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P.1 僕

僕の名前は、内藤楓(ないとうかえで)。高校1年生という、微妙なお年頃。



高校は、志望校があったわけでもなく、ただ、なんとなく受験し、入学をした。


高校での僕の活躍振りはというと、マジと書いて本当に普通の学校生活だった。


勉学もそれほどできるわけではないが、赤点はとらない程度の学力はあったし、

高校3年間で何かやっておこうと、テニス部にも入った。

もともと、中学から軟式テニスをしていたので、すんなり部の雰囲気に慣れることができた。

そこで、同じクラスの男子が入部していることを知り、部活を通して、友とよべる仲間もつくることができた。


授業中は部活の疲れからか、居眠りすることもあるし、休み時間では、仲の良い友とお喋りをしたり、

部活では、ダブルスの試合で、やるかやられるかの熱い試合なんかもしていた。

そんな、平凡な毎日が当たり前かのように過ぎることに僕は、複雑な想いを抱え始めていた。


僕の人生は、未来はどうなっていくのだろうかと。期待や希望に満ちた感情ではなく、不安で恐くて……


今にでも逃げ出してしまいそうになるぐらい、本当に、どうなってしまうのかと考えることも、ここ最近、多いような気がする。

他の人から見れば、僕の今の生活は充実しているように思えるだろう。部活も、勉学やプライベートも。


でも、僕自身は、なぜかこんなに充実している毎日なのに、何かしていないこと、できていないことがあるのではないかという、複雑な感情がいつも、どこかにあるのだ。


時間よ止まってくれ。と思っても、時間は止まってはくれない。

そう、時間は刻々と過ぎ、そうやって人間は平等に老いていくのだ。

今日も、時間は動き続け、そして、僕は今日も、走り続ける。



「って、おい、楓!何、ぼーっとしてんだよ!」



ふと、宮本仁(みやもとじん)の声に異世界から現世へと連れ戻される。



「え?」



仁は、僕の気迫のない態度に呆れた顔をした。



「何が、『え?』だ。あと、5周!気合い入れて走るぞ。」



仁はそう言うと、楓の背中を少々強めに叩き、走るスピードを速めた。



宮本 仁……。僕と同じクラスで、部活で知り合った仲間の一人だ。勉強は全然できないものの、かなりの運動神経の良さであり、その運動神経、ルックスから、女子生徒にはかなりの人気者である。

