枕と夢<17>
冴子は、驚いて琥珀の方を見たが、既に琥珀は空中を飛んで食堂を出る所だった。悲鳴の主は里美だった。シャワー室の横にある脱衣場で里美は倒れていた。琥珀は、里美を抱き起した。怪我はないようだ。辺りに怪しい影はない。
「里美さん!里美さん!」
琥珀の声に、里美は部屋の窓を指差して、猿がいたと答えた。その時、冴子も駆けつけ里美を抱きかかえた。
「どうしたの、里美」
「猿がいたようです。ちょっと見てきます」
琥珀が代わりに答え、里美を冴子に任せると外に出た。この窓だな。琥珀は、気を静めて辺りを探った。妖気が残っている。里美が猿だと言うし、この妖気なら経立かもしれない。里美をさらいに来たのだろうか。琥珀はゆっくりと建物から離れ、妖気の跡を辿った。
妖気は所々で消えながらも、裏山の方に続いていた。十数歩移動した時、前方の草むらに気配を感じた。何かいる!琥珀は身構えた。経立か?琥珀は、雑念を払った。違う、経立ではない。妖気を感じない。人間か?
「おや、誰ですか?ああ、琥珀さんですね。どうしました?」
草むらから現れたのは、堀田だ。琥珀は、窓から覗いたのは堀田か、と疑った。しかし、堀田には妖気を感じない。
「里美さんが、誰かに覗かれたので、見に来ました」
「ええっ?誰かが覗いたのですか。その窓から?そこは脱衣所?」
「はい、猿だと言ってますが、…」
「ああ、猿ですか。この辺りには猿はよく出ますよ」
そう答える堀田に、後ろから声を掛けた人がいた。
「堀田さんは、こんな所で何をされていたのですか?」
晴茂だ。堀田は、驚いて振り返った。
「安倍さんではないですか。安倍さんは、京都に戻られたのでは?」
「こんな事が起こるのではないかと思って、戻ってきました。堀田さん、経立を追い払ったのは、あなたですね」
琥珀は、晴茂の言葉を疑った。人間の堀田に経立を追い払えるはずがない。
「ええっ?経立?何ですかそれは?」
「堀田さん、本当のことを教えてください」
「いやぁ、本当も嘘も、何を言っているのか、分かりませんが」
堀田は、晴茂と琥珀を避けて建屋の方に戻ろうとした。
その先を通せんぼしたのは、天空だった。
「堀田さん、こっちは通れませんよ」
「何ですか、あなた達は」
「堀田さん、ちょっと我慢してくださいね」
晴茂は、呪文を唱え青白い五芒星を飛ばした。堀田は、五芒星の中に封じ込められた。
「こんな所では人目に付く、みんな小屋に戻るぞ。琥珀、堀田さんは、おまえが見た人面犬、彭侯の化身だ。琥珀はここに残って冴ちゃんや他の人を経立から守れ」
晴茂は、そう言うと五芒星に閉じ込めた堀田もろとも夜空に消えた。天空が後に続いた。建屋の屋根には六合と太陰がいて、琥珀に微笑みながら消えた。そうか、みんな来てたんだと琥珀は、建屋の中に戻った。




