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P.17 さようなら

僕とカノンの関係は、今も修復されることはなかった。

むしろ、日が経つにつれ、カノンはだんだん遠い存在となっていく。


もう、受験シーズンも後半戦に突入し、それが終われば卒業だ。

僕とカノンとの間にできた溝を何とかしたくても、何もできない自分に、腹立たしさを感じていた。








歯がゆさに耐えきれず、僕はある日曜日に、仁の家に行った。

そこで、全てを仁に話した。


あの時、カノンにしてしまったこと。カノンが泣いたこと……



助けが欲しかったわけではない。ただ、話を聞いて欲しかったのだ。

仁は、僕の話を最後まで聞いてくれた。

僕の話が終わると、仁は、少し間をおき、一言僕に言った。



「楓は、このままで良いのか?」



良いわけがなかった。

ただ、どうしたら良いのか分からなかった。

カノンは、本当に遠い存在となってしまっている。

そうさせてしまったのは、他でもない、僕の責任だった。


勝手に僕が思い込んでいたことを、押しつけた。カノンの本当の気持ちを、聞こうとはしなかった。

カノンを……信じることができなかった……

そんな僕に、今さら、何ができるのだろうか。



僕は、仁の問いかけに答えることができなかった。

そんな僕を仁は見て、ため息を一つした。



「俺は、どんなことがあろうと、楓の味方だ。」


「……」


「だから、楓がそうだって決めたことなら、反対はしない。ただ……」



僕は、仁の顔を見る。

仁は、いつになく真剣な顔だった。



「後悔はするなよ?それだけは、言っておく。」



耳が痛かった。

仁の言葉は、まるで僕の本心を捉えているかのようだった。














今日、僕たちのクラスでは、席替えがあった。

今日ほど、神様を憎んだ事は今までにないだろう。




僕の隣の席になったのは、カノン。

今までの自分なら、嬉しくて嬉しくてたまらなかっただろう。

だが、今はどうだろうか。

僕の隣の席がカノンだということを知った時、僕は少なからず嫌だと感じた。

それは、あの日のことを思い出してしまう。

そんな気がしたからだ。



だが、いつまでも、こんな関係は嫌だった。

仁が言っていたように、後悔はしたくない。なんとしてでも、カノンとまた一緒に笑い合い、話がしたかった。



「カノン、よろしく!」



僕は、自分が出せる勇気を最大限に振り絞り、隣の席にいるカノンに、話しかけた。



「よろしくね、楓くん!」



カノンは笑顔で、そう返事をした。

僕は、カノンからその言葉を聞いたとき、何も話すことができなくなっていた。






“楓くん”



……そう。カノンは、あの日以来、僕のことを“楓くん”と言うようになった。

その言葉を聞くたびに、僕はとても辛かった。



“かぁくん”



