枕と夢<5>
簡単な買い物だろうと思った晴茂だったが、行き先がショッピングモールだ。女性のウインドウショッピングの長さにまで考えが及ばなかった。しばらくは女性陣二人の後を手持無沙汰にあちこちの店について行ったのだが、その内、女性陣から見放されてしまった。
「晴茂、私たち大丈夫だから、入り口にあったコーヒーショップで、待っててよ」
「じゃあ、そうする」
女性陣からすれば、金魚の糞のようについて来る晴茂を、逆にうっとおしいと感じたのだろう。しかし、どうして彼女たちは買いもしない物を、あれこれと見るのだろう。まったく理解のできない晴茂だった。
コーヒーを頼んで、店の隅でゆっくりと飲んだ。しかし、待てども二人は現れない。既にコーヒーカップには啜るコーヒーすら残っていない。コップの水も無くなって来た。ふと壁を見るとポスターが貼ってあり、故雲恭氏の追悼展示会とあった。このモールで、今日もやっているようだ。店員さんに聞いてみた。
雲恭という人は、この地の陶磁器を代表する陶芸家で、六か月前に亡くなったようだ。世界的にも有名な人の様だ。このモールは何時までやっているのだろう。晴茂は店の人に聞いた。九時までのようだ。あと一時間はある。晴茂は、その展示会を見に行くことにした。店員に、若い二人連れの女性が人を探している様子だったら、展示会に行ったと伝えてほしいと言い残し、晴茂は二階の展示会場へ行った。
展示場はそれ程広くない。それでも十数点の焼き物が展示されていた。どれも素晴らしい焼き物だ。世界でも有名というだけのことはあるなあ、と晴茂はそれらを鑑賞した。展示場の奥に目をやると、あれ、堀田さんだ、と晴茂は気付いた。堀田は、展示品のひとつの花器を手に取って見ていた。
晴茂は、堀田に声を掛けた。
「堀田さん」
「ああ、体験学習の、…えっと、安倍さんでしたね」
「堀田さんも、雲恭さんの鑑賞ですか」
「ええ、雲恭先生は、私の師匠でした。師匠と言っても、私がそう思っているだけで、先生に弟子だと言われてはないのですけどね。色々と教えてもらいました。
この花器は、私も窯入れや窯出しを手伝わせて頂いた、思い出の品です。素晴らしい色合いでしょう。こんな色はそうそうは出ないですよ」
「そうですね。落ち着きがあって、良いですね」
「あ、そうだ安倍さん、紹介しますよ。こちらが雲恭先生の息子さんで、下條哲次さん。哲次さん、この方は今日から始まった体験学習の生徒さんで、安倍さんです」
「安倍です。」
「下條です。安倍さんは、焼き物がお好きなのですか。熱心に見ておられましたが」
「はい、まあ焼き物は、…、今回の学習で好きになりたいと思ってます。でも、お父さんの焼き物は、人を寄せ付けないような迫力を感じますね」
「そうなんですよ、安倍さん。それを感じるなんて、隅に置けませんね」
堀田が答えた。
「雲恭先生の焼き物は、近寄りがたい風格があって、凛としているんです。それでも、それと対峙していると、どこか暖かさがにじみ出て来ると言うか、心を洗ってくれるような、そんな離れ難いっていう感じの焼き物ですね」
「その花器も、手に取るのは失礼だと思わせる風格がありますね。でも、なんとなく手で触りたいと言うか、…」
「お二人に、そんなに持ち上げてもらえて、父も喜んでいると思います。私なんか、とてもそんな評価を貰ったことがありませんからね」
「安倍さん、哲次さんも、今売出し中の若手陶芸家なんですよ」
「若手ではないですよ、既に。しかし、もっと父の技を教えて欲しかったのですが、突然の死だったのでね」
「そうですよね。まだ六十歳前ですからね。これから芸風も磨きがかかる年代だったのですからね。お元気だったのに、…」
雲恭氏は、普通通りに元気に陶芸をやっていたのだが、ある朝起きて来ないので家人が見に行くと、布団の中で亡くなっていたと言う。いわゆる突然死だ。検死の結果は、病気でもなく、毒物も検出されず、外傷もなく、心臓発作による自然死と断定されたようだ。晴茂は、雲恭陶芸家の作品をもう一度眺めた。
堀田は、晴茂に耳打ちをした。
「実は、今日行った採掘場は、雲恭先生が見つけた場所なんですよ。あそこの陶土で、先生は沢山の作品を造られました」
そうなのですか、と晴茂は返事をした。しかし、なぜ小声で言う内容なのだろう。息子の哲次さんに聞かれてはまずい事なのだろうか。
再度コーヒーショップへ戻ってきた晴茂だったが、まだ冴子と里美は姿を現していないと言う。もう、このモールも閉店の時間だ。探しに行こうかと考えていた時、やっと二人は戻ってきた。手にそれぞれ袋を持っているので、何かを買って来たのだろう。当初の目的の作業着は見つかったのだろうか。晴茂は何を買ったのか聞く気にもならなかった。
なぜ遅かったのかを聞こうとしたが、それを聞いてもあらぬ方向に話が進む様な予感がしたので止めた。「じゃあ、戻るかい?」と、かろうじて言ったのだ。三人は、人通りも車も既にほとんどなくなった駐車場から、軽トラックで戻った。二人は見た服や小物の話を帰り道の間中喋っていた。




