橋姫<8>
夕暮れが迫っていた。青龍は京都へ、琥珀と天后は麓の村へ飛んだ。北村の長屋坊老人は、快く二人を屋敷内に通した。
「ほぅう、火喰い鶏が出ましたか。わしの感覚もまだまだ衰えていないのじゃな。しかし、伝説だと思っていた話が、事実だったと言うことですかのぉ」
長屋坊は目を輝かせて二人の話を聞いた。
「ところで、綾子という美しい女性はご存知ありませんか?言い伝えの中に出てきませんか?」
「はて?綾子さん、…ですか」
老人は言い伝えを思い出していた。
「綾小路何某という身元の分からない女性なら言い伝えの中に出てきますぞ」
二人は顔を見合わせ、同時に呟いた。
「それだ。それだわ」
「ふぅむ、しかしその綾小路は妖怪とは無関係だと思うのじゃが、…」
「どういう話ですか?長屋坊さん」
「おお、その娘はな、お沙世が生贄になる数カ月前からこの土地に現れていた。とにかく身許は分からないんじゃが、綺麗な身なりで、美人でな、気立ても良く、村の若い男はみんな嫁に来んかと言い寄ったそうじゃ。その娘は全く首を縦に振らずにな、毎晩山へ帰って行ったそうな。
お沙世とは同じ年頃なので友達になってな、よく二人で遊んでいたそうじゃ。お沙世が生贄に決まってからは、その娘はひどく悲しんで、お沙世を慰めたり、励ましたりしておった。その内、その娘が私がお沙世を助けると言いだして、生贄に出す数日前から山に籠ってしまったんじゃ。それっきり村には姿を見せなくなったのじゃ」
長屋坊が話す伝説の内容から、やはり綾小路という少女は橋姫らしいが…。
「お沙世が助かってから言うには、生贄に行く時に、橋のたもとでその綾小路何某という娘を見たそうじゃ。しかも、若い男と並んで見送っているのをな。その男は見知らぬ若者だと言う事じゃった。村の男どもはそれをお沙世から聞いて、そんな男がいるのでは、みんなが言い寄っても良い返事が来るはずはないと、納得したと言う事じゃな」
「その美女と一緒にいた若い男は、何者ですか?」
「いいや、それは知らん。爺さまも何も言っておらんだ。まあ、綾小路という娘も、その男も、この地元の者ではないんじゃろうな。どこか遠くから駆け落ちでもしてきた二人じゃなかろうかのう。火喰い鶏の言い伝えとは無関係で、話の賑わし程度の事だろうよ」
そこまで話した長屋坊老人は、鋭い眼差しを天井に向けた。そして目線で二人に合図を送った。天井裏に何かがいる。確かに、琥珀も天后も、長屋坊が察知する前から微かな妖気を感じていた。琥珀は、すっと飛ぶと天井裏に出た。妖気は消えていた。橋姫か?そうに違いない。琥珀は、辺りを探ったが気配はない。長屋坊老人の前に戻った。その行動を見ていた老人は、驚いて目を見開いた。
「おん、…陰陽師の式神とやら、大した術を使うのう。あまり老人を驚かすでないぞ。これが妖術か?」
「いいえ、わたしたちが使うのは呪術です。妖術は、異界の生き物が使います」
「ほ…ほおぉ、呪術な」
「天井裏にいたのは、橋姫と言う妖怪でしょう。逃げましたが、今までの話を聞いていたのでしょう。おそらく、言い伝えに出てくる綾小路という娘が橋姫と思います」
「なんと!火喰い鶏といい、綾小路という娘といい、言い伝えは事実だったと言われるのですな。事実ですか、伝説は…。そうなのじゃな」
「はい、そのようです」
「むむ、…」
又しても長屋坊老人の鋭い眼差しが、ガラス戸に注がれた。何者かがいる。




