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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第四章 枕と夢(枕返し)
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枕と夢<9>

 冴子は夕食後の自由時間で、粘土の造形をもう少しやりたいと提案した。どうやら粘土細工造りに完全にはまってしまったようだ。里美も賛成したので、晴茂も止む無く付き合う事とした。もう少しやりたいと言うだけあって、冴子は動物、昆虫、魚など色々な形を上手に造ってゆく。しかも、どれも動き出しそうな見事な出来栄えだ。子供の頃から一緒に遊んだ仲だが、冴子にこんな特技があったとは初めて知った晴茂だ。


 遠藤が、そんな三人を見つけて近寄ってきた。冴子の作品を見て、ほうっ、と声を上げた。芦屋さんは美術系の大学ですかと遠藤に聞かれ、冴子は頬を染めながら嬉しそうに否定している。里美も結構上手だが、冴子の腕前には敵わない。晴茂は、全く形にならない。遠藤が、冴子の作品を参考にして、焼き物にする場合はここはもう少し太めにするとか、形造りの基本を一通り教えてくれた。


冴子は最後に、やや大き目の花器を造った。轆轤を使わないならこんな風に造るのかしら、と見よう見真似で造ったのだが、暫くすると粘土の重みで形がやや崩れてくる。大きいものは難しいわね、と言いながらも粘土細工に没頭している。晴茂と里子は、一生懸命に粘土と格闘している冴子を見ながら、もう終わろうと言えずに困ってしまった。


 二人は、手持無沙汰(ぶさた)でお茶を煎れたり、コーヒーを煎れたり、世間話をしながら冴子を見守った。しばらくして、冴子が、「どう?これ」と納得できた花器を指差した。

「冴子さん、すごいじゃない」

「これは、いい」

晴茂と里美は、素直に()めた。

「えへへっ」


冴子は、我ながら良い形で仕上がったと思った。何かを造り上げると言うのは、やはり気持ちがいいと冴子は満足した。三人で出来上がった冴子の作品を話し合った。そして晴茂が、明日もあるのでもう片付けようと、終わる切っ掛けを作った。

「あら、もうこんな時間なの?シャワーも浴びたいし、終わろ、終わろ」


冴子は、そそくさと片付けだした。晴茂と里美が、文句を言わず待っていたことなど感じていない風だ。晴茂は、これが冴子の悪いところでもあり、良いところでもあるのかと再認識した。里美は、晴茂の顔を見て苦笑いをした。


 琥珀は、二人が部屋に戻るのを見計らって、天井裏に(ひそ)んだ。シャワーを浴びて、二人は布団を敷いた。体験学習二日目でかなり疲れている様子だ。冴子が、今夜は私がこちらに寝るね、と言って昨夜とは場所を変わった。しばらく、二人は布団の中で東京の話や大学での話などをしていたが、会話も途切れ眠ったようだ。


 琥珀は、全神経を集中して警戒した。日にちが変わっても何事も起らない。昔からよく使われる(うし)三つ刻になった。今の時刻で言うと午前二時だ。こんな山の中ではさすがにこの時刻になると静寂そのものだ。琥珀の下で寝ている二人の寝息が聞こえる。


 そんな時だ。空気がふっと動くのを琥珀は感じた。何かが動いた!


琥珀は、部屋の中を雑念を払って探った。異様な気だ!どこから現れたのか、青い寝間着姿の小さい男が里美の枕元に立っている。背丈は小指の爪ほどだ。髪の毛は白髪だが老人ではなさそうだ。「枕返しか!」と琥珀は心で(つぶや)いた。 


 見ているうちに、寝間着姿の男の背丈が大きくなっている。床の間に置かれている一輪挿しの花瓶ほどの大きさになった。琥珀は、そうか枕返しは小さくなれるのか、晴茂様が柱の中も調べろと言ったのは、こういうことかと気が付いた。突然現れたのも、小さ過ぎて動いても気が付かなかったからだ。今の大きさなら、琥珀はすぐに発見できただろう。晴茂の推測は正しかった。里美の身体の異変は枕返しの仕業だ。


 枕返しは里美の顔を覗いている。琥珀は、音も立てず気配を消して部屋の隅に降りた。枕返しは、気を強めて身体から黄色い光を放ち始めた。いかん!枕を返すつもりだ。


琥珀は、青龍の稲妻を右手から放った。弱い稲妻だったが、それに打たれた枕返しは、いとも簡単にその場に倒れた。琥珀は、五芒星に枕返しを閉じ込めると、枕返しを抱えて部屋を出た。冴子も里美も、すやすやと眠っている。


