P.5 カレーパーティ略してカレパ!?
今日も、何事もなく学校が終了し、僕たちは学校を後にした。
翔太の家に遊びに行くのは、これで何回目だろうか……
翔太の家系はちょっと変わっていて、母は小さい頃に亡くなった。精神の病で、自殺をしたのだという。
父は長期の出張で、家にはほとんど帰ってこない。その代わり、祖母が翔太の面倒をみていたのだった。
もちろん、翔太はお婆ちゃんっ子だった。
翔太にお婆ちゃんの悪口を言った途端、とてつもなく不機嫌になるのを、僕と仁は今までに何回も見てきた。
今日は、待ちに待ったカレーパーティの日。僕はこの日を本当に楽しみにしていた。なぜなら、翔太のお婆ちゃんが作るカレーは、そこいらの店にあるカレーよりも、半端なく美味しいからだ。言うなら
“食べてみて、初めて分かる、この美味さ”
って、感じだ。……なんか……CMのキャッチフレーズみたいだねっ!
僕は、日課と言っていいほど、学食(学校食堂)ではカレーを食べるのだが、この日のために、僕はここ数日間、学食でカレーを食べることをやめた。それぐらい、このカレーパーティは、僕にとって待ち遠しいものであった。
だが、予想外の事態が起きたのだ。問題は、カレーパーティの参加者だった。
僕と翔太と仁。それに真之介。ここまでは、昨日の計画通りだった。だが、当日になって、もう一人メンバーが加わったのだ。
そう、そのメンバーっていうのが、山下カノンなわけで……。
カレーパーティの人事係は僕のはずであった。もちろん、カノンのことを誘おうとは思わなかった。なんか、気まずいし……。
だが、真之介が「ここは、歓迎会としゃれこみましょう!」なんて、カノンのことを誘うもんだから、急遽、カレーパーティにカノンが参加することになったわけだ。
何がしゃれこむだって?お前のアゴをしゃこませてやろうか!!
僕は、怒りに近い感情を抱きつつも、翔太の家へと向かった。
「さて、山下殿の歓迎会アーンド、交流会の始まりですぞ!」
真之介は、翔太の家に着くと同時に、テンションが最高潮に達していた。
「うっしゃー!!気合い入ってきたぜー!!!」
続いて、翔太がそう言いながら真之介と共に、はしゃぎ始める。
翔太のお婆ちゃんが、玄関で出迎えてくれた。とても優しい笑顔で、どこか懐かしい印象を受けた。
翔太は、みんなのことを部屋に案内すると、ばっちゃんの手伝いをすると、僕たちのいる部屋からササーっと出て行ってしまった。
「なるほど〜。山下殿は、音楽関係の部活に入ったのですか。」
真之介は、目をギラギラさせながら、カノンの方を向いていた。
真之介という男は、他人のことになると、それはもう、熱くなる性格だった。
自分のことを話すより、みんなのことをもっともっと知りたいと、そう思う男なのだ。
そこが、とてもウザイところなのだが、友達が山ほどいる理由の一つも、それだと言えるだろう。
「んー、部活とはまた違うんだけどね。私、昔からピアノやってたから。」
カノンは、少々照れながら、話していた。
カノンがピアノをやっていたなんて、僕は全然知らなかった。
いや、僕がカノンと知り合ったのは小学生の頃だ。その頃は、まだピアノなんてやっていなかっただけだよな。
僕は、そんなくだらない事を思いながら、カノンと真之介のやりとりを見ていた。
「ところで、山下殿は、内藤氏と、お知り合いだったのですか?」
真之介が、突然そんなことを言い出した。
僕は、びっくりして、飲んでいたお茶を勢いよく吹き出してしまった。
「おい、楓!俺にかけんなよ。あーあ、びちゃびちゃじゃねぇか。」
仁のズボンは、僕の吹き出したお茶によって、ずぶ濡れになってしまった。
「ごめん、仁!悪気はあった。今も反省していない。」
「てっめ!」
僕と仁がそんなことをやっていると、真之介が、そのやりとりを横目に、カノンに話を振っていた。
「幼なじみとか……ですか?」
「んー……」
カノンは、ちょっと考え込む仕草をとった。
「てか、小学校んときにね。お世話になった関係です。」
カノンが、何か言う前に、僕は真之介にそう言った。
「お世話……ですか?」
「まぁ……、うん。色々あってさ。」
だから嫌だったんだ。
僕の小学生の頃の話を、なぜ今さらしなければならない。
あんな、悪夢のような6年間の話を、なぜ今ここでしなければならないんだ。
僕が虐めを受けてて、それをかばってくれたのが、山下カノンです。なんて、なぜ、この場で言えることができる?
