P.8 一期一会
夏休みなんて、気づいてみればあっという間に終わってしまうものである。
今年もなんだかんだで、夏休みは残すところあと3日。
自分の今年の夏休みを振り返ると、充実していたのかな……一応。
部活の練習もほとんど休まず出たし、そのおかげからか、次の大会では、レギュラーとして選抜された。
今まで、大会に出ても、見ているだけだったので、今回、やっと出番が回ってきた。という、感じだ。
話によると、翔太や仁たちも次の大会ではレギュラーとして参加するみたいだ。
翔太や仁に負けないよう、もっともっと練習をしないといけないな。
夏休みの後半は部活一色だった。もちろん、翔太や仁たちとゲーセンに行ったり、ファミレスで飯を食べたりはした。
でも、それは夏休みじゃなくても、していたことで。夏休み、特別に何かしたかと聞かれると、何もしていないと言った方が適切であった。
案外、夏休みとか、冬休みとか、長期休暇に入る前は、あれしたいな。これしたいな。と、思うけど、いざ長期休暇が始まると、何もしないまま長期休暇が終わってしまったりする。もちろん、計画性がある人は、別だが……。
無論、僕は計画性なんて、全くと言っていいほどない。
だから、長期休暇が終わると、「あれしておけばよかった〜」と、後悔することがよくあるのだ。
「これ借りたいんですけど」
僕は、ある一冊の本を片手に、図書室の受付のおばちゃんにそう言った。
おばちゃんは、その本を見ると少々困った表情を見せた。
「これね〜。貸し出ししてないのよ。」
「え……してないんすか?」
おばちゃんは、言葉を選ぶかのように少々考える様子を見せ、再び話し始めた。
「この本、何回も紛失しちゃってね。当分の間、貸し出ししないようにしたのよ」
「何回も紛失って……」
「ごめんなさいね〜。図書室で読むなら構わないんだけどね。」
おばちゃんは、愛嬌のある笑顔をした。
僕はアハハ…と、愛嬌のない笑顔をし、その場から離れた。
それにしても、この本って、どんだけ人気の本なんだよ……
僕は、その本を見つめた。
−人生について本気出して考える本−
ここで勘違いをしてもらっては困る。
僕は、人生について本気を出して考えようとは思っていない。
じゃあ、なんのためにこの本を借りようと思ったのか。
理由は単純明快であった。暇つぶしだ。ただ、それだけのことだった。
部活の練習が、今日は休みだった。
顧問の小林先生が夏風邪を引いたのだという。
夏休み最後の最後に、してくれる男だ。
僕は、今日も部活があるのだとばかり思って、普通に学校に来たのだが、同じクラスであり、チームメイトでもある田端から今日の練習はなくなった、ということを聞かされた。
今さら家に帰って何かすることもなかったし、せっかく学校に来たので、とりあえず、本でも借りて読むか……ということになったのだった。
「何がそんなに人気なのか、見てやろうじゃん」
僕はその本を読もうと、席の空いている場所はないか辺りを見回した。
今日は、人の出入りが少なく、どこの席でも大丈夫そうだ。
さすがに、夏休み残り3日。こんなところで、時間を潰したいと思う奴はそうそういないだろう。
席に座り、早速、人気大爆発中(だと予想)のこの本を読んでみることにした。
難しい漢字が多いな。
僕は、この時だけ、国語の授業をもう少し真面目に受けておくべきだったと後悔をした。
読み始めてから1時間が経った。
“人生に悩んでいる人達に送る、超秘術がここに!”
…ほうほう。どんな超秘術があるのか、この僕に見せてくれ。
僕は気づくと、真面目にその本を読み進めていた。
「よぉ〜。文学生!」
急に力強い声がした。
僕は、真剣になって本を読んでいたので、少々驚き、声のする方を向いた。
そこに立っていたのは、ショートカットで活発そうな女子生徒だった。
「あ、吉沢さん」
「隣、席空いてる?」
「どうぞどうぞ」
吉沢さんは、僕の隣の席に座ると、自分の鞄から、一冊の本を取り出した。
吉沢愛莉。
外見も性格も男勝りで、女性であると感じさせない。
サバサバとした性格ではあるが、絆とか友情とか、そういうものを凄く大切にしている。
だから、彼女の周りには、いつも多くの人が集まる。
吉沢さんは、1年ですでに空手部の部長に。そして2年生になると、生徒会長に任命されるほど、みんなに信頼されていた。
「あれ?部活はどうしたの?」
「それがね。今日は休みなんだ〜」
吉沢さんは、嬉しそうに言った。
「なるほどね〜。僕も、今日は休みでね。こうして、文学生となっているのですよ。」
「アハハ。全然似合わねぇー」
「うっせ」
吉沢さんと、二人きりで話すのなんて、今日が初めてだろう。
だが、初めてとは思えないぐらい、違和感もなく、自然に会話ができていた。