……僕とカノンの思い出がつまった言葉だった。

だが、その思い出も、全て崩れ去ってしまったのかもしれない。



僕が、全てを壊してしまった……





隣の席にカノンがいても、僕とカノンの距離は、縮まることはなかった。

日が経つにつれ、話すことも、ましてや挨拶でさえ、することがなくなった。

そんな日々が、僕は耐えられなくなった。

授業中も、部活の時も、仁達と休み時間に話している時ですら、カノンの事で悩み、考えることが、辛くて辛くてたまらなかった。




もう、我慢の限界だった。

僕とカノンの距離はどうやっても近づけることはできない。

もう、こんなに辛くなるのは嫌だ……





僕は、決めた。





もう、忘れよう……何もかも。

そうすれば、こんなに考えることも、悩むことだってないのだから。

カノンと一緒に過ごした日々も、カノンとの思い出も、全て忘れよう。

カノンの事が好きだったことも。カノンの笑顔も……カノンが泣いたことも……

忘れるのは、とても辛い事かもしれない。苦しい事かもしれない。

でも、忘れてしまえば、あとは大丈夫。






そう決めた日から、僕は何かに没頭するようになった。

部活の練習も積極的に参加するようになったし、受験勉強も毎日するようになった。

将来どうしたいかなんて、全然決まっていなかったし、自分がこの先どうなるかなんて、想像もしなかった。

ただただ、カノンのことを忘れるために、血反吐を吐くぐらい何かに没頭し続けた。




















気づけば、僕たちは卒業式の日を迎えていた。

天気は、見事なまでの晴れであった。お天道様も、僕たちを元気に見届けてくれるらしい。



卒業式は、お決まりの体育館で行われる。

なんとも言えない独特な緊張感の中、卒業式はついに始まった。



眠たくなるような、先生達のお別れの言葉。

今回で卒業式は3回やっているが、いつも思う。

この先生達のお別れの言葉というのは、どうしてこんなにも長いものなのだろうかと。

しかも、事前に書いた紙を見ながら読んでいるだけじゃないか。

だったら、その紙を僕たちによこせと。あとで、たっぷり読んであげるからさ。






先生の挨拶も終わり、校歌と国歌斉唱が始まる。

僕の隣で元気よく歌う真之介。

やはり、最後の最後まで真之介はしてくれる男だな。

もちろん、僕と仁は、口パクだった。どうも、今日は声の調子が悪いらしい。





そして、卒業証書授与が始まった。

この時ばかりは、緊張が一気に高ぶった。

名前を呼ばれた生徒は、席を立ち、卒業証書を貰いに行く。

考えただけで、とてつもない緊張感に襲われる。

僕たちのクラスはAクラスなので、出番も近い。


生唾を飲みながら、僕は自分の出番が来るのを待った。




いっちーが、マイクを持ち、紙を見る。

かなりの度胸があるいっちーですら、緊張している様子だった。

一呼吸置き、Aクラスの生徒の名を読み始めた。





「出席番号2。内山信輝」


「は、は、は、はいっ!!」



メガネを異常なまでに直し、席を立った。

足は震え、今にでも倒れそうな様子だ。

いっちーも、心配そうに内山の事を見ていた。



内山信輝。

修学旅行でしか話したことはなかったけど、とにかく印象的だった。

目的のカードを見つける速度が尋常じゃなく早く、カードの話になると、右に出るものはいない。

確かに、オタクっぽくて、よく分からなかった奴だったけど、でも、根は良い人なんだと、僕は信じている。






「出席番号11。岡田真之介」


「はっいっ!!」



声を裏返しながら、席を立つ真之介。

いっちーも、真之介の声を聞くと、一瞬だが笑顔を見せていた。



岡田真之介。

こいつは、とにかく元気な奴だ。

自分のことよりも、まず相手のことを少しでも知りたいと、相手の話をよく聞く。

しかも、いくら嫌われても、いくら悪口を言われようとも、真之介はめげない。

だからなのか、真之介の周りにはいつも人が多く集まる。

結局、バイトの面接は不合格で終わったけど、きっと真之介なら、いつかはバイト、見つかるさ。






「出席番号15。田端洋平」


「はい」



冷静な返事で席を立つ田端。



田端洋平。

性格は、とても真面目で物静かだ。

部活は、僕と同じくテニス部であり、一緒にダブルスを組むと、本当に頼りになる奴だった。

僕たちの引退試合では、田端の活躍により、準優勝を飾ることができた。

将来は、会計士になりたいと、経済関係の大学に入学することになった。

またいつか一緒にテニスをしよう。その時は、シングルスで勝負しようぜ。






「出席番号17。内藤楓」



僕の出番だ。

名前を呼ばれた瞬間、もの凄い緊張感が僕を襲った。

今までにない、かなりの緊張感だ。腰が今にでも抜けそうになる。



声を裏返さないように気を付けて返事をし、席を立ち、卒業証書を受け取りに行った。



「はい、おめでとう」



校長先生の、今まで見たこともない笑顔が、なんとも言えず素敵だった。

僕は、卒業証書を受け取り、一度大きく頭を下げ、自分の席へと戻った。






「出席番号18。根本遥」


「……」



返事なしですか!?

