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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第五章 橋姫
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橋姫<6>

 二人は青龍(せいりゅう)の背に乗って九字紋(くじもん)結界まで飛んだ。上空から見ると大規模な土地造成が進んでいる。山の東斜面が大きく削り取られ、新しい町が出現しようとしている。こんなにひどい自然破壊をやる必要があるのだろうか、と思える程だ。将来は鉄道まで引かれる予定とのことだが、山の麓の里山は完全に消滅している。山肌が削られた山の際に青龍は降りた。


「ここだ。天后(てんこう)、結界の跡を感じるか」

「そうね、結界だわね。あの杉の木から向うの岩まで九字紋が張られている。ここには九字紋の最後の一本が走っているはずね。消えているわ」

天后は足元の砕けた岩を蹴飛ばしながら言った。天后の説明を琥珀も確認した。


「この結界は地中に伸びてない。表面だけの結界ね。これでは、地表が荒らされれば結界は簡単に崩れる。これは、あまり強くない陰陽師の張った結界だわ」

「そのようだな」

二人の後ろから声がした。晴茂だ。


「天后、琥珀、この結界に何が封じられていたか、分かるか?」

天后と琥珀は、気を研ぎ澄ませ結界を探った。


「晴茂様、橋姫はここから出てきたようです」

天后が答えた。

「そうだな」


「もう一つ、妖気が残ってます」

琥珀が答えた。


「鳥でしょうか?」

天后が続けた。

「おそらく、波山(ばさん)だ」

晴茂が言った。天后も聞いたことがない。

「波山とは?」


火喰(ひく)い鶏だ。正式には波山と言う。あまり悪さをする事はないのだが、時々人を喰らう」


「あっ」


琥珀と天后は、小さく声を上げて目を合わせた。北村の長屋(ながや)坊から聞いた言い伝えと重なった。

「どうした?火喰い鶏で何か引っ掛かるのか?」


琥珀は、先ほど長屋坊から聞いた言い伝えを晴茂に話した。

「なる程、ここの波山は人を喰らうことに味を占めたらしいな。妖気が強くなる前に封印した方がいいか。ところで、橋姫はどうなった?琥珀、橋姫に会ったか?」

「いいえ、会ってません」


「そうか、単に橋の守り神としての橋姫ならいいのだが、何か嫉妬の怨念があると厄介だぞ。まずは、会って話を聞いて見る事だ」

「はい、晴茂様」

「さてっと、波山の居所を探らねばいかんな。妖力は波山の方が強いから、まずこちらを探せ。いいな、琥珀」


「はい、晴茂様。しかし、波山はどうやって倒せばいいのでしょう」

「琥珀、波山は火喰い鶏だ。火を倒すには水術だ、そうだな、天后、頼むぞ。では、いい知らせを待っているからな」

そう言って、晴茂は姿を消した。琥珀は、波山と橋姫の始末を任されたのだ。


 琥珀は、天后と青龍に言った。

「波山をどうやって探せばいいの?」

「そうねえ。長屋坊が、最近山に異様な雰囲気を感じる、と言っていたから、この山にいるのよね。青龍、上空から探してみてくれる」

「そうだな。山頂付近の広場を中心に探してみるか」


「わたしたちは、どうしよう…」と、天后は言った。

「晴茂様が(おっしゃ)ったように、橋姫に会ってみよう」


「琥珀、橋姫より波山が先だよ。晴茂様もそう言ってたじゃない」

「でも、橋姫は長年波山と一緒に結界の中にいたんでしょ。何か知っているかもしれない、波山の居所を」

「そうか、そうだね」


「じゃあそうしよう。青龍は上空から、わたしたちは橋姫から、波山を探そう」

青龍と分かれて、琥珀と天后は婆娑(ばさ)橋にやってきた。


 二人は、橋を渡ってみることにした。

「ちょっと待って、琥珀」

「なに?」

「橋の上で橋姫に襲われたら、二人一緒より、ひとりは橋の上にいない方がいいのじゃないの」


「そうか。二人とも橋姫にやられたら助ける人もいないからね。分かった、じゃあ天后さん、ここで待ってて。わたしが渡るから」


 天后は橋の入り口に近い木の後ろに隠れた。琥珀は橋を渡り始めた。何事も起らない。橋の真ん中あたりまで来た。そこで、琥珀は立ち止まり、欄干(らんかん)に手をついて谷の上流を覗いた。意外と深い谷だ。僅かに水が流れている。