夏の暑さと蝉のうるささの話を何分かすると、吉沢さんは、自分が持ってきた小説を読み始めた。
ブックカバーを付けており、何を読んでいるか確認することはできなかったが、邪魔をしてはいけない。
そう思った僕は、最高傑作のこの本を読むことにした。
本を読み始めてどれだけの時間が経ったのだろうか。
時計を確認すると、12時を過ぎる頃だった。
この図書室に来て、3時間も経っていることに、僕は驚きを隠せなかった。
本を読むと時間を忘れる。とは、よく耳にするが、確かに忘れてしまうな。
「夏休み、早かったよね〜」
吉沢さんが、本を閉じ、僕に話しかけてきた。
少々驚いたが、さすが僕。そんなことに、動じるはずがない。
「確かに、凄く早かったね」
「楓くんは、夏休み、何か予定とかあったの?」
「んー、特になかったな。あったとしても、部活の練習がほとんどだったよ」
「私も私も!ほーんと、なんで夏休みにも部活があるんだ!って、感じだよね。」
「アハハ。だよね。」
やることないから部活行ってました……なーんてことは、言えなかった。
「あと3日で夏休みも終わり……。そしたら、すぐ、修学旅行だね。」
吉沢さんは、楽しそうな表情を浮かべた。
「そういえば、吉沢さんて、修学旅行の班。3班だったよね?」
「そうそう!」
「そっか。じゃあ、修学旅行のときは、僕のボディガードお願いしますね」
「逆だろ、普通。女の子を守るのが、君たち、男の子の役目でしょうが!」
吉沢さんは、あり得ないという仕草をした。
「あれ?吉沢さんって、女の子だったっけか?」
「むっか〜!!れっきとした女ですよ!」
楽しかった。
今日、初めて話したとは思えないぐらい、本当に楽しい。
「修学旅行の班のメンバー……喋ったことのない人たちだから、なんだか楽しみだな……」
意外だった。吉沢さんにも、喋ったことのない人たちがいるのか。
「不安とかないのかい?」
「もちろん!早く、班の人たちと喋ってみたいな〜。」
僕の質問に、吉沢さんは、笑顔でそう答えた。
僕とは正反対の考えをもっていた。
僕は、班のメンバーが決まったとき、微妙だと思った。いや、それどろこか、嫌だな……と、思ったぐらいだ。
だが、吉沢さんは、違かった。
喋ったことのない人の集まりだからこそ、楽しみなのだという。
そんな、吉沢さんを目の前にして、僕は自分の心の狭さに自己嫌悪に陥るぐらい恥ずかしい気持ちになった。
「はっや。いつの間に、1時なんかに……」
吉沢さんがそう言ったので、僕は読んでいた本を閉じ、時間を確認した。
1時30分か……
「じゃあ、私はそろそろ帰るとするよ」
吉沢さんは、小説を鞄の中にしまった。
「そっか。もうちょっと居れば良いのに」
「寂しいのかい?文学生〜」
「寂しいよ〜」
僕がキレのあるボケをしてみせる。
「キモッ!」
「言わせておいてなんだよ。」
「ごめんごめん。」
吉沢さんはアハハっと笑い、鞄を肩にかけ、座っていた席から立った。
「うん。なんか、良かったよ。」
「ん?」
「いやー、楓くんと今日会って、話せてさ。凄く良かった!」
吉沢さんは、ニコっと笑顔をしてみせた。
「こちらこそ、良かったよ。凄く楽しかったし。」
「修学旅行、お互い楽しもうね。風邪なんて引いて、休むんじゃねぇぞ!」
「おぅ、そっちもな!」
吉沢さんは、軽く手を振り、図書室から去った。
残された図書室で、僕は再び本を読み始めた。
キリの良いところまで読み終えると、本を書棚に戻し、図書室を後にした。
とうとう、明日が修学旅行の日だ。
新しくできた遊園地に行くらしい。名前は確か“ファンタジーランド”といったか……なんともメルヘンチックなんでしょうの1泊2日の旅。
電車に乗り継いで行ける所らしいのだが、僕は電車を使ったことがあまりないので、どうなることやら……
僕は自分の部屋で、修学旅行の準備をしていた。
タオルと、着替えと、パンフレットと……
パンフレットをパラパラとめくる。
そこには、明日何時に集合だとか、何時に消灯だとか、そんなことが書かれていた。
「消灯10時かよ!なんていう早さだ。」
ページをめくる。
次のページには、班毎にメンバーの名前が書かれてあった。
−第1班 秋山翔太 宮本仁 岡田真之介 山下カノン 山本桜−
今見ても、このメンバーで修学旅行とは、なんて羨ましい。
そして、僕たち3班。
内藤楓、内山信輝、根本遥、そして、吉沢愛莉……
僕は、この班が決まったとき、ハズレくじを引いたなと、少なからず思った。
だが、2日前、吉沢愛莉という女性に会い、話をして、それは大きく変わった。
吉沢さんがいれば、きっと楽しい修学旅行になるだろう。
パンフレットを閉じ、鞄の中に入れた。
明日は5時起きだ。
僕は、明日の準備を終わりにさせると、早々と眠りについた。