いや、彼女なりに返事はしたのだろう。

いっちーは、根本さんの姿を確認すると、呼吸を小さく一つした。



根本遥。

とても、掴めない性格の持ち主。

根本さんとは修学旅行の時に話したことがあるが、いつも淡泊な返事しか、返ってこなかった。

ある大学に入学することになったのだが、果たして大丈夫だろうか……いや、心配ないな。

お決まりの「問題ありません」で、全ては上手くいくはずさ。








「出席番号22。宮本仁」


「うぃっす」



仁は、軽快な返事をし、席を立った。

さすがは、仁。と言ったところか。



宮本仁。

僕の親友であり、よきライバルだ。

ルックスも素晴らしいものをもっているが、とにかく運動神経が人間の域を超えている。

他人を偏見せず、優しく接することが、当たり前かのようにできる。

友達のことを第一に考え、絆というものを凄く大切にする。

仁……、僕たちは、いつまでも親友だからな。






「出席番号25。山下カノン」






「出席番号26。山本桜」



山本桜。

正直、全然話したことがなかった。

カノンと同じ部活だったのに、音楽コンクールに参加できたのがカノンだけだったことに対し、とても悔しがっていた。

それでも、カノンを一生懸命応援する姿は、とても格好良かった。

話によると、音楽系の専門学校で自分の腕を磨くらしい。きっと、山本さんだったら大丈夫さ。






「出席番号28。吉沢愛莉」


「はい!」



吉沢さんは、力のある元気な声で返事をした。



吉沢愛莉。

吉沢さんとは、図書室で偶然出会った。

とても社交的で、人情味が溢れる人。それに、しっかり者で、部長と生徒会長を務めた。

まるで男のような性格からか、女子からも男子からも人気者だった。

僕も、吉沢さんに出会い、話すことができ、とても良かったと思っている。

お互い、良き文学生でいられるように……いや、なんでもありません。






こうして、卒業証書は無事に終わり、僕たちの卒業式は終わりを迎えた。

みんなは、目に涙を浮かべ、この日が終わるのを惜しんでいた。

僕もまた、この卒業式という日を、複雑な想いで見届けていた。












僕は、卒業式が終わり、みんなと別れの挨拶をしたあと、ある所へ向かっていた。




“3−A“




そこは、僕たちが今まで過ごしてきた教室。思い出がたくさん詰まった教室だった。





教室に到着し、教室入り口の扉を開ける。

もちろん、教室の中には、誰もいなかった。

僕は、教室の中へ入ると、自分の席へ向かった。

そこから、教室全体を見渡すように見る。

落書き一つない、綺麗になった黒板。きちんと並べられた机。いっちーのいない教壇……

昨日まで、僕たちはここで、友達と話し、勉強し、騒いでいたのに……何事もなかったかのような静けさだ……


僕は目を瞑る。


右も左も分からない高校1年生の時、初めて友達になったのは、仁だった。

仁は、本当にスポーツが好きで、毎日スポーツの話を聞かされたっけな……それでも、楽しかった。

そして、翔太に出会った。本当に、馬鹿でウザくて、どうしようもない奴だったけど、どうしようもなく、良い奴だった。

高校2年生になると、吉沢さんや内山に出会い、修学旅行や体育祭などをした。

どれも、今思うと、本当に幸せな日々だったんだと思うことができる。

みんなに会えて、本当に良かった。

みんなと共に過ごした時間は、僕にとって、大切な大切な思い出だ……



瞑っていた目を開け、僕はふと、カノンが座っていた席に目を向ける。

もちろん、そこにはカノンの姿はなかった。

僕は、カノンのことを忘れようと決めた日から、今日という日まで、がむしゃらに毎日を走り続けた。

受験勉強も、部活も……バイトだってした。

別に目的があったわけじゃない。ただ、カノンのことを考えたくないと思ったからだ。

だが、今でも、僕はカノンのことが忘れられずにいる。

元気で優しい笑顔……僕に一度だけ見せた、涙……カノンと一緒に過ごしてきた日々……

忘れる事なんて、できるはずがなかった。

