王女と奴隷
太陽が真上に昇る頃、俺はローファン城の食料庫に到着した。すぐにフールが駆け寄ってくる。
「すごいな! バッファーを狩れたのか!さすがスキル! 」
「一時間くらいで見つかった。いや、運が良かった」
「そんな事言って、実は近くの牧場からかっぱらって来たんだろう」
「ははっ、そんな訳あるか。そしたら、こんな時間に帰って来れないだろ」
「すげえ、すげえ、貴重な野生のバッファーだ。よーし、早速解体しようぜ 」
ドラゴンの元へ持って行く前に、頭と足と毛を含む皮、そして尻全体を切り落とし、全ての内蔵を取り除く必要があった。商人から仕入れる場合、これらの作業を行う必要はない。牧場でその作業を終えている。
王族や貴族の、いわゆる上流階級の人間は、これらの部位を絶対に食べない。他のモンスターでも同様だ。不浄なものという認識があるためそのまま捨ててしまう。
なので、王族のペットであるドラゴンにも与える事は許されない。ペットとは言え、階級は王族だからだ。
「今日の晩飯は楽しみにしとけよ、スキル達の部屋は、もちろん多めにしてやるからな」
捨ててしまう部位に関しては、どのように扱っても問題がない。
そう、食べてしまっても、だ。
奴隷自身で狩りを行う最大の特典はここにあった。死というリスクは負うものの、成功すればご馳走にありつける。城中の奴隷達が歓喜する日と言っても過言ではない。
いつも粗末な物しか食べられないので、このイベントは本当に嬉しい。
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解体を終えると「いつもの『アレ』頼むな」という言葉と共に、フールは別の作業場に行ってしまった。『アレ』というのは、看守の目を盗んで切り取った、バッファーの首元にある肉塊の事だ。とても貴重は部位で、奴隷では絶対に食べられない。ただ、そんな事はドラゴンには分からないので、こっそり拝借しているという訳だ。バレたら間違いなく拷問だ、こわいこわい。
外で採取してきた大きな葉に包み、バッファーの胴体を乗せた荷車と一緒に食料庫の外に持ち出す。危なげなく成功だ。
ドラゴンの元へ向かう途中、辺りを注意しながら、あらかじめ切っていた肉を三切れほど取り出した。こっそり食べるためだ。実は、これが一番の楽しみだったりする。
バッファーの首筋の肉は、赤身と脂肪のバランスが非常に良い。焼くと赤身の肉肉しさと脂の甘味が交わり、これ以上ない上品な味となる。ただ、この肉にはもう一つの楽しみ方がある。
『生食』だ。魚の刺身を食べるように焼かずにそのまま食べてしまう。
『ヒール』には裏技的な使用法があり、使った対象の『菌』を殺す効果があった。つまり、食中毒の心配がないという事だ。
小さく切り落とした肉を口に運ぶ。新鮮であるからこその赤身の強さと、荒々しい脂が口の中で弾ける。食感は馬刺しに近く、噛めば噛むほど甘味が増す。たまらず残りの肉を口の中へ入れる。醤油とにんにくがあればもっと美味しいに違いない。
うむ、大満足だ。どちらもフールのお陰で知り得た事だ。モンスターの食べ方に、彼はとても詳しかった。
周りに注意しながら花壇の中に残った肉塊を隠す。いつもの隠し場所だった。あとでフールが回収に来る。調理担当の奴隷達と分け合うからだ。
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ローファン城の庭園には古く大きな大木がある。その木陰で休むように、体長5メートルばかりのドラゴンが横たわっていた。種族的にはミニドラゴンであり、おとなしくて小さいのが特徴だ。
「あれ? 」
そこには、ドラゴンの頭を優しく撫でる少女の姿があった。
第一王女『リリー・ローファン』だった。ドラゴンは第二王女のペットではあるが、二人はとても仲が良く、よく二人でドラゴンと遊んでいる姿を見る事ができた。どうも今日は一人らしい。しかも親衛隊もいないときている。何かあったんだろうか。
「あら、フェミニのごはんですか? ありがとう」
リリー王女はこちらに気付いたようで声をかけてきた。フェミニとはこのドラゴンの名前だ。俺はすぐに跪き頭を下げた。奴隷と王族は会話を交わす事が出来ないからだ。
「そうですか、私を気にせず続けてください」
スラっと伸びた手足と透明感がある顔立ち、なめらかな金髪のロングヘアー。今年で14歳になるとは思えないほど大人びている。ただ、今日は少し寂しそうに見える。気のせいだろうか。
俺はもう一度頭を下げ作業を始めた。
リリー王女は上流階級の人間としては珍しく、奴隷に対しても優しく接してくれる方だ。その影響は俺たち奴隷の待遇にも現れている。もっと悪い環境で生活している奴隷はざらにいた。
バッファーをドラゴンの餌場に置き、その周りを掃除する。リリー王女はドラゴンの傍を離れようとしなかった。
「きゃ!」
小さき悲鳴が聞こえた。何事かと見ると、リリー王女のドレスにバッタが飛び移っていた。全く命知らずの奴だ。すぐに駆け寄り、頭を下げ、ドレスから無礼者を引き離す。
「本来なら処刑もんだぞ」
そうバッタに声をかけ、近くの花壇に離してやった。
「お優しいのですね」
「………」
とりあえず頭を下げる。優しいというか、なんというか、ただ無駄な殺しはしたくなかっただけだ。こういう部分に転生前の影響を感じる。
「それに比べて、私は何もできないのです……。魔法どころか、あのバッタをお花の下まで連れて行ってあげることすらできない……。本当に、本当に……」
「………」
「……お父様が私を嫌うのも当然です。……私が……消えるのは、神の定めた決まりごとなのかもしれませんね」
「そんな事はありません! 」
思わず声に出てしまった。やってしまった、完全な失態だ。懲罰は確定。ある程度の拷問は覚悟する必要がある。
ただ、今にも泣きそうな王女の顔を見ていたら放っておけなかった。力になりたいと思ってしまった。リリー王女が役に立たないというなら、他の遊びほうけている貴族連中などどうなってしまうのか。
「姫様は……私たち奴隷にも優しくしてくれます。姫様がいなければ、私たちはこんなにも気持ちよく働くことが出来ません。どのような事があったかは分かりませんが、姫様はこの国にはなくてはならない方です。間違いありません!」
思わず言葉に熱がこもってしまった。リリー王女は目を白黒させている。突然こんな事を言われたらびっくりするのも当然だろう。
「大変失礼しました。突然のご無礼お許し下さい。ただ、言葉に嘘はございません」
「いえ、とても、とても嬉しいです。……あなたのような方と旅に出たかったです。ありがとう」
リリー王女はそう言うと、優しく微笑んだ。金色に輝く髪が、僅かに強くなった風に揺られ、そよそよと揺れている。流れる髪を抑える仕草は、まるで一枚の絵画の様だった。
「風が強くなってきたので戻ります。お体に気をつけて下さいね」
帰ろうと体を反転させ歩きだそうとした時「あっ」と声をあげた。
「そうそう、私とおしゃべりした事は内緒にしておきますので安心してくださいね」
そう言い残し、リリー王女は帰っていった。
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その日の夕食は、固いパンとバッファーのホルモンやレバーなどの詰め合わせ、あとテールスープだった。フールの行っていた通り山盛りだった。部屋の全員に振舞われるため、みんなは大いに喜んだ。当然のようにちょっとした宴会になった。
そして――――まさかこれが――――奴隷としての『最後の晩餐』になるとは、当時は思いもしなかった。
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