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P.10 たった一枚の写真

9月の上旬ということもあり、まだ夕暮れ時という感じではなかったが、時刻は午後3時過ぎ。

修学旅行も後半戦に突入していた。

1泊2日の旅ではあるが、次の日の午前中には帰る予定なので、事実上、遊べるのは今日だけだ。





「よ、楓!」




ファンタジーランドのマップを見ながら、次はどこへ行こうかと考えていると、急に僕を呼ぶ声がした。

僕たちは声のする方へと目を向けた。



「おぉ、仁!」



ニコッと笑いながら、僕の方へ近寄ってきたのが、仁だった。

その後ろから、翔太や真之介、山本さん。そして、カノンの姿が確認できる。

1班のメンバーだ。

仁の話によると、1班のメンバーも、今までファンタスティックランドで遊んでいたらしい。

それで、たまたま、僕たちの班を見つけ、声をかけたのだという。なんという、偶然だ。




「今から、真之介のリクエストで、ファンタジーゲームランドに行くんだけど…どうする?」



仁が、3班の全員に伝わるよう、大きな声で訊ねた。



「私は良いよ!結構、アトラクション乗ったしね。うっちゃんと、遥は?」


「あ、はい。だ、だい、大丈夫です。はい。」


「問題ないです」



吉沢さんは、二人の返事を聞くと、元気よく仁に言った。



「んじゃ、早速行こうぜ!」












“ファンタジーゲームランド”