もし、仮にそんなことを言ったとしても、どうせ、場の空気が悪くなるに決まっているし、同情なんてされたら、まっぴらごめんだ。
僕は、真之介に、これ以上の事を言うつもりは断じてなかった。
カノンが、もし僕の小学生の時の話を始めるものなら、僕は、絶対に止めるつもりだった。
だが、カノンは一言も僕の昔のことについて、話そうとはしなかった。それが唯一、僕の救いであった。
「カレー、できたぞ〜!」
そう言いながら、僕たちのいる部屋に元気よく入ってきたのが、翔太だった。
テーブルに、カレーライスが人数分置かれていく。
とても食欲のそそる、良い匂いだった。匂いを嗅いだだけでも、唾液が止まらない。
「ん〜。良い香りだね。見た目も匂いも……さすが、翔太のお婆ちゃんだ。」
仁はそう言いながら、カレーを食べる準備にとりかかっていた。
「いいや、ばっちゃんと、俺の手作りカレーだ!ちゃんと、味わえよ!」
カレーが人数分置かれ、水、スプーンと、福神漬け…
食べる用意は整った。
「いただきまーす!!」
僕も、そう言うと、スプーンでご飯を崩し、カレーに馴染ませ、口の中に運んだ。
「ちょ……」
とりあえず、熱かった。
口から出しそうになるのを我慢して、水と一緒に流し込む。
「楓、慌てすぎだぜ。」
仁は、僕の一連の動作を見ていたらしく、アハハと笑いながら、水をコップに入れてくれた。
「僕は、猫舌なだけです〜!」
そんなことを言いながら、僕は再度、スプーンでご飯を崩し、カレーに馴染ませながら口の中へ入れた。今度は、少し冷ましてから、口の中へ慎重に入れていく。
「美味い!!!」
僕は自然に美味しいと、声に出した。リアクション王になりたいわけじゃない。自然と声に出してしまうほど、本当に美味しかったのだ。
辛すぎず、それでいて、甘過ぎてもいない。
ただ辛いだけじゃない。なにかこう……旨味成分というものなのか、コクというのか。よく分からなかったが、すごくまろやかで、それでいて、ピリっとした辛さがもう、何とも言えなかった。
野菜もたっぷり入っているのに、それら全てが美味しく感じられた。
そして、なんといっても、豚肉の存在がこのカレーの美味さを何倍も引き出してくれている。
牛肉が入っているカレーがよく見られるが、あれは全然カレーのことを分かってはいない。牛肉だと、食感が硬く、美味しさが半減してしまう。
だが、豚肉だと、とろけるような食感へと変貌を遂げるのだ。
さらに、豚肉を細かく切ってしまうよりも、ぶつ切りにして入れた方が、断然美味い。
それを、このカレーは分かってらっしゃる。
完敗だった。もう、僕の完敗でした。
「このカレー、本当に美味しいね!」
カノンも、満足している様子だった。
どうだ、見たか!なーんて、自分がつくったわけじゃないのに、勝ち誇った感情になりつつも、僕は誰と話すこともなく、黙々とカレーを食べ続けた。
祝福の時は、どうしてこうもすぐに過ぎてしまうのだろうか。
お腹いっぱいまで食べた。もちろん、ご飯粒一粒も残さずに。
お代わりだって、軽く3杯はしただろう。
みんなの様子を見ると、お腹いっぱいだという表情の中にも、美味しいものをたらふく食べたという満足感を見て取ることができた。
「いやぁ、ほんと美味しかったですぞ。また、カレーパーティやりましょう!!」
「おう、いつでも来い。また、用意してやるよ!」
翔太は、みんなの満足している顔を見ながら、とても嬉しそうな表情をしていた。
カレーを食べ終わった後も、1時間ほど僕たちは、何気ない会話で楽しんだ。
