仕組まれた旅
「脇が甘い!その剣の初動では上半身が真っ二つにされるぞ!」
脇腹に強烈な一撃を喰らってしまった。呼吸がしづらく苦しい。使用している武器が真剣ではない利点は、この一撃で死なない事くらいだ。木刀だってしっかり痛い。
昨日の食事会の時にシーザリオが剣の稽古をしてくれるというので甘えてみたが、一方的に攻撃を浴び続けるだけで、俺は一切反撃が出来ずにいた。剣術の差に愕然とした。なにより地面に這いつくばってばかりで格好が悪い。リリーがいなくて本当に良かった。石畳がひんやりとして気持ちが良い。広場の周りにはわずかに見学者がいて「あのガキも強いんだがなあ」なんて声が聞こえて来る。
「どうした? もう限界か?」
ゆっくり呼吸を整え、すぐに立ち上がる――――-ような事はしない。目線にちょうどシーザリオの弾力がありそうな太ももが飛び込んで来るからだ。せっかくの機会なので堪能させていただく。あまりこの角度で眺める事は出来ないからな。撲られても余裕があるのは奴隷時代のお陰だ。
「しょうがない。少し休憩にするか」
「え!? いやまだ大丈夫です」
突然休憩を言い渡すなんて目線に気付かれたか。それとも不真面目に見られたか。
「ははっ、実は私が休みたいんだ」
屈託のない笑顔だ。ちょっと不真面目だったのを反省しよう。
広場の隅にある椅子にシーザリオと隣同士で座った。動物の皮で作った水筒に水を入れて持ってきた。二人で分けあう事にする。
「そ、そのまま飲むのか!? か、関節キスではないかっ!」
「いや、気にしませんから飲んでくださいよ。というか、いい大人じゃないですか」
「わ、私はまだ19だ!そりゃあ年齢は上に見られる事も多いが……」
年齢的にいい大人だと思うが……。てか19だったのか。肌の露出も多く色気もある人なのに、こういう事には全く疎いようだった。飲んだ水筒を渡す。
「…………」
「……分かりましたよ。どこかでコップ借りてきますから」
「…………」
恥ずかしそうにコクリと頷いた。普段の調子とは似ても似つかない。昨日はお酒飲んで馬鹿笑いしてたのに……。ちょっと可愛く見えてしまった。
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「すまないな。無理を言ってしまって」
結局コップは市場で買ってきた。
「リリーはまだ買い物をしているのか?」
「ヴェルデと楽しそうにお店を見てましたよ。もうしばらくかかると思います」
今、リリーとヴェルデは市場にいる。使えそうな薬草や魔力系のアイテムを探すためだ。ヴェルデがその分野に詳しいとのこと。出身であるエルフの村では多くの魔力アイテムの生産がされているようで、そう考えると詳しいのは当然かもしれない。
「そうか。しかし、いくら頼みとはいえ、王女様を呼び捨てにするのは気が引けるな」
「俺は、少し慣れてきました」
だらしない格好を多く見るようになったせいか、当初ほど身分の差が気にならなくなっていた。
「ははは。早く私もそうなりたいものだ。――――-『精霊の儀』か。女王様が亡くなってもう3年経つのか……早いものだ」
シーザリオには旅の目的やリリーと旅をする事になった経緯を全て話をしていた。
現在『女王』の席は空席になっている。前女王――――つまりリリーの母親は3年病死している。この世界の人達ならば誰でも知っている事件だった。俺の記憶が始まった年でもある。そのため、前女王がどのような人物なのかまでは知らなかった。
「どのような人だったんですか?」
「とにかく強い人だった。天使とも悪魔とも呼ばれていた。この世の全ての魔法を使えたそうだ。『賢者』の末裔という言葉に嘘はない。女王にも関わらず、戦地の最前線に立ち、一人で敵国軍を壊滅させた事もあった。指揮官としても秀でていて、ローファン国の兵士たった100人で10万人の兵力を持った敵国を打ち破った事もある」
前女王が持つ、あまりにも強大な力の強さに言葉を失った。もしリリーが『女王』になったとしても、戦場で躍動する姿は想像がつかなかった。
「だから、リリーが女王様の後継候補者だと聞いたときはビックリしたよ。確かに納得出来る部分はある。最初に出会った時に放った言葉の力強さは似ているかもしれない」
始めてギルドに訪れた時に「オークを倒します!」と宣言した事だろう。あの無責任な宣言が無ければ、シーザリオも手を貸してくれる事もなく、下手をすればオーク討伐は失敗に終わっていたかもしれない。
「――――-ただな、正直に言おう。リリーは現時点で力が無さ過ぎる。これは資料で調べたのだがな、亡くなった女王は『精霊の儀』の時点で相当な魔力の持ち主だったらしい。護衛も、国中から選ばれた精鋭達50人だったそうだ……。対してリリーはどうだ……。もう、言わなくても分かるな」
旅の開始から感じていたキナ臭さ。そして、心のどこかで感じていた事。これでハッキリした。
「俺達は早々にモンスターに喰われて死ねって事ですね。そんな気がしてました。じゃないと、ただの奴隷を剣士に担ぎ上げて護衛なんかにしないですからね」
「そうだろうな――――-いや、それとも――――-。……なあ、なぜスキルはオークに連れ去られたリリーを助けたんだ?」
突然どうしたのだろう? この質問に何の意味がある? 俺はリリーを守りたい、それだけだ
「もし、あそこで助けなければ『精霊の儀』は終了していた。旅は終わりだ。スキルも奴隷ではなくなり、自由になれたのではないか? 」
聖地『ベネティス』到達し、水の精霊の加護を受けたリリーを無事に連れ帰ってくれば、俺を自由の身にしてくれるという契約になっている。ただ、途中で失敗した時の事は聞いていない。
城に戻り、再び掃除夫の仕事をしろとも言われていない。奴隷は城の所有物だ。契約関係は必ずハッキリさせるのがルールだ。失敗時の主従契約を放棄している事に気付いた。
つまり、失敗時は『自由にしろ』と言っているのと同じだった。
「追跡魔法も鎖も付いていないんだ。普通の奴隷であれば、リリーを殺して逃げてしまうだろうな」
シーザリオの言葉は、俺を疑っての言葉ではない。単純な好奇心だろう。言葉に緊張感がない。雑談の延長で喋っている。だから嫌な気持ちにもならない。逆にしっかりと言葉にしてくれたお陰で、随分と気持ちがスッキリしてくる。
「そうですね。普通の奴隷であれば殺すと思います。ただ――――-俺がリリーを殺す事は絶対にないです。絶対に」
俺は力強く言い切った。
リリーは覚えていないかもしれないが、奴隷としてローファン城に連れてこられて間もなく、俺は彼女に命を救われていた。
だからこそ、俺は、絶対に、リリーを裏切らないと言い切れた。
読んでいただきありがとうございます。楽しんで読んでいただけるよう、頑張って書いていきたいです!