それは、ファンタスティックランドとは、全く別の世界が広がっていた。

ファンタジーゲームランドは、一つの建物の中にあり、カードゲームやクイズゲーム、格闘ゲームなど、様々なアーケードゲームがあった。

例えるなら、ゲームセンターをもの凄く広く作った感じだ。


とりあえず何からやろうか、1班のメンバーと一緒に、ファンタジーゲームランド内を歩いていると、まさかのボーリング場を見つけた。



「マジかよ……」



いくら大規模なテーマパークだからといって、ボーリング場があるとは思わなかった。いや、誰も思わないだろう。

僕が、唖然としていると、翔太と真之介がテンションを上げはじめた。



「こりゃ、やるしかねぇだろ!」


「ですな、ですな!ボーリング大会としゃれこみましょう!!」



翔太と真之介のテンションが、こうなったら手が付けられないことぐらい、ここにいる誰もが分かっていたのだろう。

結局、僕たちはボーリングをすることになったのだった。





僕たちは、ボーリングの受付を済ませると、早速、投げる順番を決めた。

最初に投げるのは、もちろんこの男。秋山翔太だ。



「見てろよ!この、天才ボーラー秋山様が、ストライクを出してやるぜ!」





ストライク宣言とは、さすがの度胸だ。

僕は、翔太の投げる様をじっくり見てやろうと、近くにあるイスに座った。






「かぁくん、ひさしぶり!」



急にカノンの声が聞こえた。僕はびくっとしながら、隣を見る。

そこに座っていたのは、間違いない。カノンだった。



「よ、よう。」



驚いた。まさか、僕の隣のイスに座っていたのがカノンだったとは……

僕とカノンは、あの夏休み、音楽室で会った日以来、一度も会話をすることはなかった。

音楽室に行けば、カノンと話せたのかもしれない。でも、僕は、決して音楽室に行こうとはしなかった。なぜなら……



「あー、もう!!指滑った」



凄く悔しがる翔太。

スコアを見ると、ガーターのマークが出ていた。



「はは。翔太、ストライク宣言出しておいて、それはねぇだろ。」


「次がありますぞ!秋山氏!!」



周りは、翔太のナイスガーターに大爆笑だった。

だが、僕とカノンの間には、どこか気まずいものがあった。

正直、カノンとどう接して良いのか分からなかった。



「おーい、楓。お前の番だぞー」



仁の声で僕は、自分に順番が回ってきたことに気づいた。



ボーリングなんて、中学生以来やったことがなかったな……



僕は、座っていた席から離れ、一度大きく屈伸運動をした。

そして、ボールを持ち、思いっきり真ん中を狙って投げた。

ピンは勢いよく倒れ、なんと全てのピンが倒れた。



やった!ストライクだ。



周りは、今日初ストライクだったこともあり、大盛り上がりを見せていた。

僕は、自分が座っていた場所に戻る。



「かぁくん、凄い凄い!」



カノンは、僕の方を見ながら言った。



「ま、まぁな。」






結局、僕が出したストライクは、一度きりだったが、まずまずのスコアだったので、良しとしよう。




その後も、ボーリング大会は予想以上の盛り上がりを見せた。

翔太は、連続ガーター勝負を真之介と内山とでしていた。勝負になっているのかすら疑問だったが、本人達が楽しんでいるなら、それもそれで良いだろう。


さて、本勝負は、吉沢さんと仁の一騎打ち。

吉沢さんは、小さい頃からボーリングをやっていたことだけはあり、素晴らしいフォームでストライクをどんどんとっていく。

一方、ボーリングをしたのが今日で初めてという仁。最初の頃は、どう投げて良いのか分からず、ガーターを出していたが、さすが、ずば抜けた運動神経をもつ男。すぐに、ストライクの取り方が分かったみたいだった。




