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P.2 一心不乱

「やっぱり、七原のやつ、すげぇ強ぇ!」


「さすが、シングルス大会で毎回上位に入ってるだけはあるな。」


「このまま七原、小早川チームが勝つんじゃね?」



ギャラリーから漏れる声は、どれも1−Cが勝利するだろう的な言葉だった。

1−Aの同じクラスの人たちも、どちらかというと、1−Cの強さに驚いている様子だった。



悔しい。勝ちたい相手なのに、勝てない、このもどかしさ。

でも、本当に七原・小早川チームは強い。どうやっても、七原の絶妙な読みとテニスセンスに劣ってしまう。



どうすれば良い……どうしたら勝てる……

僕は、勝利を確信する七原と小早川の方をじっと見ながら、そう考えていた。



「おい、てめぇら!ボロボロじゃねぇか!!」



ふと、大きな声がした。

僕と仁。それに、1−Cや、練習試合を見に来たギャラリーも、大きな声のする方に視線を向けた。

そこに、堂々と立っていたのは、秋山翔太であった。



「翔太!?」



僕と仁は、声をシンクロさせてしまった。



「1−Cと1−Aの試合……それに、仁と楓が出るって話だったから来てみれば、何だよその様は!」



何も言い返せなかった。確かに、僕と仁は、七原・小早川に苦戦を強いられている。いや、もう、勝機が見あたらないといっても、過言ではないはずだ。

そんなことを翔太は、見透かしているようだった。



「で、負けそうになって、アセアセしてんのか?アホだろ。もしくは、バカだ。」



そこまで、言われる筋合いはあるのか。と、僕は少し頭にきた。



「そんな、ビビりじゃ、試合になんて勝てやしないさ。って、おい!離せっ!」



翔太を取り押さえに来たのは、翔太と同じ部活に所属している部員たちだった。




翔太が所属している部活は、剣道部。なぜ、剣道部にしたかというと、剣で人を倒すのが夢だったという、これまた、意味不明な理由でなのだが。

それでも、剣道の腕はなかなかのもので。



問題児っていうのは、部活の時でも同じみたいで、剣道の部員達は、申し訳なさそうに、翔太を連行しに来たのだった。

翔太は、必死にもがこうとしたが、複数相手じゃどうにもならず、強制連行を余儀なくされた。



周囲は、シリアスな雰囲気から、クスクスと笑い声さえ聞こえるような雰囲気になっていた。



「おい、楓。仁。余計なこと考えんな!1−Cなんか、屁でもねぇぞ!」



連行の途中、翔太はそう最後に言い放ちこの場から姿を消していった。



「なんだ、あいつ。バカじゃね?あれで、高校生かっての」



クスクスと笑いながらそんなことを言ったのは、小早川だった。



「いや、バカなんかじゃないさ。」



僕は、反射的に、そう言った。



そう、バカなんかじゃない。テニス部員や僕たちを含め、20人以上いるギャラリーの中で、単調で、なんの捻りもない言葉を大きな声で言う。

端から見れば、なんてバカな奴なんだ。恥ずかしい奴と思うかもしれない。


実際、翔太の口から、僕の名前が出てきたときは、とても恥ずかしかったが。


でも、翔太は、恥ずかしさなんて気にせず、僕たちに、精一杯の喝を入れてくれたのだ。

不器用な、あいつなりに、かけられる言葉を一生懸命探して。




僕は、テニスラケットをぎゅっと強く握りしめた。



「アハハ。ちょい、熱くなりすぎたわ〜。いや、反省反省。」



まいったな〜っと、照れ笑いをしながらそう言ったのは、仁であった。

確かに、そうだ。僕も、相手の挑発で感情的になり過ぎてしまった。そのために、仁が味方になっているのに、一人でテニスをしてしまっていたのだ。



「七原が、しっかりとボールを返すなら、俺がそれについて行けば良いって事だろ。」



仁は、急に真剣な表情になり、七原のことをじっと、睨みつけた。

まるで、闘争心が復活したかのように。



「楓。あとは、頼んだ。」



仁の言っている意味を理解したのは、試合が続行されて、間もない頃だった。



七原の打ち返すボールに追いつき、返すのは、ほとんどが仁であった。

この二人で、打ち合いをしているかのように。それは、見ていてとても凄い光景だった。

どちらも、ドライブやトップスピンをかけることなく、フラットに丁寧にボールを運んでいた。それは、教科書に載っているストロークのようだった。

決して攻めるショットではなく、相手のコートへ正確に弾を運ぶショットだった。

そして、得点が入るのは、僕か小早川にボールが渡ったときだった。

その時、僕は理解した。仁があの時僕に言った“あとは頼んだ”という意味を。

今までの戦法は、運動神経がずば抜けた仁が、決め球を打つ形であったが、今回はその逆。

仁が、僕のカバーに入り、決め球を僕に打たせるものであった。そう、僕が勝負する相手は、小早川に絞られたのだ。



試合は、お互い、譲らない展開を見せつつあった。しかし、カウントは4−2。依然として、1−Cがリードしていた。

このままでは、勝機は見いだせない。そう、思った僕は、ある決断に到った。

まだ、練習試合でも、もちろん試合の時でも使ったことはない、ある技を。



一度だけ、仁とストローク練習の際、そのショットを使った時があった。

あの時は、仁に、この弾の威力じゃ、相手にチャンスボールを与えてしまうから、まだ使わない方が良い。もっと、練習してから。との、話があったために、今まで使ったことはなかった。



