奴隷と王女
船と馬車に揺れてローファン城へやってきたのは、今から二年前の事だった。
移動環境は劣悪で、途中、多くの奴隷が病気で死んでいた。俺も何度も病気にかかったが、ヒールがあったお陰で、何とか生き延びでいた。転生前の記憶が戻っていた事もあり、この魔法があるファンタジーな世界で上手くやっていけるのではないかという考えがまだ残っていた。生き延びれば、希望はあるはずだと考えていた。
しかし、その希望はすぐに無くなってしまった。
当時のローファン城において、そこで働く奴隷の扱いは酷いものだった。朝から晩まで働かされ、寝る暇もなかった。奴隷同士話す事は許されず、仕事場にいる看守(当時は兵士)の意にそぐわない行動があれば、動かなくなるまで殴られた。死体は残った食物や排泄物と一緒に捨てられ、毎日のように新しい奴隷が連れて来られた。とても人間が生きていける環境ではなかった。
いつも間にか、ヒールをしてまで生きていたいと思わなくなっていた。いっそ死んでしまった方が、また転生が出来るんじゃないかという考えまで持っていた。
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建築関係の肉体労働が続いたある日、初めて宮殿内での清掃作業を命じられた。
貴族たちの嫌がらせを除けば、いつもの仕事に比べれば肉体的には楽だった。その日は、日が沈む前には奴隷部屋に戻っていた。初めてゆっくり晩飯を食べられた日だった。
だが、翌日事件が起きた。リリーのペンダントが何者かに盗まれたという事だった。
疑いは真っ先に俺に降りかかった。どんなに否定しても無駄だった。リリーの部屋から一番近い場所で仕事をしていた俺が犯人だという結論はどうやっても覆らなかった。
『棒打ち100回』それが罰だった。ただ、こんなものは形だけで、実際は刑を執行する兵士達のストレス発散の道具だった。死刑と同じだった。
懲罰房に連れてこられ、手と足を鎖で繋がれた。俺は少しホッとしていた。ようやく死ねると、次はもっとマシな世界に転生しないかなと思いながら。
ヒールを使いながら刑に耐える事をするつもりは一切なかった。早く殺して欲しかった。
その時だった。重い鉄の扉が勢いよく開いた。
「やめなさい、あなた達!」
入ってきたのは――――-リリーだった。
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「なるほど、死刑になるところを救ってもらったという訳か」
話を聞いていたシーザリオがサンドウィッチを口に運ぶ。あまりに美味しそうに食べる姿を見ていると、暗い話をしていたため沈んでしまった気分が晴れてくる。
「ただ、その時の俺には、感謝の気持ちはありませんでした」
「命を助けてもらったのに?」
「殺して欲しいと思ってましたからね」
そう、生きる事に希望はなくなっていた。
シーザリオが持っているサンドウィッチを一ついただく。「あっ! 私の分だぞっ」と言ってきたが気にしないでおこう。
「リリーは兵士達を引き離すと、リリー自身の手で俺の鎖を切りました。そして、俺の手を握って『ごめんなさい。あなた達を苦しめている事を知りませんでした』って言ったんです。王族の人間が奴隷の手を握るなんて考えられないですからね。ビックリしましたよ」
「彼女らしいな」
「ええ……。王族でもこんな人がいるだなって思いましたよ。そして、こんな人がいるのなら、もう少しだけ頑張って生きてみようと思ったんです」
「本当の意味で救われたのか。ただ、辛い待遇に変わりはなかったんだろう?」
「いえ、その後少しずつ待遇が改善していったんです。リリーの影響があったと聞いています。まあ、完全に良くなったとは言えませんが、友達を作っても問題ないくらい自由な部分は増えました」
「いい方向に進んだのか。――――-リリーは当時の事をなんと言っているんだ?」