 琥珀からの念力で呼ばれた晴茂が姿を見せた。例の雑木林だ。

「やはり、枕返しだな」

五芒星に捕縛された枕返しを見て、晴茂は言った。そして、右手を差し出して回復の呪文を唱えた。枕返しが、目を覚ました。きょろきょろと辺りを見回し、晴茂と琥珀に気が付いた。


「誰だ!まさか、俺が見えるのか?」

「陰陽師、安倍晴茂だ。これは式神、琥珀だ」

「なっ!」

枕返しは、気を強めた。身体を小さくして逃げようとしたようだ。


「枕返し、無駄だよ。その五芒星の中に封じ込められていては、術は使えない」

枕返しは、五芒星の中でもがいた。

「無駄だ、枕返し。身体もあまり動かないだろう」

枕返しは色々試したが無駄だと分かり、観念したようだ。枕返しは、起きている人間を目の前にするのも、人間にこんな風にやり込められるのも初めてのようだ。

「俺をどうしようと言うのだ」


「なぜ、里美さんを枕返しするのだ?おまえは精霊だろう。人間と共生しているのではないのか」

「へへん、人間と共生?俺は人間は嫌いだ」


「枕返し、おまえ達は人間が作った建物の中に住んでいる。座敷童(ざしきわらし)もそうだ。そもそも人間と一緒の空間でなければ生きてゆけない。


おまえたち精霊は、人間の善や美や優しさを代表して存在しているのだろう。そりゃあ多少の悪さもするけど、おまえの心の中には悪はないはずだ、枕返し。何故、里美さんを狙う?」


「ふぅーん、あの女は里美と言うのか。今回は息の根を止めてやろうと思ったんだがな。残念だが、俺の心には悪が棲んでるんだぜ」


「狙う相手は誰でもいいのか、枕返し。息の根を止めようとする人間の名前も知らんのか」

「誰でもいい訳じゃない。俺は、あの女を…」

そう言いかけて、枕返しは森の奥を見詰め、(おび)えた。


 晴茂も琥珀も、同時に森の奥に妖気を察知した。


何物か分からないが、鋭い目が光った。「危ないっ!」と晴茂は、枕返しを掴むと空中へ飛んだ。琥珀も、横に飛び退いた。


妖気の玉が枕返しのいた場所で炸裂した。琥珀は、右手から稲妻を放った。そして木の(こずえ)に飛び乗り、目が光った場所に数発の稲妻を立て続けに放った。


「琥珀、もういない」


晴茂に促されて、琥珀は木から降りた。晴茂に掴まれた枕返しを見ると、恐怖の所為(せい)か、気絶していた。晴茂は、「世話の焼けるやつだ」と言いながら、回復の呪文を飛ばした。目覚めた枕返しは怯えて震えていた。


「何者か知らないが、枕返し、おまえが狙われたようだな」

「…」


「おまえが里美さんを狙ったのは、今の妖怪と関係あるのか?」

「…」


「どうした?そんなに今の妖怪が怖いのか」

「いや、俺だけなら怖くないさ、しかし、…」


枕返しは、やっと口を開いた。そして、晴茂も予期しない妖怪の名前を言ったのだ。


「俺の妹が経立(ふったち)の人質になっているんだ。もう、妹が殺されるかも知れない」


「何?今のは経立かっ!」


 経立とは、千年近く生き延びた猿が変化(へんげ)をした妖怪だ。悪智恵があり、長く伸びた全身の毛を木の樹脂と砂で固めて強固な(よろい)のようにしてまとい、素早い動きと強い腕力を持つ妖怪だ。全身を覆った毛の鎧は、(はがね)の剣も鉄砲の弾も通さないと言われる。しかも、すこぶる凶暴だ。


晴茂でも、簡単に倒せない相手だ。山奥に棲み、人里に現れては人間の若い女をさらって喰らう。


「何故、こんな所に経立がいる?」

「何故、経立がいるのかって、…知るもんか、そんなこと」


「おまえの妹が人質になっているのは何故だ?」

「うるさいやつらだなぁ」


「枕返し、おまえには経立は倒せんだろう。妹も救えない。僕が救い出してやる。だから、経緯(いきさつ)を教えてくれ」


「まあな、優れた陰陽師なら経立にも立ち向かえるだろうな。でも、凶暴なやつだぞ」

「経立が凶暴なのはよく分かっている。それよりも妹を助けるのが先だろう。何故、人質なんだ?」


「分かったよ。どこから話せばいいんだ?えーっと、…」


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