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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第一章 予兆
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予兆<8>

 甚蔵は別の蝋燭(ろうそく)に火を灯すと、圭介の方に差し出した。圭介の手は震えている。蝋燭を持てない。

「落ち着け!圭介。何も恐れることはない」

観念したように圭介は蝋燭を受け取ると、晴茂の顔を見て「行くか」と呟いた。圭介が先導する形で、身を屈めて進んだ。二人が中に入ると甚蔵は立上り、穴の入り口まで進むと一言二言呪文を唱えた。入り口の周りの岩が一瞬、赤く光った。緩い結界が張られたのだ。


 甚蔵は岩に座り直すと、口の中で何かを念じ始めた。この儀式に晴茂は何の問題もないはずだ。問題は圭介だ。陰陽師になるための圭介の能力はさほど強くないと甚蔵は感じていた。陰陽師の修行に耐えられるだろうか。そして、呪力が弱い陰陽師には危険が多い。力のない妖怪にも太刀打ちできないようでは、むしろ異界などは見えない方が安全だ。妖怪が見えなければ、妖怪と対決する必要もない。こちらが妖怪を見えるということは、妖怪の方でも敵と察知し攻撃することになる。


 圭介が陰陽師となれるかどうかは道満が決めてくれるだろう。甚蔵は、圭介の行く末を念じつつ、圭介をここに連れて来た事を後悔しはじめていた。圭介が陰陽師として一人前になればなる程、甚蔵の呪力は落ちる。そして、最後には芦屋家の陰陽師が圭介に引き継がれるのだ。


 ややあって、穴の入り口の岩が青く光った。出てきたのは晴茂だ。『早い、早すぎるぞ』 甚蔵は心の中で呟いた。五分も過ぎていない。晴茂は穴の入り口を出た所で立っている。目は閉じたままだ。


『これはどうした事だ』 甚蔵は不安になった。晴茂は陰陽師の素養がないというのか。そんな馬鹿な。『晴茂は、少なくとも私より呪力ははるかに上だ。陰陽師になれぬはずはない』 安部晴明が、晴茂を拒否したのだろうか。


 甚蔵が立ち上って晴茂に近づこうとした時、甚蔵の後ろが真っ赤に光った。洞窟内の岩壁が赤く染まった。振り返った甚蔵は自分の目を疑った。見上げる甚蔵の視線の先、そこには朱色に光る大きな鳥が羽根を広げている。

「す…、朱雀(すざく)だっ!」


甚蔵は数歩後退りをした。朱雀は安倍晴明の式神十二天将のひとつだが、甚蔵は見たことがない。いいや、安部晴明が没して後は、十二天将を誰も見ていないはず。しかし、その朱雀が今、目の前にいるではないか。


朱雀の形は(すずめ)を大きくしたように見える。そして、頭には綺麗な長い羽根が生えている。雀より色は赤っぽく、全体では朱色に輝いている。目は鋭い。そして広げていた羽根を納めて、晴茂を見ている。


これは、安部晴明が呼んだ朱雀か……。甚蔵は朱雀に攻撃されるのではないかと、一瞬構えた。晴茂を勝手に晴明の許へ連れて来たからか…。朱雀の威圧感で、甚蔵は立っているのが辛くなった。


 腰を抜かす寸前の甚蔵の後ろから、落ち着いた晴茂の声がした。

「おじさん、僕の式神だ」


甚蔵は声の方を振り返った。そこにはいつもと変わらない晴茂が、にこにこと笑っている。

「しばらくは、朱雀が僕の先生らしい」

「あ、ああ…」


どうやら、朱雀を呼んだのは晴茂のようだ。


 晴茂は一言呟き右手で自分の左肩を指すと、朱雀はたちまち普通の大きさの雀に変わり、晴茂の左肩に留まった。何ということだ。朱雀が先生だと晴茂は言う。しかも、穴に入ってから五分も過ぎていないのに、朱雀を呼び、式神として操るとは、…何という才能だ。


 甚蔵は、晴茂から一歩後退りした。これは、…安倍晴明の再来か。

「ど、どうだった、晴茂」

我に返った甚蔵が大きく息を吐きながら聞いた。


「よく分からないけど、何だか気分がすっきりした」

「晴明の声は聞こえたか」

「ええ、声と言うか、頭の中が晴れ渡ると言うか、あらゆることが、納得できたような、…。さっき、おじさんが説明してくれたことが分かったと言うか…」

甚蔵は、自分の経験と比べて、晴茂の言っていることが理解できなかった。


甚蔵の時は、頭の中で道満の声が響き渡って、頭がい骨が破裂するかと感じたのだが、晴茂は気分がすっきりしたと言う。甚蔵はその時、晴茂の陰陽師としての強さを悟った。『私などには晴茂の力は理解できないのだ』と。

「外は雨ですね。おじさんの式神が雨に濡れていますよ」

晴茂は呟いた。ここにいて、外の雨を感じるのか、…甚蔵はただ頷くだけだった。


「圭介はどうしていた?」

甚蔵はやはり圭介が心配だ。晴茂に聞いた。

「圭ちゃんは必死で耐えていました。時間はかかるけど、大丈夫です」

「圭介は陰陽師になれるだろうか?」


陰陽師になったばかりの晴茂に、甚蔵は先輩に聞くようにして聞いた。

「おじさんも心配性ですね。圭ちゃんは、おじさんより優れていると思うんだけど…」

「……」

「大丈夫ですよ、おじさん。僕が圭ちゃんを守りますから」


 そんな話をしている最中でも、晴茂の左肩に留まった雀は、晴茂の耳元で時々チュンチュンと鳴いている。

「そうだ、おじさん。明日、妙輪寺へ白坊主を封じに行ってきます。山田君の家にも白坊主がいたし」


「晴茂、修行はしなくてもいいのか」

「修行? ああ、陰陽師の修行ですね。実践が修行です。圭ちゃんも行くかなあ」

「圭介は修行しなくてはならないだろう」

「ああ、そうですね。でも、修行はいつでもできると思います。圭ちゃんは、何でも稽古することが嫌いだし」

「そういうことではいかんだろう」

「そうですね。圭ちゃんは、少し修行を頑張らないといけないかなあ」

「陰陽師の修行は大変だぞ」

「……」

「おまえに言っても分からんか」

「そうでもないですよ、分かりますよ修行も」

言葉の端々から、晴茂は既に最上級の陰陽師になったのだと、甚蔵は感じた。


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