枕と夢<23>
やっと動けるようになった琥珀は、経立が倒れたのを目にして、その場を離れ、冴子の許へ急いた。これで経立を封じられると思ったのだ。あの天空剣が砂を操れないとは夢にも思わなかった。
時間が過ぎてゆく。
鎧を外すのに時間がかかり過ぎると経立が目覚める。
「天空!もっと集中しなさいよっ!」
太陰が天空を叱咤した。
「集中してるよ!駄目だ!」
「ふぅん…、じゃあ、砂じゃないのかしら?」
またしても、太陰があっさりと重大なことを口にした。
「えっ?砂じゃない?ちょっと待て、天空」
晴茂は経立に近づいて、鎧を見た。手をかざし、鎧を探った。
「こ…これは?」
鎧に生気が満ちている。何だ?どこかで感じた異様な生気だ。
そうだ、里美さんのジーンズに付いていた木片の生気だ。
そうか、経立は鎧の上から栃の木の生気で、更に保護しているのか。
晴茂は、彭侯に向かって言った。
「彭侯、経立は鎧の表面を栃の大木の樹液で保護している。外せるか?」
「何ぃ?悪智恵の働く猿じゃのお。任せておけ」
彭侯は再び口から薄紫色の靄を発した。彭侯の目が光った。栃の木に宿った彭侯だ。栃の木の生気を吸い取るのは、容易いことだ。
「これで栃の木の生気は取れたはずじゃ。早くしないと、経立が目覚めるぞ」
「天空、やれ!」
その晴茂の声と共に、経立の目が赤く光り出した。天空は剣先を経立の鎧に向け気を集中した。
しかし、その時、経立は立ち上がろうとしていた。
「いかんっ!経立が鎧に妖術をかけるぞ」
そうなれば、元の木阿弥だ。
「天空、急げ!」
立ち上った経立は状況が掴めないようだ。しかし、すぐに鎧に妖術がかかってないことに気付いた。まずは、天空の剣から逃れねばならない。経立は、動いた。しかし、まだ動きは鈍い。
経立が元通りに動き出しては剣先で砂を操れない。
天空は、剣を天に向かって突き上げ、「黄砂よ、来い!」と叫んだ。
砂には砂で以って征するにかぎる。天から降ってきた大量の黄砂で、経立はたちまち埋もれた。経立は、まだ動きが鈍く、黄砂から逃れる事ができなかったのだ。
天空は剣先を黄砂に向け、黄砂と共に経立の鎧の砂を操った。天空が剣を天に向けると、黄砂は経立の鎧の砂を引き連れて天に戻った。
「砂は、外れたっ!」
晴茂は、右手を経立に向け、騰蛇の業炎を放った。砂を固めていた樹脂は焼き払われた。経立は、老猿の姿になった。騰蛇の火で体毛は焼け、皮膚も焼け爛れている老猿だ。
弱々しい赤い皮膚と焼かれた皮膚の下から見える肉をさらけ出している。黄砂に押し潰され、体力も相当消耗しているのが分かった。よろよろと老猿が立ち上った。
「さすがに参ったぞ、陰陽師」
「そうだろう」
「儂をどうするつもりじゃ?殺すか?」
「殺しはしない」
「ふうん。それは有難い」
相当消耗しているはずだが、老猿は減らず口を吐く。
「結界に封じ込める」
「それも、嫌じゃなあ。もう老いぼれておるのだから、見逃す手もあるぞ」
「そうはゆかん」
「そうか、そうじゃろおのう。…、彭侯よ、森を守ってくれよ。その思いは儂も同じだ」
老猿は彭侯の方を向いた。その時、老猿の目が赤く輝きだしたのを、天空は見逃さなかった。
「経立、逃げる気か!」
天空は、剣を経立に突き出した。剣が経立の方に伸びる。それと同時に、老猿は最後の力を振り絞り、素早い動きで天高く飛び、森の方へ逃げた。
天空の剣が伸びて経立を追う。老猿と剣先が見えなくなった。
「天空、仕留めたか?」
縮んで元の長さに戻った剣先を天空は見た。剣先には血が付いている。
「はい、手応えはありましたが、…」
「天空、追え。経立の消息を見定めてこい」
「はいっ」
六合が里美を抱きかかえて校舎から出てきた。里美は気を失っているが、無傷のようだ。晴茂、六合、太陰、そして彭侯が集まった。
「経立の行方は分からないが、とにかく終わった。彭侯、ありがとう。これからも、森を頼みます」
「そうじゃのう。人間に化身して生きるのも面白いのじゃが、少し度が過ぎたかのう。まあ、これからはほどほどに化身しようぞ。
そうそう、太陰、おまえさんは評判通りの知恵者じゃ。一度、わしと飲んでくれんかのう」
「ああらっ、美味しいお酒があれば、どこへでも行きますわよ。晴茂様のお許しが出ればですけどぉ」
「いつでも許すよ。でもな、太陰、彭侯が化身する堀田という青年は若くて美男子だぞ。太陰は、もう少し若作りせねば釣り合わないかもしれないな」
「あらっ?若作り?今の姿でも充分釣り合いますわよぉ。それにね、どうせ、飲めば、細かい所は見えなくなるんですから」
「ひゃひゃひゃ、そうじゃ、そうじゃ。ひゃひゃひゃ、…」
冴子と琥珀は、里美を待って起きていた。
戻ってきた琥珀の様子を見て、冴子は驚き介抱した。それ程、琥珀は体力を消耗していたのだ。晴茂の回復の呪文で動けるようになって戻って来たが、まだ身体中が軋んでいる気がする。
二人は、お互いを庇いながら夜の明けるのを待った。
「冴子様、私は情けないです。式神としても未熟ですし、人間としても未熟です。里美さんを守れなかった私は、晴茂様に何て言えばいいか」
「なに言ってるのよ、琥珀。私を助けてくれたじゃない。琥珀がいなければ、私は死んでいたんだよ」
「でも、…」
「それに、里美も無事だと思うよ。妖怪と里美のいる場所をつきとめて晴茂に知らせたんでしょ。琥珀は、充分やっているよ」
「私、…、もっともっと強い式神になりたい。もっともっと人間になりたい」




