枕と夢<21>
琥珀は、経立の妖気の跡を追っていた。方向は、しかし、森を目指していない。琥珀は立ち止まった。
『変だ!』
琥珀は思った。経立は森に棲む妖怪だ。こんな人間が住む界隈に身を潜めるつもりなのか。妖怪としては異常な行動だ。もう一度、慎重に妖気を探った。間違いない。経立は町に向かっている。
それを晴茂に伝えると、琥珀は妖気の流れを追った。
琥珀が経立を追い、行きついた場所は中学校の校舎だ。学校の広い中庭に琥珀は立ち、校舎を睨んだ。この中へ里美さんを運んだ。校舎の中へ入ろうと琥珀が動いたのを察知してか、琥珀の背後から数発の妖気玉が飛んできた。琥珀は、それをかわす。そして顔を上げると、すぐ近くに経立がいた。
経立の拳が琥珀の顔面を襲う。琥珀は寸でのところでそれをかわし、飛び下がった。
十数メートルを飛んだはずなのに、地上に降り立つと、すでに経立は目の前にいる。経立の腕が唸る。琥珀は、避ける。琥珀は、ぎりぎりで経立の攻撃をかわすのに精いっぱいだ。光線を放つ余裕もない。
『速い!』 何という速い動きだ。
琥珀も身軽で動きは速いのだが、経立はそれを越えている。
しかも、琥珀の動きを予測しているかのように、逃げる琥珀の後をピタリとついて来る。こんな近距離で攻撃されていては、琥珀は何もできない。ただ経立の攻撃をかわすだけだ。
そして、琥珀の動きがやや甘くなった時、ついに経立の拳が琥珀の左脇腹をとらえた。
琥珀は数十メートルを飛ばされて地面に激突した。起き上がろうとする琥珀だが、そこにはすでに経立が近距離で詰めている。琥珀は、必死で防御の五芒星を放とうとしたが、その前に経立は、サッカーボールのように琥珀を蹴り上げた。
琥珀は、また数十メートル程、飛ばされた。琥珀は弱々しく顔を上げた。そこには勝ち誇った経立がいた。すでに琥珀には戦う気力が残っていない。
「ふふふふ、娘が二人になったわ。後で喰らってやるからな。ふふふふ…」
琥珀は経立の笑い声を聞きながら、意識が薄れてゆくのを感じていた。
経立は、琥珀を肩に担ごうとした。その時、背中に白虎の光線を受けた。経立の強固な鎧が防いだが、衝撃はあった。経立は振り返った。昨夜戦った相手がいる。経立は立ち上って晴茂を見て、不敵な笑みを浮かべた。晴茂は、光線をたて続けに放った。経立は避ける。
「天空!経立を頼む」
「おう」
天空は、経立の前に降りた。すぐさま剣を横殴りに経立に浴びせた。
経立はすっと身をかわした。が、天空の剣は経立が移動した分を伸びた。がちっと鈍い音がし、天空剣と経立の鎧がぶつかった。経立は衝撃で倒れた。
しかし、剣は経立の強靭な鎧を切り裂くことはできない。
経立は、避けたはずの剣が届いたのが解せない様子だ。
天空の剣が再び経立を襲う。経立は避けるが、ガツッと剣が鎧に届く。経立は、よろける。天空の攻撃が優勢だ。しかし、天空剣は経立をとらえるのだが、衝撃を与えるだけで、強靭な鎧を裂くことはできない。
天空と経立が戦っている間に晴茂は琥珀にかけ寄った。意識を失っているが、大事には至っていない様子だ。晴茂は琥珀に回復の呪文を唱えた。琥珀は目を覚ました。晴茂を見た琥珀は、安堵の目をした。
「は…晴茂様。申し訳ありません、里美さんが、…」
「分かっている。しばらく休め」
晴茂は琥珀を抱きかかえると、中庭の隅に運んだ。そして、再度回復の呪文を唱え琥珀に飛ばした。
「琥珀、動けるようになったら冴ちゃんの許へ行け。そして冴ちゃんを守るんだ。いいな。この場は、任せておけ」
「はい、…晴茂様」
晴茂は、天空と経立の戦を見た。
経立は、既に天空の動きや剣の伸び縮みを見切っていた。天空の剣が空を切る。経立の殴打や蹴りを天空が避ける。天空が戦う前に、晴茂も天空も予想した通りだ。これでは体力の消耗戦だ。
晴茂は、天空の戦い振りを見て、『これは、いかん』 と思った。相手を倒そうとする思いが勝って、天空の動きが大きい。
「天空!無心で動けっ!考えるなっ!」
それを聞いた天空は、目を閉じた。これの方が無心になれる。
見なくても経立の気配で動きが分かる。相手の動きに自分を合わせればいい。こちらからの攻撃は、相手に隙ができた時だけでいい。所詮、あの鎧は破れないのだから、無駄な攻撃は必要ない。
天空の動きが小さく軽くなった。経立の攻撃をかわすだけで、自らは攻撃を仕掛けなくなった。経立はそれを見て、焦った。天空が動かなければ、動きを予測できない。経立の方が攻撃を仕掛ける形になった。
攻撃をすれば必ず隙ができる。その瞬を天空は逃さない。再び、天空の剣が経立をとらえ始めた。こうなると経立も無闇に攻撃できない。両者の動きが止まった。絶妙な間合いを取って、天空と経立が向き合った。双方が手を出せない状況だ。
晴茂が、天空の前に立った。
「ふふふふ、なかなかやるではないか。昨夜は、おまえ、姿を消したが、何者だ」
「陰陽師、安倍晴茂だ」
「陰陽師の安倍晴茂だとぉ、ふふふふ、そうか陰陽師か。だが、おまえの呪術では儂を倒せぬ。この鎧は破れぬ」
「…」
「この鎧がある限り、誰が来ても儂を倒せぬ。陰陽師なら、それは分かっていよう。ふふふふふ」
「…」
「陰陽師、無駄なことは止めて、ここを立ち去れ」
経立の言うことは正しい。晴茂でも経立を倒すことはできない。青龍の稲妻も、白虎の光線も、騰蛇の業火も、天空の剣も、経立の強靭な鎧は破れない。しかも、素早い動作の経立に術をかけることも難しい。
「おまえを倒すまで立ち去ることはできない。経立よ、妖怪は人間界で悪事を働いてはならないのだ」
「ふふふふ、それを弱犬の遠吠えと言うのじゃ。まあ、そこの小娘は諦めよう。では、倒せぬ相手を遠くから見ておるのじゃな、陰陽師。ふふふふ、儂はもう森には戻らんからな」