谷の両側から木の枝や葉っぱが覆い被って、水面が見え隠れしている。「うわっ、いい景色じゃない」と小声で呟いた。この橋も所々苔生す様子に風情がある。渡ってみると案外しっかりした構造なのだ。長年持ち堪えてきたのも、造りが良い所為(せい)なのだろう。「素敵な橋だわ」と独り言を言った。


 その時、琥珀の横を何かが通り過ぎた気配がした。気配のする方に顔を向けると、黒髪を長く垂らした美女が(ただず)んでいた。真っ白なワンピースに長い黒髪のコントラストが眩しい。琥珀は、微かな妖気を感じた。天后も同時に美少女を確認した。「来たわね、橋姫」と、天后は木の陰で身構えた。


「いい景色ですね。この橋も昔ながらの風情があって、素敵ですね」

琥珀が、美女に声を掛けた。美女は、琥珀の方を向くとにっこりとほほ笑み、軽くお辞儀をした。

「この辺りの方ですか?」


琥珀の問いに、透き通るような声で美女は答えた。

「はい。私もこの橋から見る景色が素敵なので、時々ここに来ます」

琥珀は、その美女の姿と答えを聞きながら、この風景には合わない姿だと苦笑いを噛み殺した。こんな山奥にノースリーブのワンピースで、しかもハイヒールで来る訳がない。


「わたしは琥珀と言います。あなたは?」

「はい、わたしは…綾小路(あやこうじ)、あっ、綾子と言います」

「綾子さんですか。良いお名前です」

橋姫は嫉妬心が強いと聞いているので、他のものを()めないように琥珀は気を使った。


琥珀と綾子は橋の欄干に腰を下ろし、しばらく当たり障りのない世間話をしていたが、琥珀が質問をした。

「綾子さんは、よくここに来るのなら、火を食べる鶏をご存知かしら」

「えっ!火を食べるのですか?」

「ええ、火を食べる鶏です。この麓の村で、そんな言い伝えを聞いたものですから、綾子さんもご存知かと思って」


「ああ、火喰い鶏の言い伝えですか」

「はい、それそれ。それです」

「私もお話は知ってます」

「やはりね。地元の人は、知ってるんだ、火喰い鶏の事。でも、最近ね、その火喰い鶏が、また現れるんじゃないかって心配している人がいるんですよ。そんな馬鹿なねぇ、火喰い鶏なんか伝説でしょ。いる訳ないよね」


「それは、…どうかしらぁ?」

「綾子さんは、いるって思っていらっしゃるんですか」

「若い娘さんがこの橋を渡って生贄として捧げられていたのは事実ですよ。火喰い鶏はいると思います」

「それは、綾子さん、昔々の話でしょう。今の時代にいないですよ」

「いますわ。きっと、その内に、騒動になるはずよ」

そう言って、綾子はにやっと笑った。


「綾子さん、それって大変だわ。火喰い鶏を見たのですか」

「うふふっ、一緒にいた…、いえ、あのう、…見たんです」

「どこで?」

「この山の上に広場があって、そこをこの谷の方向に下りた辺りに、きっといると思うわ」


 その時、木の陰に隠れていた天后が、木の枝を踏んでしまった。微かな音と気配が動いた。綾子は、気配のする方を(にら)み、指をさして言った。

「あそこに誰かいる、…」


琥珀は天后の方を見た。

「誰もいないわ、綾子さん…、あれ?」


琥珀が振り返って見ると、綾子の姿は消えていた。琥珀は、天后の方に戻った。「飛ぶわよ、天后さん」

そう言って琥珀は、高く飛び、木々を渡って橋から遠く離れた。天后も後を追った。


「もう、天后さん、もう少しでもっと正確な場所が聞けたのに」

「ご免、ご免。でも、橋姫は波山と一緒だったし、一緒に結界を出たのも分かったよね。波山の居場所もだいたい分かったし」


「そうだね。しかし、あの綾子って何か変じゃない?」

「琥珀もそう思った?」


「だって、長年結界に封じられていて、やっと出て来たんだから、二度と結界に封じられないように用心するのが普通でしょ。それを見ず知らずのわたしに、べらべらと喋るのって、やはりおかしいよね」


「そうなんだ、琥珀。結界から出て来た事をわざと知らせようとしているような、…そんな感じだわ」

「うぅーん」


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