ただ、仁は、俺に近寄るなオーラを出している(本人曰く)らしく、実際に告白されたことは、あまりないらしい。

僕は、その話を聞かされたとき、こいつには負けたくない。という、闘争心が不覚にも沸いてしまった。

仁は、僕のことをライバルと思っているのかどうか分からないが、無論、僕は、ライバルだと思っている。


部活の朝練、最後のメニューは、決まって高校の校舎周りを10周する。というものであった。

今日も、その走り込みをしている最中なのだが、どうにも今日は、考え込んでしまう日らしい。


それでも、仁の気合い注入のおかげで、僕は正気を取り戻し、やっとのことで、走り込みを終わらせることができた。ありがとう、仁。




1時間目が終わり、休み時間のチャイムが鳴り響く。



「ふぁ〜あ。よく寝たっと。」



隣の席で、そう言ったのは、仁だ。半年に何度か、席替えというものがあるらしいのだが、なぜか毎回僕の隣は仁であった。

今回の席替えでも、当たり前かのように隣の席には仁がいた。どんだけ……

席は、一番右端の後ろの席であったので、かなりの特等席であった。

一番右端の後ろの席は、クラスの誰もが狙っている席で、遅刻をしても何気ない顔で席につけるし、帰りも一番早く帰れる。

授業中に寝ていても先生にあまり気づかれることはなく、快適な睡眠を保証してくれるのだ。



「てか、寝るなよ。」


「楓、お前は何か勘違いをしている」



仁は急に真剣な顔をしながら話してきた。



「勘違い?」


「授業の目的だよ」


「授業の目的だなんて、将来のためだろ?大学や就職するときに、成績は大きく関わってくるだろうし。」


僕は、なぜか滅多に言わない、凄く一般論を口に出していた。僕がそんな一般論を話していると、仁は違う違うと言わんばかりの表情を見せた。


「良いか、楓。授業の目的は適度な睡眠をとること。だ。」


「ちょい待て。それは目的じゃねぇだろ。」


僕は、真面目な顔をしながらそんなことを言う仁がとても滑稽に見え、ついつい笑ってしまった。


「いいや。睡眠をとるってことはだ。部活で使う体力をしっかりととり、そして、放課後の練習で最高のパフォーマンスを出すことができる。」


「はぁ……」


「今日だって、放課後の練習試合で1−Cとのダブルスの練習試合があるんだぜ?そのためにはよく寝て、体力を温存しておくと。」


それと、これとは話が別なような気がした。

でも、それを仁に言うのはナンセンスな話だ。仁は、スポーツが生き甲斐と言うほど、スポーツに対する情熱は人一倍なのだから。

もし、ここで話は別だろと言えば、仁の熱いトークが待ち受けていることも十分承知であった。



「楓〜!仁〜!金がなくて飯買えないよ〜!!」



意味不明だった。


そんな意味不明なことを言いながら、僕と仁の方に小走りしてきた奴こそ、秋山翔太(あきやましょうた)に間違いはなかった。

いつもハイテンションで、いつでもどこでもハイスピードトークを展開する。まぁ、クラスに一人は必ずいるウザイ奴だ。

背が低いので、さらにむかつき度が増すというか……

翔太との出会いは、同じ部活で知り合ったわけではなかった。

きっかけは、数ヶ月前。翔太がゲーセンで一人で熱くなって遊んでいた時、不良数人に絡まれた。

背が低くて弱そうなのに、なぜか一人でゲーセンに行っていたのも疑問であったが、かなりの絶体絶命状態であった。

それを偶然発見したのが僕と仁で。もちろん、不良たちをボコボコにしたのは仁だったのだが、それがきっかけで、翔太は僕たちに絡む…もとい、仲間となったのだった。

ウザイ奴とは言っても、何気にムードメーカー的な存在があり、そんな存在が少々羨ましかったりもした。



「金がなくて買えないのは当たり前だろ」



僕が的確なツッコミを入れてみせる。



「あーあ!楓にはがっかりだ、がっかりだよ!」



翔太は、頭を抱えながらそう声を張り上げた。



「がっかりって……。仁、なんとかしてやれよ。」



僕が、何気なく、仁に話を振った。

仁は、白目を向いていた。



「お、おい、仁!人の顔をしっかり見ろよ!友達が、飢え死にするかもしれないってのに!」



「なら飢え死にしろ!」



僕と仁は、ほぼ同じタイミングで同じ言葉を発していた。

そのやりとりが、馬鹿馬鹿しく、でもとてもおもしろかった。


と、授業の開始のチャイムが鳴り響いた。

次の授業は国語。僕の一番苦手分野だった。

どうにも、国語の授業は眠くなってしまうのだ。他の授業も、もちろん眠くなってしまうことはあるのだが、国語は他の授業よりも半端ない。

古典含め、語学がどうにもできないらしい。

国語の先生は、チャイムが鳴り終わるのと同時に、教室に入り、何事もなく授業を始めた。



「おい、内藤。ここの文、訳してみろ」


「分かりませーん」






こうして、今日も一日はあっという間に流れ、すでに放課後の部活の時間となっていた。

僕と仁は、テニスウェアに着替え、放課後に行われる練習試合のために、作戦を練ろうと、部室でミニ作戦会議を開いた。

練習試合とはいえ、今回の対戦相手は、1−Cの七原、小早川コンビである。1−Cとは、勉学やスポーツなど、色々なところで敵対することが多かった。僕と仁は1−Aなのだが、1−Aはいたって、普通のクラスであるのに対し、1−Cは人を見下す奴や、人生楽ばかりしてここまできた奴など、ほんっとにむかつく奴の多いクラスなのだ。1−Bや1−Dは、1−Cの事はもうすでに無視の状態であるが、1−Aだけは、なぜか敵対心むき出しなのだ。ちなみに、僕も、1−Cはどうしても好きになれない。