しかし、ここで使わなきゃいけないと、そう僕は思ったのだ。

練習は、自分なりに相当積んできたつもりだ。壁打ちなどで、何百回やりまくったことか。それでも、これだ!と思えた、感触は今までには一度もない。




僕は、仁の方にスッと視線を向けた。


仁は、凛とした表情で、構えをとっていた。それは、とても心強いもので、見ているだけで、勇気が沸いてくる。



失敗という恐れはなかった。仮に、失敗したとしても、仁は、決して僕のことを責めたりはしないだろう。奴はそういう男だ。




仁は、スポーツが本当に好きで。僕が、最初、仁に出会った時も、話す内容といったら、いつもスポーツの話だった。走ることも、球技も、器械体操なんかも、もちろん格闘技だって、なんでも、無難にこなせてしまうのだ。

勉強は、全くできないし、いつも授業中は寝てばっかりなんだけどね。

でも、仁は、不良っぽい見た目とは正反対に、すげぇ心が広いっていうか、良い奴で。

授業での体育の時間、毎回仲間外れにされるのが、クラスに必ず何人かはいる運動音痴の奴だ。それでも、仁は、率先して、自分のチームに入れようとする。もちろん、貶しているわけじゃなく、一緒にチームを組んで、勝つ喜びを分かち合おうって。

もちろん、運動音痴だから、ミスはする。それも、普通の生徒より、かなり多くミスを連発する。それでも、仁は、相手のことを責めたり、イライラする表情を見せたことは、僕の知る限り、一度もない。逆に、励まし、運動音痴の生徒と共に、スポーツを楽しんでいる様子を、僕は何度も見てきた。

仁にとっては、それらは当たり前のことなのかもしれない。でも、それは、決して誰もが真似できるものではない。仁だからこそ、できることなのだ。




だから、僕は仁を信頼し、この新技を、この場面で出そうという決断をとることができた。

精一杯、全力でプレイしている仁のために。恥ずかしさなんて気にせず、僕たちに喝を入れてくれた翔太のために。そして、自分自身のために。




僕は、テニスラケットを、ぎゅっと握ると、一呼吸をした。




小早川からのサーブ。そう、難しいボールではない。少々、力のあるショットではあるが、いつも仁と、練習してきた僕にとっては、このぐらいのスピードボールは容易く返せるものだった。

僕は、トップスピンをかけ、相手のコートへと運ぶ。それに、小早川が、追いつき打ち返す。弾はこちらへ。仁は、小早川から返ってきたボールをボレーで返す。やはり、さすが仁。鋭いボレーをしてみせた。七原は、それを読み、仁のいないところへ、ぽんっと、ボールを返した。



今だ!!



僕は、ボールの軌道を確認し、ラケットを、バックストロークに構え、正確に、ボールとの距離を縮めた。



ボールの高さ、落下地点、スピードの把握。僕はラケットを、やや斜めに傾ける。

ボールが打点へときた、今が打つタイミングだ。

僕は、素早く、ラケットを前へ切り出した。



「!?」



この感覚。今までにない、感覚だった。

普通にストロークして弾を運ぶ感覚とは違い、ボールが勢いよく回転がかかる感触が僕の右腕から、全身へと伝わってきた。




七原は、仁の鋭いボレーに対応したせいもあり、追いつくことはできず、

ボールは、低弾道で、さらにスピードを増し、小早川の方へと、向かっていった。


小早川は、驚いた表情を見せたが、このぐらいのスピードなら…という表情を見せ、打ち返す構えに入った。



「なっ!?」



小早川は、ボールを返すことはできなかった。返すどころか、大きく空振りをしてみせたのだった。



「んだよ、あのデタラメなボールは。弾が、滑ってきた。」


「スライスか」



七原は、楽しそうな表情で、僕の方へ視線を送った。



「楓、ナイススライス!」



仁は、驚きつつも、そう、声をかけた。



やっと、できた。

完璧なまでのスライスを打てたのは、今日が初めてだった。


もちろん、軟式テニスでも、“スライスもどき”みたいなものは打てたが、やはり、威力そのものが違かった。



弾道そのものは、普通のショットと大きく変わらず、相手の手元でぐっと変化をする。

打ち返すことに慣れていない奴にとっては、とても打ちにくく、ミスを誘いやすいボールだ。

だが、ちゃんとしたスライスが打てないと、ボールの勢いは死に、むしろ相手にチャンスボールを与えてしまう恐れがある。それが、スライスだ。




小早川は、スライスショットを打ち返すことに慣れていないらしく、そもそもスライスショットを体験したのは今日が初めてと言わんばかりの、表情をしていた。



「試合は、ここからだぜ?」



仁は、おもしろくなってきたと言わんばかりの表情をしながら、そう一言、七原と小早川に言ってみせた。


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