訳にもいかないので、そのスライムは串刺しにして倒した。
解放されたリリーは、ゼリーの中に漬け込まれた影響で、全身が濡れ濡れのドロドロになっていた。
「くちゅん!」
控えめにくしゃみをした。身体が冷えきっているようで、プルプルと震えている。今日は気温があまり上がっていない。太陽は厚い雲に覆われている。
スライムの体内は非常に冷たく、取り込まれたままだと体温を奪われ死んでしまう事もある。スライムは弱いが、こちらも弱いと死んでしまう可能性もあるため油断できないモンスターだ。
運良く近くに岩場がある。休憩をとりつつ服を乾かそう。ここで休憩しても日が落ちる前に港街『ブル・ウォータ』に到着出来るはずだ。
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突然の環境の変化になかなか頭がついてこない。
昨日まで確かにローファン城で働く奴隷の掃除夫だった。今日は見張りの兵士達の部屋を掃除するはずだった。それが突然変わった。本日の早朝、誰よりも早く叩き起された。理由も説明されずに服を脱がされると、何人ものメイド達に全身の汚れという汚れを落とされ、少し高貴な服に着替えさせられた。
そして、俺は抵抗する事も出来ず、そのまま王座の間に連れていかれた。
そこでは王族達と貴族たちが儀式を行っており、もちろんリリーもそこにいた。儀式中の雰囲気は最悪そのもので、追い出されるように俺とリリーは城外へ放り出された。
貰ったものは『バスタードソード』『金貨10万G』『馬二頭』『最低限の旅の荷物』
この旅はローファン国の最大権力者である『女王』になる権利を手に入れるために行う「精霊の儀」というものらしいが、儀式の重要性を考えるとなんとも手持ちが寂しい。
それ以上に、リリーの護衛が城内の奴隷である俺だけというのが……。リリーに死ねと言ってるのと同じだ。なんともキナ臭い。
とりあえず、聖地『ベネティス』到達し、水の精霊の加護を受けたリリーを無事に連れ帰ってくれば俺を自由の身にしてくれるという契約になっている。
「もういいですよ」
冒険用のドレスを脱ぎ、大きな布をまとったリリーが声をかけてきた。長い髪は耳の下で縛り、おさげにしていた。
「そうで……そうか。火の準備は出来てるぞ」
どうしても敬語を使いそうになる。慣れにはまだ時間が必要だ。ちなみに火種はリリーの魔法『ファイアーボール』だ。着火マンとしては使用するには便利な魔法だなと思う。攻撃魔法ってなんだろうね。
「ベタベタ、とれないです……」
焚き火にドレスを近づけながらリリーは言った。
「ブル・ウォータに着けば好きなだけ洗えるさ」
「港街ブル・ウォータですか。私、久しぶりなので楽しみです」
リリーは満面の笑みで答えた。彼女には不安な気持ちはないのだろうか。いや、そんなはずはない。
「昨日は……この旅の事で不安になってたんだな」
「そうです。なのでフェミニにお別れを」
再び笑顔で返してくる。
「じゃあ、なんでそんなに楽しそうなんだ?無理しなくても良いんだぞ」
「何を言ってるんですか、スキル。昨日言いましたよね? あなたと旅に出たかったって。それが叶ったんです! こんなに嬉しい事は他にありますか?」
「いや、まあ、確かにおっしゃていましたが……」
「ふふっ、敬語禁止ですよ?」
くそっ、完全に弄ばれている。
「と、とりあえずリリーはその下手くそな魔法をなんとかしろ!ウサギのフンみたいな『ファイアーボール』出しやがって!」
「確かにそうですがっ! さすがにその例えは酷いです……」
ちょっと落ち込んだようだ。言いすぎたかな。
「他に魔法は使えないのか? ローファン家は賢者の血筋があれば、どんな魔法も意のままだと聞いたが」
「『ヒール』……が使えます』
俺と一緒か。でも治癒士が多くて困る事はない。
「レベル的にはどのくらい?」
「小さな擦り傷がちょっと治るくらいです。へへへ……」
前言撤回。全く役にたたない。
最低レベルの剣士と魔法使いで行ける地域なんて限られてるぞ。いくら俺の『ヒール』があっても無理だ。早くもこの旅に暗雲が立ち込めている。それにしても、由緒正しき賢者の血筋を持っているのになんでこんなにも能力が低いんだ……」
「いっぱい努力したのですが上達しませんでした。才能ないみたいで。落ちこぼれなんです、私。……だからお父様に嫌われていました」
嫌われている、消えたいと言っていた本当の意味がようやく分かった。だが、リリーの表情には昨日のような悲しみはなかった。
「でも今はもう気にしていません。昨日、スキルが私を励ましてくれたから。私、スキルと旅が出来る事になって、本当に幸せなんですよ!」
キラキラと輝くその顔に圧倒されてしまったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「は、恥ずかしい事言ってる暇があるならさっさと服を乾かせ。早く出発しないとまたモンスターに出会うぞ」
「ふふふっ、分かりました」
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