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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第五章 橋姫
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橋姫<2>

「へぇえ、橋姫か。そんな妖怪が封印されずに残っているんだなあ」

晴茂は言った。橋姫とは、橋に宿る妖怪で、昔はほとんどの橋に橋姫が宿っていた。年月を経た古い橋の橋姫は妖力も増し、美しい娘の姿で人前に現れたりもした。


橋を守る妖怪なので、ほとんど悪さをしない。しかし嫉妬心が強く、橋の上で他の橋を褒めたりすると、嫉妬してその人間を襲う事もある。橋の上で男女の嫉妬話も要注意だった。


 京の一条戻橋(いちじょうもどりばし)の橋姫伝説では、元々人間の娘が嫉妬に狂い鬼女となり、好きだった男やその男の恋人を食い殺した。これは全く異なる話で、妖怪ではなく嫉妬で怨霊(おんりょう)となった人間の話だ。妖怪橋姫は、橋に宿るので居場所はすぐに分かり、これまでに安倍家や芦屋家の陰陽師がほとんど封じているはずなのだ。


「姿を見ていないので確証はないが、俺の感じでは、あの旋風は(ねた)み玉だし、古い橋のたもとと合わせると橋姫と見た」

青龍が言った。


「分かった、青龍。橋姫だけなら簡単に倒せる。琥珀、おまえに任せる。但し、天后(てんこう)を連れてゆけ。それに、青龍、その橋の近くに破られた結界がないか上空から探れ。もし破られた結界があるのなら、その結界から別の妖怪も抜け出したかもしれない。橋姫だけならいいが、他の妖怪も脱出しているなら、僕を呼んでくれ。結界が破られたのも問題だがなぁ…」


 晴茂は、天后を呼んだ。

「晴茂様、お呼びでしょうか」

御転婆娘の姿をした天后が現れ、晴茂の前で(ひざまず)いた。

「天后、青龍と琥珀が橋姫らしき妖怪を山の中で感じたと言う。琥珀と共に橋姫を倒してくれ」

「あら、琥珀とですか。なぜ、わたしが琥珀と行くのですか」


天后は、まだ少しだが、琥珀の自分に対する競争心を嫌っている。

「橋姫は嫉妬に興味を持つ。嫉妬と言えば、若い女性だ。だから、天后と琥珀だ」


「晴茂様、その理由は少し無理があるのでは…、嫉妬は若い女性だけとは限りませんよ」

「あははは、そうだな、天后。しかし、橋姫も若い女性の姿だし、いいではないか」

「…?」


琥珀は、天后に頭を下げながら言った。

「天后さん、よろしくお願いします。天后さんは、わたしの命の恩人ですしね」

「わたしと(きそ)わないでよね、琥珀」


「天后、琥珀は変わったぞ。おまえとも友達になれるはずだ」

「式神同士が友達っていう関係も変だけど…分かりました、晴茂様。仰せの通りに」

「天后さん、お願いします!」


 青龍は、二人を背に乗せ、問題の橋まで飛んだ。橋の近くに琥珀と天后は降りた。青龍は近くの結界を調べに上空に戻った。


「へえぇ、古い橋だわね。琥珀、向こう側に行ってみよう。飛ぶわよ!」

橋姫が宿る橋だとすれば、無暗に歩いて渡らない方がいい。


二人は谷を飛んだ。橋の反対側はなだらかな山道につながっている。谷から遠ざかるように、緩やかな下り道だ。道幅も広い。少し進むと更に広い山道にぶつかった。この広い山道は、おそらく麓の村から山を越える道だろう。


「あの橋は、この山道から谷を越えて脇道に入るための橋なんだ」


「琥珀は橋の周辺を調べてみて!わたしは谷に降りてみる。橋は歩いて渡らないでね。橋姫がいるなら、呪縛(じゅばく)されるかもしれないから」

二人は分かれて調べる事にした。


 琥珀は橋の周囲を探ってみたが、別に異常なところはない。しかし、こんな山奥で人通りも少なそうな場所にしては立派な石橋だ。しかも、橋の向こう側は、人がひとり通れる程度の細く険しい道しかないのだ。


琥珀の立っている広い道の側は、このまま下って行けば麓の村に出ると予想できるのだが、反対側の急峻な登り道はどこへ向かっているのだろうか。琥珀は、谷を飛んで橋の反対側に戻り、その奥を進んでみた。


 道はどんどん細く険しくなってゆく。岩がごろごろと顔を覗かせるような山道だ。これは一般の人が登れる道ではないと琥珀は思った。いつの間にか渓谷から離れて、道は山の頂に向かって進んでいるようだ。やや上り坂が緩くなった。


大きな岩を曲がった所に、平坦な広場がある。広場の真ん中に立った琥珀は辺りを見渡したが、道はここで終わっている。ここが、この山の頂上で、あの橋を造った目的地なのか。普通の人間が登れば、橋から一時間近くかかるだろう。


しかし、目的地にしては、広場に何もない。広場の奥に丸い石が積まれているが、何かの跡だろうか。琥珀はしばらくその広場を探ってみたが、異様なものは見つけられなかった。


『ここが行き止まりなんだから何か意味があるはず』そう思って調べたが、何もないのだ。この広場で何かをしたのか、この広場に何かがあったのか、いずれにせよこの場所のために、あの橋が造られたと考えるのが妥当だろう。


 琥珀が戻ろうとした時、広場奥の崖から微かな音が聞こえた。振り返って暗闇を見たが、何もない。気配もない。もちろん、妖気もない。確かに、「バサバサ」と鳥の羽音のように聞こえたのだが。琥珀は崖の上に駆け登った。


振り返って見ると、この崖の上からは広場を一望できる。そして、その崖の先は絶壁の谷になっている。しかし、音の主は何も見つからない。『ただの鳥かな?』 琥珀は広場に戻った。矢の様な速さで、来た道を駆け下りた。


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