もちろん、テニスでも1−Cと1−Aは敵対しているというのは言うまでもないだろう。


さて、今回、なぜ練習試合が行われたのかというと、率直に言ってしまえば、顧問の勝手な興味心なのだが。

職員室で、1−Aと1−Cの仲が悪いという話を聞いた顧問の、小林和宏(こばやしかずひろ)は、これはおもしろいことになりそうだと、

部活の練習中に、1−Aの僕と仁。1−Cの七原と小早川を呼び出し、練習試合をすると話してきた。

もちろん、負けたチームは、その練習試合の次の日、走り込みをプラス5周追加という罰ゲーム付きで。

最初は、顧問の身勝手な思いつきに嫌がっていた僕と仁であったが、1−Cの挑発に見事に乗った仁のせいにより、急遽練習試合をすることになったのだ。



そして、ついに練習試合が行われた。



「悪いけど、1−Aには手加減しないんで。」



と言い放ち、ラケットを僕たちの方に向け、嫌な笑みを浮かべる奴こそ、僕たちがテニス部の中で唯一敵対心を持つ、1−Cの小早川昭人(こばやかわあきと)であった。



「昭人くん。落ち着いていこうね。」



その後ろでは、同じ1−Cの七原大輝ななはらだいきが、穏やかな笑みを浮かべ、昭人に話しかけていた。

この七原大輝が、強者である。

小学校から、テニススクールに通い、親のスパルタ教育を受け、育ったという。高校で行われるシングルスのテニス大会でも、毎回上位に位置するほどの有望株なのだ。

性格は穏やかであるが、何か裏がありそうな雰囲気が七原の特長だ。



「てめぇら、余裕じゃねぇの。こちとら、負ける気、全然ないんで。」



と、食ってかかるのが、仁であった。

仁は、スポーツのこと、特に勝負事になると、熱くなる性格なのだ。



「あれ、楓くんは、やる気がないのかな。」


「え?」



七原が急に話しかけてきたので、僕は少々驚きながら、答えた。



「仕方ねぇさ。俺たちに勝てる可能性なんて、ゼロなんだし。諦めも肝心だぜ?」



クスクスと、小早川が僕の方を見てそう罵倒する。



「そっくりそのまま返してやるさ!」



僕が言う前に、仁が小早川に言い放った。

そのやりとりを楽しそうに見る、顧問の小林先生。僕が、小林先生を、結構、鬼畜な先生なんだと、そう思うようになったのは、この頃からだろう。



「楓」


「ん?」


「この試合、勝とうぜ。」



仁は、感情的になりながらも、この試合をとても楽しんでいるかのように、笑みを浮かべ、僕に話しかけた。

僕も、あんなことを言われて、当然、七原と小早川に勝ちたいと思うようになっていた。



「しゃあねぇな。なんか奢れよ!」


「カレーで勘弁な。」



テニスコートは一気に緊張感に包まれていた。ギャラリーは、顧問の先生と、1−A、1−B、1−C、1−Dのテニス部員。

2年生や3年生の部員は、他のコートで練習試合や、基礎練習をしていたので、あまりいなかったが、1−Bや1−Dの部員は、食い入るようにこの試合の見物をしに集まっていた。

人数はだいたい、20人程度か。

でも、今はそんなことは関係ない。この試合に勝ちたい。その感情があったからか、緊張感はあまりなかった。






そして、試合は始まったのだった。


試合をして、分かったことがある。それは、七原大輝は、本当に強いということだった。

ボールの読みもそうだし、相手がどう動いて、どう攻めるのかも、一瞬で見極め、動き、対処する。

力のあるショットを打つわけでもないし、回転がめちゃくちゃかかったスライスを放つわけでもない。でも、確かに七原は強いのだ。

七原の相方、小早川とはいうと、前衛での小技を得意とする。前衛に出た時の小早川の強さといったら、なかなかのものだった。



「あまいぜ!!」



小早川のボレーを仁が俊足を活かし、ボレーで逆に返した。



「何っ!?」



小早川は、まさか、このショットが打ち返されるはずはない。と、信じ込んでいた。そんな小早川に、打ち返せるだけの余裕はなく、球を見ているだけしかできなかった。しかし……



「さすが、宮本くんだね。」



不気味な笑顔をする七原は、いつの間にか、ボールに追いついていた。



「!?」



意表を付いた仁であったが、逆に意表を付かれる形となっていた。

七原は、笑顔から真剣な顔になり、正確なショットを、絶妙なコースにたたき込んできたのだ。

後衛にいた僕は、全力で球を追いかけた。僕の足の速さで追いつけそうな球ではなかった。でも、諦めたくはなかった。

結局、追いつくことができず、ポイントは1−Cへ。



「くそ……」



凄く悔しかった。仁が頑張っているのに、何もできないでいる自分が。

端から見れば、ただの練習試合なのかもしれない。でも、この時の僕は、ただの練習試合ではなかった。

勝ちたい。絶対に勝ちたい。

その気持ちが、徐々に強まっていくのが、自分でも感じることができた。


仁と僕は息が上がっていた。

厳しいコースに次々に打ち込まれ、それを追いかけようと全力で走り、結局ポイントは1−Cという、嫌な流れが続いた。

精神的にも、体力的にも、僕は追い込まれていた。



「楓、すまん。」



仁は、何度も僕に謝ってきた。いいや、謝るのは僕の方なのに。

感情的になりすぎた僕は、サーブや、ボレーなどでのケアレスミスを連発していたのだ。

いくら、仁が上手に球を打ち返しても、感情的になり、ケアレスミスを多く出している僕に狙いを定め、打ち返せば、点は1−Cへと入る確立が高くなる。

そう、判断し、作戦を提案したのも、もちろん七原だろう。


6ゲーム1セットマッチで、先に6ゲーム取った方の勝ちだ。

3−1で、1−Cがリード。

流れは依然として、1−Cが掴んでいた。



試合は終盤に差し掛かろうとしていた。





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