でも、もうカノンに会うことは、この先ないだろう……もし会ったとしても、笑顔で話すことはできない……

僕とカノンの関係は、結局、修復されることはなかったのだから……





僕は、教壇の前に向かい、教室全体を見渡すように立った。



「3−A、内藤楓。今まで、ありがとうございました。」




誰もいない教室で、僕は深々とお辞儀をし、最後の別れの挨拶をした。


















卒業式から1週間後、僕や仁含め、元Aクラスだけで“謝恩会”が行われることになった。

今まで三年間、共に過ごしてきたクラスメイトで、お別れ会をするのだ。


この謝恩会を企画したのは、吉沢さんだった。

卒業式の日に、お別れをするのも寂しいだろうからって、卒業式の前日に、クラスのみんなに誘いを入れたのだ。

さすがは、元生徒会長。なんて気が利く人なんだろう。


場所は、僕たちの高校からそう遠くない場所にある、中華料理屋になった。

少し料理の値段が高いのがネックだが、味も盛りつけやボリュームも満足がいくもので、お別れ会をするのにはもってこいの場所だ。






当日、僕は最近買ったばかりのお気に入りの服を着て、謝恩会の会場へ向かった。




謝恩会に参加した人数は、吉沢さんの予想を遙かに上回った。

中には風邪や仕事があっていけない人もいたが、ほとんどのメンバーが集まった。

クラスメイトたちは、1週間ぶりに会う仲間を目の前にして、高校の思い出話で盛り上がっていた。



僕も、仁や真之介たちと、修学旅行の話や、翔太との思い出話で盛り上がっていた。

1週間ぶりとは言え、どこかとても懐かしい感じがした。



「そういえば、カノンちゃん、いなくないか?」



仁が辺りを見回し、僕に尋ねるかのように言った。

僕も、辺りを見回したが、カノンの姿がそこにはなかった。



「どうしたんでしょうか……風邪でも引いてしまったのでしょうかね……」



真之介も心配している表情をしながら、カノンを探していた。



「きっと、寝坊でもしてるんだろ」



僕は、笑顔でそう言ってみせたが、とても嫌な予感がした。

なぜだから分からないが、とても嫌な予感だった。



-11:40-



謝恩会が始まって一時間が経った。

それでも、カノンが現れることはなかった。


僕の嫌な予感は、次第に強くなっていった。




「ちょっと、ごめん。席外すわ」



僕は、仁と真之介との会話を一時止めると、企画者である吉沢さんの元へと向かった。



「お、楓くんじゃない。どうしたの?」



吉沢さんは、僕の呼びかけに気づくと、友達の山本さんと喋るのを一時中断し、僕の方を向いた。



「あのさ。カノンは……どうしたの?」



僕が吉沢さんに尋ねると、吉沢さんは、意外なリアクションをとった。



「え!?楓くんに、言ってなかったんだ!?」



どういうことだ……

何がなんだか分からなかった。



「言ってなかったって、何を?」



僕は、少し感情的になりながら、吉沢さんに尋ねた。



「あ、うん……今日は、カノン謝恩会に来ないよ」


「どうして?」


「今日……実家に帰るんだってさ」



!?



僕は驚いた。

そんなこと、カノンから一度も聞かされたことはなかったからだ。

カノンは、今日、実家に帰ってしまう……

カノンの実家は、この町からずっと遠いところにある。

ということは、次、カノンといつ会えるのか分からない……



「そっか……ありがと」



いや、別にどうでも良いことじゃないか。

逆に、これで良い。

カノンと今さら会ったところで、僕に何ができる?

カノンを傷つけ、涙を流させてしまった。

そんな僕が、なぜ今さらカノンに会いたいと言えることができる?




「楓くん」


「……?」



吉沢さんは、少し考えるように間をあけ、何かを決心したかのように僕の方を向いた。



「楓くんとカノンの事だったから、私は今まで何も言わなかったし、これからも言うつもりはなかった……」


「え……」




急に何を……?

僕とカノンの事……?

