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奴隷と狩り

 日が昇ると共に一日が始まる。案の定、体はまだちょっと臭い。正確には、いつもより臭いといった方が正しい。基本臭い。


「******」


「おう、おはよう」


 今日はドラゴンの世話が仕事になっているので、朝食後は食料庫に向かう必要がある。どこに生えているのか分からない謎の草が入ったスープを飲み干し、人を殺せそうな程固く、今にもカビの生えそうなパンを胃袋に放り込む。

 看守に手枷と足枷を外してもらい、早足で食料庫に向かう。あんまりゆっくりしていると殴られるのもあるが、実は食料庫、ちょっと遠いのだ。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「よう、スキル。今日はドラゴンのエサやりか? 」


 食料庫の前には奴隷の『フール』がいた。このローファン城に、だいたい同時期にやってきた人間だ。歳も14と同じで、しかも男同士。俺の一番の友達だ。


「ああ。バッファーをもらっていくぞ」


 バッファーとは牛型のモンスターだ。松坂牛みたいな位置づけの肉で、ドラゴンの餌として利用しているが、一般階級でもなかなか食べる事が出来ない高級食材だ。それを、たかがペットに丸々一頭与えてるんだから、貴族というのは恐ろしい。


「いや、それがな。昨日馬車が襲われたらしくって、バッファーを仕入れられなかったんだよ」


「は?本当かよ。まあ高級食材だしなあ。闇市に流れればどれだけ利益がでるか。しかし、護衛は何してるんだ」


「偉そうにしてるけど、あいつはたいしたことないからな。所詮、第一線で戦えない商人の護衛だよ」


「そういうもんか。って、今日のドラゴンの餌はどうすんだよ」


「あ、それならさっき看守長から連絡があったぞ」


「『責任を持ってエサを狩れ』だそうだ。同じくらいの大きさであれば、バッファーじゃなくても良いってよ。城壁外に出る許可書はもらってるから、その辺にいる看守につれてもらえってさ」


「責任って……。俺関係ないのに。理不尽すぎる……」


「まあ城壁外に出れるし、バッファー限定でもないし、いいじゃないか? 久しぶりの狩猟を楽しんでこいよ」


「いや、それでも2~3mは必要だから、遭遇するモンスターによっては死ぬぞ」


「はっはっはっ。おれらの中で一番強いし、スキルなら大丈夫だよ。がんばれー」


 なんだその適当な励ましは……。くそう、どう考えても理不尽だ。

 こうして俺の一日は、ドラゴンのエサになりそうなモンスターを狩る事から始まる事になった。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


 馬車に載せられローファン城を出る。しばらく走ると、そこには都市が広がっている。いわゆる城郭都市の構造をしており、街は高い城壁に囲まれていた。

 商人が多くの店を構えており、なかなか活気のある街だった。城の外にはほとんど出る事がないが、今回のように、狩りを行うために城外に出る事がある。もちろん頻繁にある訳ではない。


 城門に到着した。厳しい検査はあるが、許可書があれば全く問題はない。橋が架けられるのを待ち、架かると同時に橋を渡る。


 城壁の外には、180度遮るものがない草原だ。遮るものは何もない。

 真っ直ぐに伸びた石畳の道を逸れ、整備されていない草原の深くへ入っていく。


 さあ、ここから気を引き締めていこう。ここからはモンスターの世界だ。いつ食われてもおかしくない。とりあえずバッファーがいそうな水辺を探す事にした。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


 周辺をブラブラと探索して一時間ほど経った。太陽の日差しが段々と強くなってくる。今の季節は夏季に近い。ちょうど乾季と雨季の狭間であり、これから気温も上がってくるはずだ。


 昼までに城に帰るのは難しいかと思い始めた、ちょうどその時だった。


 大きめの水辺の近くで、一頭のモンスターを見つけた。


 3メートル近い姿と、多くの毛に覆われた全身。頭部に生えた一本の鋭いツノを持っている、牛型の四足歩行のモンスター。間違いなくバッファーだ。こんな短時間で出会えるなんて、今日はツイ・・ている

 少し離れた場所に馬車を止めた。俺の他に、奴隷上がりの看守が三人着いてきているが、あくまで俺の監視とバッファーを運ぶための作業員だ。この狩りには参加しない。死にたくないからだ。


 手枷を外され剣を渡される。先端は細く、切るというよりは刺すという使い方をする剣だ。形状としてはレイピアに似ている。剣としては非常に軽く、片手で扱えない事もない。


「ふう………」


 一つ息を吐き、草むらに身を隠しながらバッファーの背後に回る。

 これは、逃げられる事を警戒しててではない。もし見つかってもバッファーは逃げない。だからこそ厄介とも言える。

 

 見つかると、体格には似合わない程のスピードでこちらに突進をしてくる。そして鋭利なツノで一突き、一瞬であの世行きである。過去に何人かの奴隷仲間はそれで死んでおり、俺も大怪我を負った事がある。

 

 だが、それは昔の話だ。今はどうって事のない相手。必勝法は確立されている。さっさと終わらして城に帰ろう。


 落ち着いて着ている服を脱ぐ。『外の開放感で思わず裸になってみました!』 という理由では、もちろんない。そして、持っていた剣を左腕に突き立てる。痛みが全身を駆け巡った。溢れ出す血液。俺はその血を服にかける。かけ終わったら直ぐに魔法『ヒール』で左腕を元に戻す。


 バッファーは人の血液に激しく興奮する。それを利用して狩りを行う。この方法は俺にしかできない。


 裸のまま、バッファーにギリギリ見つかる位置まで移動する。タイミングを見計らい、全力で駆け出す。草むらの少ない、なるべく開けた場所を目指し走った。


 そして、すぐに持っていた衣類を掲げる。


 俺に気付いたようだ。身体をこちらに向けると、勢い良く突進して来た。地鳴りのような音と巨体が迫ってくる威圧感は、いつ感じても恐ろしい。


 血液が染み付いた衣類を勢い良く羽ばたかせ、さらに興奮させる。もはや冷静さの欠片もないバッファーの目線が、俺から衣類へと移ったのが分かった。

 

 目標が変わったのだ。


 右手に持っていた剣に力が入る。チャンスは多くない、一撃で仕留める。


 そして―――衣類目掛けての突進を――闘牛士の様にギリギリの所で交わし――首筋に、全力で剣を突き刺した。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 絶叫と共にバッファーは崩れ落ちた。慎重に近づき、死んでいる事を確認する。良かった、成功だ。


 緊張から解き放たれ、肩で呼吸をする。疲れた、もう今日は何もしたくない。

 

 剣を看守に返し、バッファーを馬車に載せる作業をする。水辺はモンスターが集まり易いので、さっさと終わらせる。あとは城に帰るだけ。

 馬車の中で「奴隷のくせになかなかの剣術だ」と珍しく看守の一人に褒められた。お前も元奴隷じゃねえか、と思ったが褒められて悪い気持ちはしなかった。

読んでいただきありがとうございます。気付いた事がありましたら、ぜひぜひ教えて下さい。

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