枕と夢<7>
その日は、粘土の扱い方を学習する。形を造る方法の基礎編だ。まずは粘土を練るところから始まった。晴茂は、途中で抜け出し、冴子と里美の部屋へ行った。部屋に異常は感じられない。特に里美が寝ていた場所が問題でもなさそうだ。あまり長い時間、学習を離れていると怪しまれる。
晴茂は、ポケットから琥珀石を取り出すと、呪文を投げた。琥珀が姿を現した。
「はい、晴茂様。お呼びでしょうか」
晴茂は、琥珀にこの建物と回りの異常を調べるように言った。
「琥珀、人に見られないようにな。私を呼ぶ時は、念力で呼ぶんだ」
「はい、晴茂様。お任せ下さい」
晴茂は、学習場に戻った。
既にみんなは何かしらの形を粘土で造っていた。子供の頃にやった粘土遊びのようなものなのだが、陶芸となると、お遊びではいけないと遠藤が説明している。形を造るだけではなく、それがどのように機能するか、焼き上がった状態を想像しながら形を造るのだと言う。確かに、厚みが極端に違えば焼いた時に割れが出る、持つ部分が細すぎると出来上がってから折れる。単純なお皿のようなものでも、焼き上がりを想像すると、その形を造る作業はそう簡単ではない。
遠藤と堀田は、粘土の厚みの揃え方、粘土と粘土のくっつけ方、などを指導して回った。午前の学習は、体力があまり必要ではなく楽な作業だが、みんな自分の発想力の貧困さを痛感した。単純な形の皿、茶碗、箸置きでも、これはという形はなかなか造れないのだ。そんな話をガヤガヤとやりながら昼食をとった。昼食後、晴茂を琥珀が呼んだ。
「琥珀、何か分かったか?」
裏の雑木林の中で琥珀は待っていた。
「いいえ、あまり多くはありません」
「そうだな。異様な気は弱いから、あまり分からないかもしれない」
「ただ、里美さんが寝ていた布団は問題ないのですが、枕に微かな気がありました。それに、…」
「それに?」
「昨日、里美さんが穿いていたジーンズですが、裾にほんの僅かですが、異様な気か何かが残っていました」
「ジーンズは洗濯したぞ。気は薄れているはず」
「あっ、はい。そのようですが、気というか何か感じるのです。ほんの僅かです」
「うーん。枕とジーンズか、…。あの時、里美さんは頭だけ熱かった。枕か、…」
晴茂は、ひとつの仮説を立てた。
「琥珀、もう一度、あの建物をくまなく調べてくれ。屋根裏も床下も、箪笥の中も、箪笥の後ろも、柱の中も、…。」
「柱の中も、…、ですか?」
「枕返し、かもしれない」
「枕返し?」
「そうだ。広島の墨っ子と同じような精霊のような妖怪だ。座敷童の類だ。しかし、座敷童は余程のことがないかぎり、人間を襲わないのだが、…。墨っ子もそうだが、むしろ、人に幸福をもたらすのが精霊だ、…普通はな。
琥珀、もし枕返しなら、建物からは外に出ない。建物の中のどこかにいるはずだ。それに、普通は安全な枕返しだが、その技で人間を殺した前例もあるにはあるから、気を付けろ」
「はい、晴茂様」
「それと、ジーンズだが、…。気というより、何か付着していないか調べておいてくれ」
「はい、晴茂様」
晴茂は、自分の仮説が正しいのか考えながら、体験学習へ戻った。




