枕と夢<8>
琥珀は、これまでで各部屋はくまなく調べたのだから、まず床下に行ってみようと床下に潜った。この辺りが里美の寝ていた場所だ。当たりを付けると、琥珀は雑念を払って気を集中した。異常はない。床下を隅から隅へ移動し、探ってみた。床の下は何もないと琥珀は判断した。
外へ出て、今度は屋根に飛び、天井裏を探る事にした。建物の大屋根の上に登った琥珀は、黒い影が裏山の方向へ走るのを見た。「犬か?」と琥珀は思ったが、犬にしては頭の毛が長かった。形は犬だったなと、その影が走った場所に降りてみた。異様な気は感じない。走り去った方向へ進んだが、足跡も見当たらない。岩場なので足跡は残ってなくても当然だなと琥珀は思った。「犬だな」と、琥珀は結論付け再度大屋根の上に飛んだ。天井裏をくまなく探った。天井裏も手掛かりはなかった。
琥珀は最後にもう一度、各部屋を柱の中まで調べようと、冴子と里美の部屋に降りた。里美の例のジーンズを手に取ると、裾の部分を観察した。
「あれっ、これは?」
裾の折り返しの部分が一部破れ、そこに木片が刺さっている。
小さな木片だが、琥珀はそれを手にした。『うん?これだっ!』 先程、琥珀が異様に感じたものは、この木片だ。妖気ではない。しかし、何か生き物の気が残っている。琥珀には、初めて接する気だ。「木、火、土、金、水」と五芒星を作り、その木片を封じ込めた。そして、胸ポケットに入れた。
琥珀は、ジーンズを元に戻すと、部屋の中を丁寧に探り始めた。柱の中も、襖の中も、…。そして、次の部屋へ移動し、同じように探った。結果は琥珀の徒労に終わった。この建物の中には、怪しい物はない。枕返しという精霊が潜んでいるなら、琥珀は見つけられるはずだ。晴茂様の推測が外れたのか、と琥珀は思った。
夕刻になった。晴茂と琥珀は昼間会った雑木林にいた。
「そうか、枕返しはいないか。妖気も感じないのだな」
「はい、晴茂様。それから、これが里美さんのジーンズの裾に刺さっていました」
琥珀は、ポケットから木片を取り出すと、晴茂に渡した。
「うっ、これは?生気を感じるな」
「はい。こんな気は初めてです。妖気ではありませんが、ただの木片でもありません」
「うーん、…」
晴茂は、唸ってしまった。なかなか正体が見えないのだ。この木片は、おそらく昨日木の根っこを切ろうとして里美が倒れた時に付いたものだろう。その根っこの木片に違いない。
もちろん木は生きているのだから、木片に生気があってもいいのだが、この生気は樹木や草花の生気ではない。動物や昆虫と同じ生気に感じる。しかし、琥珀の言うように、木片に生き物の気が単に付いたような生気とは思えない。何か不思議な気だ。
「それから、…」
琥珀が、付け足した。
「裏山に犬が走り去りました。犬だと思うのですが、犬にしてはちょっと変な感じを受けました。辺りを探りましたが、異常は感じなかったので、犬かなと思います」
「どのように変な感じだ?」
「頭の格好が、長髪の人間のような、…」
「うーん、…」
晴茂は、更に分からなくなってしまった。琥珀は晴茂を混乱させてしまったと感じ、付け加えた。
「いや、あれは、…犬だと思います」
「琥珀、おまえが犬か犬でないか間違えるはずはないだろう。しかし、直後に琥珀が行ったその場所には妖気はなかったのだな」
「はい、晴茂様」
「うーん、…。この木片、異様な犬、…、そして、…枕に残る微かな気、…枕返し、…。うーん」
晴茂にはこれらの事柄が繋がらない。何か隠されている事がまだあるのだろう、と晴茂は思った。里美に起った昨夜の出来事は枕返しの仕業に違いないと思うのだが、その所在も分からないし、何故枕返しが悪さをしているのかも分からない。
「琥珀、今夜、冴ちゃんと里美さんの部屋を天井裏から監視してくれ。何かが起こる予感がする。枕返しが再度来るかも知れないしな。昨夜は、枕の左右を返しただけだと思うが、枕返しが布団の頭側と足側をひっくり返すと、その人間はかなり危険な事態になる。下手をすると死ぬかも知れない。枕返しではないとしても、何かが里美さんを狙っている可能性は大きい。頼むぞ、琥珀」
「はい、晴茂様。でも、なぜ私が、…ですか?」
「いやあ、冴ちゃんに釘を刺された。女性の寝姿を男が見るんじゃないってね。そりゃあ、そうかもしれない」
「??、はい、分かりました」
琥珀は、男性が女性の寝ている姿を見るのはいけないのかと疑問に思ったが、そうかそれが女心かと妙に感心した。琥珀は、私なら晴茂様に見られても別に嫌でもないけど、と微妙な心境だ。
「それで、琥珀。枕返しの仕業なら、枕を返されるとちょっと厄介だから、…枕を返す前に捕まえろ。青龍の稲妻か白虎の光線で簡単に気絶させられる。
もし、枕返しでなかったら、私を呼ぶんだ。どれ程の強さか分からない相手に無闇に攻撃しないようにな。冴ちゃんと里美さんを守るのが先決だ」
「はい、晴茂様」