「宮本くんも、吉沢さんもボーリング上手いな〜」



カノンは、楽しそうに二人の一騎打ちを見ていた。


楽しそうに仁と吉沢さんのことを見ていたカノンを、僕はじっと見つめていた。




カノンは堺先輩のことを、どう思っているんだろう……




あの夏休み。音楽室で、カノンと堺先輩が楽しく話していた光景が浮かんでくる。

僕の居場所は、そこにはなかった。

あそこにあったのは、堺先輩とカノンの居場所だけ……カノンが、なんだか遠い所へ行ってしまう。そんな気がしてならなかった。









「よっしゃ!!私の勝ちだな!」


「さすがに、最初の連続ガーターが響いたな〜。こりゃ完敗だ」



ボーリング大会は、スコア250をたたき出した吉沢さんの勝利で終わった。

仁は、悔しがりながらも、とても満足した表情を見せていた。








ファンタジーゲームランドから出ると、陽が沈みかけていた。

時間を見ると、6時過ぎ。


いつの間に、こんなに時間が経っていたのだろう。


僕たちは、ファンタジーランドの出口へと向かい、歩き出した。





「それにしても、楽しかったな!ボーリング」



翔太は、満足そうな表情で言った。



「つか、翔太。最終的には、ガーター連続記録で勝負してただろ?」


「あれは、その……、あれだ!真之介とうっちーに、合わせただけ。」



仁の鋭いツッコミに、テンパりながら答える翔太。



「それはあんまりですぞ?秋山氏。」


「そ、そうだ、そうだ。お、俺たちより、た、楽しんでた、じゃないか〜」


「そ、そうだっけ?あは、あはは……」



その光景を見ていた、僕たちもまた、自然に笑みを浮かべていた。






お城のようなアトラクションが見えた途端、真之介は急に立ち止まった。



「ん?どうした、真之介?」



真之介は、にこっと笑い、鞄からデジカメを取り出した。



「修学旅行の記念に、一枚。写真でも撮りましょうよ!」


「良いね。撮ろうぜ!」



僕は、気づくとそんなことを口にしていた。



確かに、修学旅行の記念に一枚、集合写真を撮るのも良いな。



偶然、1班と出会い、一緒に行動して。ボーリングという、いつでもできる遊びをしたのだが、とても楽しかった。

こんな楽しい修学旅行が、もう終わろうとしている。



僕は、一人一人の表情を見た。

早起きをしたからなのか、眠そうにしている人もいれば、お腹が空いた〜という仕草をとる人もいる。

カードを必死に見ている奴もいれば、ボーリングの余韻に浸っている奴もいる。

それでも、みんな本当に満足している表情をみせていた。


だからこそ、まだ終わってほしくなかった。

もっともっと、みんなと遊んでいたい。みんなと笑い、楽しみたい。






「じゃあ、20秒タイマーかけますから、良い表情を頼みましたよ!」



真之介は、そういうと、タイマーをセットし始めた。

みんな、カメラを前に、髪の毛を直したり、立ち位置を確認したりしていた。



僕は、一番端の位置を確保した。



中央だと、カメラ写りが悪くなる可能性があるからな。





「楓〜。カノンちゃんの隣じゃなくて良いのか?」



そう、僕の耳元で小声で言ってきたのは仁だった。



「なんで、僕がカノンの隣に……」


「ま、楓が良いって言うなら、別に良いんだけどな。」



仁は、そう言うと、僕の隣の位置に立ち、髪の毛を直し始めた。




僕はカノンの方を見る。

カノンは、楽しそうに山本さんや吉沢さんと話していた。




カノンの隣……か。

正直、カノンの隣に行きたいとは少なからず思っている。でも、気まずい。

僕は、夏休みの出来事以来、カノンに対して、どう接して良いのか分からないのだ。

それに、カノンの隣になんて、今さら行けるはずが……



「カノンちゃーん」



急に仁がカノンを呼んだ。



「え?」



カノンは、吉沢さん達と会話をするのをやめると、仁の方を向いた。



「楓が、カノンちゃんの隣に行きたいんだってさ。ちょっと、来てくれない?」



カノンは、僕の方を見ながら、笑顔を見せ、小走りで僕の隣に来た。



「それならそうと早く言ってくれれば良いのに〜」


「べ、別に頼んでなんかねぇって。」


「こらこら。せっかく、楓のために来てくれたカノンちゃんに、失礼でしょうが」



仁が、僕の頭をぺしっと叩く。



「けっ」









「よーし、俺が一番前な!」



翔太は急にカメラの前に立ち。片足を上げ、ピースをする。



「お、タイマーがかかったみたいですぞ。」



真之介も、カメラの前に立ち、翔太と同じように片足を上げ、ピースをした。



「おい、二人が邪魔で俺たち写ってないんじゃないか?」


「大丈夫大丈夫!仁たちの分まで、ちゃんと写っておいてやるよ!って、うわ!」



片足でピースをしたまま、後ろを振り返ったのが不運だった。翔太はバランスを崩し、大きく転倒した。

それに続き、真之介も転倒をしたのだった。




パシャ!!




フラッシュとともに、カメラのシャッター音が鳴り響く。



「えええええ!」



真之介と翔太は唖然としていた。



「だから、言わんこっちゃない」



みんなは、翔太と真之介のやりとりを見て笑っていた。

僕もカノンも、その光景を見ながら笑った。なんの違和感も、気まずさもなく、普通に笑っていた。


カノンの笑顔はとても可愛かった。






修学旅行で撮った集合写真は、これが最初で最後の一枚だった。















たった一枚の写真。たった一枚の写真だけど、この写真を見るたびに、僕は思い出すんだ。

内山や真之介と、行きの電車でカードゲームをしたこと。吉沢さん達と、いろんなアトラクションに乗って、声が枯れるぐらい絶叫をしたこと。

1班と合流し、ボーリングをしたこと。

そして、写真を撮るとき、カノンは何のためらいもなく、僕の隣に来てくれたこと。


修学旅行は、あっという間に終わってしまったけど、この思い出は、僕の心の中で、これからずっと残っていくだろう。














「楓〜。学校遅刻するわよー!」



下の階から、母さんの声が聞こえた。



「分かったよー!もう行くー!」



僕は、修学旅行で撮った写真を、机の引き出しに、そっとしまうと、鞄を持ち、自分の部屋を後にした。

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