「聞いてないですし、多分覚えてないんじゃないかなと。その後、ミニドラゴンの世話をする事になってリリーを顔を合わせる機会が増えましたが、やっぱり俺を知っているような素振りはありませんでした。「こんにちは」「ありがとう」と必ず挨拶はしてくれましたが。懲罰房は暗かったですし、顔をハッキリ覚えられなかったんだと思います。しかも、顔が垢と日焼けで真っ黒でしたからね」
「覚えてると思うがなあ……」
シーザリオはポツリとそう言いながら、最後サンドウィッチを口に運んだ。そんなにガードしなくても、もう取りませんって……。
「スヒルはヒヒーのことが、すきひゃのがひゃよくわははったひょ」
思わず笑ってしまった。ちゃんと飲み込んでから話して下さい。何を言ってるか分かりません。
「まあ、スキルがリリーを殺さない理由はよく分かったよ。では、参考になるか分からんが、少しだけ私の話をさせてもらおう」
シーザリオが自分の話をする事はほとんどなかった。純粋に興味があった。
「私もな、リリー同じように魔法が苦手だったんだ。騎士の家系に生まれ、幼い頃から毎日が鍛錬の日々だった。かなり厳しかったよ」
「魔法が苦手だったなんて思いませんでした」
オーク討伐の時に見せた魔法の他にも、多くのサポート魔法が使える事を聞いてた。剣術とサポート魔法がシーザリオをギルドランクSSまで導いたと言っても過言ではないはずだ。
「魔法の鍛錬が嫌で嫌で仕方がなかった。出来なければ厳しく叱られたからな。10歳になった私は何度も家出をした。まあ、その度にすぐに見つかって連れ戻されるんだがな。家出と言っても、同じ街中の路地裏に隠れているだけだからな、はっはっは」
ポンポンと俺の足を軽く叩いた。どうやら水が欲しいらしい。俺もちょうど喉が乾き始めていたので飲むことにした。
「そうやって何度も家出を繰り返しているうちに、私は初めて使い物になる魔法を覚えた。なんだと思う?」
「……分からないです」
「『ファインダー』だよ。今でこそモンスターを発見するのに使っているが、元々は親の居場所を探るために覚えたんだ。家に連れ戻されたくなかったからね」
「でも、モンスターしか探査出来ないと言ってませんでしたか?」
ヒボク村でヴェルデを発見した時に言っていたのを思い出した。
「あくまで実践レベルではな。この魔法の原理は、魔力を周囲に拡散し、モンスター特有の魔力を見つける事によってその位置を把握している。人間の位置も把握出来なくもないが、人間の魔力は複雑過ぎて正確性がないんだ。あと通信士のせいで、変な所に人間の反応が出たりするからな」
「そういう事だったんですね」
「ああ。とにかく、私は覚えたばかりのファインダーを使い必死に逃げ回っていた。以前より逃げ回る時間は増えたが、それでもやっぱり見つかって連れ戻されていた」
「せっかく覚えたのに役にたってないじゃないですか。だめじゃないですか」
「ははっ、その通りだ。でもな、その時期から少しずつ上手く魔法が使えるようなってきたんだ。ファインダーを覚えた事で、他の魔法への理解がし易くなったんだ。いつの間にか魔法に対する苦手意識もなくなり、鍛錬から逃げ出す事もなくなっていたよ」
シーザリオはコップに残っていた水を飲み干した。
「まあ、何が言いたいかと言うと、今がダメでも切っ掛けさえあれば良くなる可能性があるという話だ」
「……リリーの事ですね」
どうしてこの話をしてくれたのかようやく分かった。
「ああ。私も出来る限り力を貸す。彼女には強くなってもらいたい」
この旅の状況が、リリーの能力の低さゆえに仕組まれてしまったのは間違いない。
「当然ですね。どうやら力がないと『女王』にはなれなさそうですし、強いどころではなく、最強の魔法使いになってもらいますよ。前女王以上にね」
「頼もしいな」
そこまで強くなれば、必ずローファン王も納得するだろう。そうなれば、王がリリーを嫌う理由もなくなるはずだ。リリーはきっと幸せになれる。
リリー王女を――――-最強の魔法使いにしてやる。そして、王の度肝を抜いてやるんだ。
俺の中に、新たな旅の目的が生まれた瞬間だった。
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