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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第四章 枕と夢(枕返し)
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枕と夢<21>

 琥珀は、経立(ふったち)の妖気の跡を追っていた。方向は、しかし、森を目指していない。琥珀は立ち止まった。


『変だ!』 


琥珀は思った。経立は森に棲む妖怪だ。こんな人間が住む界隈(かいわい)に身を潜めるつもりなのか。妖怪としては異常な行動だ。もう一度、慎重に妖気を探った。間違いない。経立は町に向かっている。


それを晴茂に伝えると、琥珀は妖気の流れを追った。


 琥珀が経立を追い、行きついた場所は中学校の校舎だ。学校の広い中庭に琥珀は立ち、校舎を睨んだ。この中へ里美さんを運んだ。校舎の中へ入ろうと琥珀が動いたのを察知してか、琥珀の背後から数発の妖気玉が飛んできた。琥珀は、それをかわす。そして顔を上げると、すぐ近くに経立がいた。


経立の(こぶし)が琥珀の顔面を襲う。琥珀は寸でのところでそれをかわし、飛び下がった。


十数メートルを飛んだはずなのに、地上に降り立つと、すでに経立は目の前にいる。経立の腕が唸る。琥珀は、避ける。琥珀は、ぎりぎりで経立の攻撃をかわすのに精いっぱいだ。光線を放つ余裕もない。


『速い!』 何という速い動きだ。

琥珀も身軽で動きは速いのだが、経立はそれを越えている。


しかも、琥珀の動きを予測しているかのように、逃げる琥珀の後をピタリとついて来る。こんな近距離で攻撃されていては、琥珀は何もできない。ただ経立の攻撃をかわすだけだ。


 そして、琥珀の動きがやや甘くなった時、ついに経立の拳が琥珀の左脇腹をとらえた。

琥珀は数十メートルを飛ばされて地面に激突した。起き上がろうとする琥珀だが、そこにはすでに経立が近距離で詰めている。琥珀は、必死で防御の五芒星を放とうとしたが、その前に経立は、サッカーボールのように琥珀を蹴り上げた。


琥珀は、また数十メートル程、飛ばされた。琥珀は弱々しく顔を上げた。そこには勝ち誇った経立がいた。すでに琥珀には戦う気力が残っていない。


「ふふふふ、娘が二人になったわ。後で喰らってやるからな。ふふふふ…」

琥珀は経立の笑い声を聞きながら、意識が薄れてゆくのを感じていた。


 経立は、琥珀を肩に担ごうとした。その時、背中に白虎の光線を受けた。経立の強固な鎧が防いだが、衝撃はあった。経立は振り返った。昨夜戦った相手がいる。経立は立ち上って晴茂を見て、不敵な笑みを浮かべた。晴茂は、光線をたて続けに放った。経立は避ける。


天空(てんくう)!経立を頼む」

「おう」


 天空は、経立の前に降りた。すぐさま剣を横殴りに経立に浴びせた。

経立はすっと身をかわした。が、天空の剣は経立が移動した分を伸びた。がちっと鈍い音がし、天空剣と経立の鎧がぶつかった。経立は衝撃で倒れた。


しかし、剣は経立の強靭な鎧を切り裂くことはできない。

経立は、避けたはずの剣が届いたのが解せない様子だ。


 天空の剣が再び経立を襲う。経立は避けるが、ガツッと剣が鎧に届く。経立は、よろける。天空の攻撃が優勢だ。しかし、天空剣は経立をとらえるのだが、衝撃を与えるだけで、強靭な鎧を裂くことはできない。


 天空と経立が戦っている間に晴茂は琥珀にかけ寄った。意識を失っているが、大事には至っていない様子だ。晴茂は琥珀に回復の呪文を唱えた。琥珀は目を覚ました。晴茂を見た琥珀は、安堵の目をした。


「は…晴茂様。申し訳ありません、里美さんが、…」

「分かっている。しばらく休め」


晴茂は琥珀を抱きかかえると、中庭の隅に運んだ。そして、再度回復の呪文を唱え琥珀に飛ばした。

「琥珀、動けるようになったら冴ちゃんの許へ行け。そして冴ちゃんを守るんだ。いいな。この場は、任せておけ」

「はい、…晴茂様」


 晴茂は、天空と経立の戦を見た。

経立は、既に天空の動きや剣の伸び縮みを見切っていた。天空の剣が(くう)を切る。経立の殴打や蹴りを天空が避ける。天空が戦う前に、晴茂も天空も予想した通りだ。これでは体力の消耗戦だ。


 晴茂は、天空の戦い振りを見て、『これは、いかん』 と思った。相手を倒そうとする思いが勝って、天空の動きが大きい。


「天空!無心で動けっ!考えるなっ!」

それを聞いた天空は、目を閉じた。これの方が無心になれる。


見なくても経立の気配で動きが分かる。相手の動きに自分を合わせればいい。こちらからの攻撃は、相手に隙ができた時だけでいい。所詮(しょせん)、あの鎧は破れないのだから、無駄な攻撃は必要ない。


 天空の動きが小さく軽くなった。経立の攻撃をかわすだけで、自らは攻撃を仕掛けなくなった。経立はそれを見て、焦った。天空が動かなければ、動きを予測できない。経立の方が攻撃を仕掛ける形になった。


攻撃をすれば必ず隙ができる。その瞬を天空は逃さない。再び、天空の剣が経立をとらえ始めた。こうなると経立も無闇に攻撃できない。両者の動きが止まった。絶妙な間合いを取って、天空と経立が向き合った。双方が手を出せない状況だ。


 晴茂が、天空の前に立った。

「ふふふふ、なかなかやるではないか。昨夜は、おまえ、姿を消したが、何者だ」

「陰陽師、安倍晴茂だ」


「陰陽師の安倍晴茂だとぉ、ふふふふ、そうか陰陽師か。だが、おまえの呪術では儂を倒せぬ。この鎧は破れぬ」

「…」


「この鎧がある限り、誰が来ても儂を倒せぬ。陰陽師なら、それは分かっていよう。ふふふふふ」

「…」


「陰陽師、無駄なことは止めて、ここを立ち去れ」


 経立の言うことは正しい。晴茂でも経立を倒すことはできない。青龍の稲妻も、白虎の光線も、騰蛇の業火も、天空の剣も、経立の強靭な鎧は破れない。しかも、素早い動作の経立に術をかけることも難しい。


「おまえを倒すまで立ち去ることはできない。経立よ、妖怪は人間界で悪事を働いてはならないのだ」


「ふふふふ、それを弱犬の遠吠えと言うのじゃ。まあ、そこの小娘は諦めよう。では、倒せぬ相手を遠くから見ておるのじゃな、陰陽師。ふふふふ、儂はもう森には戻らんからな」


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