真之介が、バイトの面接で10連敗していることとか、翔太の武勇伝とか。仁は最近、陸上に入らないかというスカウトが、あったとかないとか。
カノンは、部活に入って、すでに何人かの仲間ができたとか。
みんなの話を聞くうちに、僕は、なんだか一人置いていかれているみたいな感覚に襲われた。
こうやって近くで喋っているのに、みんな遠いところにいる。そんな感覚だった。
カレーパーティも終わり、僕たちは、それぞれの家へ帰るために、翔太に別れの挨拶を言い、翔太の家を後にした。
翔太と、翔太のお婆ちゃんは、僕たちの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
帰宅の途中、一通のメールがきた。
僕の携帯にメールがくるというのも、そう滅多にあるものじゃないので、僕は誰からだろうと、ズボンの奥底にあった携帯を取り出し、内容を確認した。
送信者は……内藤美子。メルマガではないらしい。母からのメールだった。
−楓の、明日の朝のパンと飲み物、買うの忘れちゃったから、帰るついでに買ってきてちょうだい。お金は、後払いで−
んなアホな!
「俺も付き合ってやろうか?」
仁は、そう言ってくれたが、僕は丁重にお断りをした。
私的事情なのに、仁に付き合わせちゃ、いくらなんでも悪いと思ったからだ。
「そっか。んじゃあ、俺たちは、先帰るわ」
「ああ。気遣ってくれて、ありがとな。」
「内藤氏。話の続き・あとで、たっぷり聞かせていただきますからね〜!!」
「真之介がバイトの面接に受かったら考えとく。」
僕は仁と真之介に、別れの挨拶をした。
「今度は、かぁくんからの誘い、待ってるからね!」
カノンが、元気な声でそう僕に言ってきた。
心を見透かされているようで、僕は少々恥ずかしい気持ちになった。
「りょーかい。考えとくわ」
僕は軽く笑いながら、そうカノンに言った。
カノンもそれを聞き、アハハと笑いながら、またね。と、手を振った。
僕は、手を軽くあげ、その場を後にした。
僕はコンビニで、自分の朝食を買うと、家に帰り、ベッドに横になった。
カレーパーティ。略してカレパ。
友達数人で、カレーを食べ、なんて事ない会話をしただけ。これがカレーパーティとして成り立っているのかどうかは、分からない。だが、これだけは言える。
今日は、いつも以上に疲れたが、いつも以上に楽しかった。ってこと。
カノンの、突然の参加が決まり、どうなるかと思ったが、今にしてみれば、それはそれで良かったと、多少なりとも思うことができる。
ちょっとしか喋られなかったけど、久しぶりにカノンと喋ることができたし。
それに、みんなのことも、今までより、少しだけ分かった気がする。
「カレパか……また、やりてぇかも」
僕は、天井を見ながら、今日あったことを思い出していた。そして、知らないうちに、深い眠りへと入っていった。
もうすぐ、高校一年が終わろうとしている。
カレパがあった日以来、僕たちは、今までと変わらない、普段の生活をおくっていた。
カノンが、この学校に来てから、すでに3ヶ月が経とうとしていた。それなのに、僕とカノンは、あの日以来、言葉を交わすことはなかった。
時間というのは冷徹なもので、知らぬ間に刻々と流れていく。
「時間よ止まれ」と念じても、決して時間は止まってはくれない。今も、一秒一秒と時間は過ぎているのだ。
僕は、ふと、こう思うことがある。
僕の人生は、未来はどうなっていくのだろうかと。期待や希望に満ちた感情ではなく、不安で恐くて……
今にでも逃げ出してしまいそうになるぐらい、本当に、どうなってしまうのかと。
そんな不安を抱きつつも、僕たちの高校生活一年目が終わりを迎えた。