僕は、吉沢さんの一言一句を、聞き逃さないように、しっかりと耳を傾けた。



「実はね……」










僕は、吉沢さんの話が終わると同時に、この謝恩会の会場から飛び出していた。




吉沢さんが話していたこと……それは、どれも信じられるものではなかった。



カノンは、堺先輩からの告白を断ったこと。

あの日、カノンが涙を見せた日。カノンは、僕に告白をしようとしていたこと。

髪の毛を切ったのは、自分の気持ちに正直になることを決めたからだということ。





吉沢さんに聞かされて、ようやく分かったのだ。


遅かった。遅すぎた。


カノンと、あれだけ一緒にいたのに、僕はカノンのことを何も分かっていなかった。

あんなに近くにいたのに、僕は、カノンのことを何も分かろうとしていなかった。






僕は駐輪場に止めてあった自転車を拝借すると、急いで駅の方へと向かった。

全力で自転車を動かした。

カノンが乗る電車の出発時刻は12時20分。と、吉沢さんが言っていた。

もう、30分もなかった。

この場所からどれだけ飛ばしても、30分以上かかることぐらい、知っている。

でも、諦めたくなかった。諦めてはいけないと思ったのだ。




僕はカノンの事が、好きだった。

でも、カノンに一度も本当のことを言うことが、できなかった。いや、言えなかった。


なぜか?……恐かったのだ。


自分が、カノンに本当のことを伝えて、カノンがなんて言うんだろうって。

結果や後先のことばかり考えてしまっていた。そうやって、ずっと自分の気持ちから逃げていた。



でも、カノンは違かった。

本当の事を、自分の気持ちを正直に言おうとしていたんだ。

なのに、僕はカノンの気持ちを踏みにじってしまった。

僕が勝手に思い込んでいたことを、カノンに押しつけた。

それが、カノンにとってどれだけ悲しかったことなのか、どれだけ傷つくものだったのか……






途中、大きな石につまずいた。

もの凄いスピードを出していたこともあり、僕は予想以上に吹き飛ばされた。

受け身なんてとったことがなかったので、僕は激しく地面に叩きつけられ、全身からは、今まで経験したことのない痛みが走る。



「くそっ……」



僕は、痛みを堪え、必死に立ち上がった。

昨日、買ったばかりの服は、もうボロボロになっていた。

そんなことは、どうでも良かった。

とにかく、駅に一秒でも早く行かなければ。



僕は、自転車を取りに行った。


転がっていた自転車を見ると、自転車は大破していた。

ハンドルは大きく曲がり、タイヤはパンクしていた。

僕は自転車に乗るのを諦め、全力で走ることにした。



走ろうと、地面に足を置くと、とてつもない痛みが走る。

それでも僕は、全力で走った。

どれだけ痛くても、どれだけ疲れようとも、止まろうとは決してしなかった。






もう悩まないって決めた?もう苦しまないって決めた?

一番悩んでいたのは誰だ。

一番苦しんでいたのは誰だ。

僕じゃない。カノンなのに……






部活で鍛えていたとはいえ、疲労は限界に近かった。僕の足は、悲鳴をあげていた。

だが、もうすぐ。もうすぐで、駅に到着する。

少しずつ、駅の入り口が見えてきた。






カノン……

勝手なのは分かってる。

でも、もう一度だけ。もう一度だけ、僕と会ってくれるなら……






人混みをかき分け、駅の入り口へ入る。

改札を抜けると、いくつかのゲートがあった。

カノンが乗るゲートは、吉沢さんの話だと4ゲート。

僕は、4ゲートを探し、見つけると、階段を全力で駆け上がった。

階段を上るたびに、ズキズキと痛みが足から脳に伝わり、吐き気すら感じられる。

だが、絶対に止まりたくはなかった。





もう一度だけ、僕と会ってくれるなら、カノンに謝りたい。

そして……カノンに、僕の想いを伝えたい。




もし、それがカノンに伝わらなくても、カノンが僕にしようとしてくれたみたいに……




自分の気持ちを……





ありのままの自分を……










もうすぐで、この長い長い階段を上り終える。

この先にはカノンがいる。

カノンが待っているんだ……

















「そん……な……」




僕が、階段を上り終えた時にはもう、カノンが乗った電車は、発車していた。





間に合わなかった……

カノンが乗った電車は、無情にも、遠く見えないところへ行ってしまったのだった。





そうだよな……間に合うはずがないじゃないか。

恋愛物語じゃあるまいし、電車は都合の良い時間まで待ってはくれない……






僕は、その場に膝をついた。

知らず知らずのうちに、僕の目からは冷たいものが溢れていた。




次回、ついに最終回。

最終更新予定日:2月29日


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