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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第四章 枕と夢(枕返し)
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枕と夢<3>

 採掘をする場所に着いた。大きな広場のようになった場所だ。あちらこちらで採掘をして木を切ったりしてこの広さになったのだろう。遠藤の説明が始まった。最近では、あまり良い粘土層に当たらないらしい。しかも、採掘だけの事業では採算が取れないので、採掘業者もいなくなった。一般の焼き物には別の場所の陶土を使うのだが、創作用には窯元が手掘りで粘土を採ることが多いと説明された。


 遠藤は実際に粘土を掘ってやり方を説明した。表土を鍬で()ぎながら粘土層を探す。深く掘って粘土層に当たる場合もあるし、浅くても当る場合がある。粘土層が出ない時は、掘った穴は土を戻しておくようにと言われた。まだ、手の付けられていない場所は、この広場の周辺部分だ。特に、山の奥に向かっての斜面を指差して、作業を指示した。


 最初はみんな楽しそうに鍬で表土を削っていたが、なかなか粘土層には当たらない。そんなものなのだろう。簡単に粘土層が見つかる場所は、既に掘り尽くされているのだろう。最初みんなは、割に固まって同じ場所を掘っていたが、徐々にあちこちへ散らばって粘土層を探している。遠藤は、みんなの所を順番に回りながら、もう少し深く掘れとか教えていた。


 小一時間が過ぎた頃、年配の人が遠藤を呼んだ。どうやら粘土層に当たったようだ。斜面の奥だ。数人がそこに集まって粘土層を掘った。しかし、そこも連続して粘土層が続いていない。それでも二袋程度の粘土が取れた。『赤』と呼ばれるやや黄色がかった粘土だ。その場所を埋め戻すのを待って、遠藤が暫く休憩をすると言った。


 みんなにペットボトルの飲み物が渡され、思い思いの場所に腰を下ろして休んだ。冴子と里美の服は、すでに元から作業着だったように汚れていた。晴茂は、広場の周りを見渡してみた。


 一番奥の山の中に大木があった。何の木だろう。樹齢は何百年か、千年を超えているかも知れない。堀田が近くにいたので、聞いてみた。

「堀田さん、あの木は何という木ですか?」

「あっ、あれ。あれは栃の木です。太いですよね。それ程高くないので気が付かないのですが、近くへ行くと太いですよ」


「栃の木ですか。樹齢は何百年ですかね」

晴茂は、堀田と目が合った。その時、微かに異様な気を感じたが、すぐに消えた。気の所為(せい)かな?

「よく知りませんが、千年は超えているのじゃあないでしょうか」

堀田は、ペットボトルのお茶を飲みながら答えた。


「あの辺りに陶土がありそうな気がするのですが、どうですか?」

「あそこは、瓦礫(がれき)ばかりです。もっと斜面の方がいいと思いますよ」


そんな話をしていると、冴子と里美がやってきた。冴子は、里美の方を見ながら言った。

「晴茂、里美は都会育ちで、もう随分と疲れちゃったみたい。しかし、粘土を掘るのって、こんなに大変だとは思わなかったわ。田舎育ちの私でも、いやになる。堀田さん、いい場所を教えてよ」

「いやぁ、僕にも分かりませんよ。数年前にはあの辺りで、随分と採れたのですけどね」

堀田は広場の入り口を指差した。


「里美さん、大丈夫ですか?」

晴茂は、里美に聞いた。

「ええ、疲れるけど、楽しいですよ」

里美はそう答えたが、もう帰りたいと顔に出ていた。遠藤が立ち上って、もう少しやりましょうと皆を促した。みんなは鍬を持ち、作業にかかった。


 晴茂は、里美にそっと耳打ちした。

「あっちの方に粘土層がありそうな気がしますけど」

里美はにこっと微笑んで、頷いた。みんなは思い思いの場所を再び掘り出した。晴茂は、気を静めて陶土を探ってみた。あそこに、あるな。晴茂は冴子を誘って、その場所に行った。

「冴ちゃん、この辺りを掘って見ようか」

「晴茂、呪文掛けた?」


冴子はそう言ってにこっと微笑むと、晴茂の肩を叩いた。晴茂は首を振ったが、冴子はにやにやしながら掘り出した。里美を見ると晴茂が教えた場所を掘っている。呪術で見つけるのもいかがなものかと晴茂は思ったが、収穫ゼロで帰ると、冴子が初日からやる気を無くすしなぁとも考えた。冴子も里美も黙々と作業に専念している。人間は、きっとあるはずと思えば、疲れも危険も顧みずに進めるものなんだと、晴茂は感心した。


 そうこうするうちに堀田が里美の方をちらちらと見ているのに、晴茂は気付いた。何故だろう。軽トラックから下りた後も、里美の道具を持ってやったりしていたし、堀田は里美に好意でも持ったのだろうか。


 冴子の手が止まって、「晴茂!」と呼んだ。陶土だ。白っぽい色をした陶土層が見える。

「これって、粘土だよね」

冴子が笑顔で言った。晴茂は、頷いた。冴子は、遠藤の姿を探した。


 その時だった、里美の悲鳴が聞こえたのは。里美はひとりで離れた場所を掘っていた。晴茂が教えた場所だ。その悲鳴を聞き、真っ先に駆け付けたのは堀田だ。悲鳴が聞こえて晴茂と冴子が、里美の方を見た時には、なぜか堀田は里美の近くまで駆け寄っていた。みんなが里美の所へ集まってきた。


 里美は、尻餅をついた格好で、自分が掘った場所を指差しながら、怯えた声で言う。

「根っ子から、血が、…血が出た!」

「何もないよ。林さん」

そう言って、堀田が(なだ)めていた。晴茂と冴子は、里美の言う場所を覗いた。里美はかなり深くまで掘ったようだ。粘土層が見える。しかし、その上には確かに木の根がある。男性の腕くらいの太さの根っこだ。


 粘土を採るために、スコップでその根を切ろうとしたのだろうか、根っこには半分程度まで傷がついていた。しかし、里美の言う血のようなものは見当たらない。


「里美、どうしたのよ。血なんか出てないよ。大丈夫?」


冴子は、里美の手を取って、足とか手から血が出ていないか調べた。里美の身体から血は出ていない。堀田が里美に言った。

「林さん、少し疲れたのじゃあないですか。少し休みましょう」

「それがいい。じゃあ、向うへ行きましょう。ええっと、芦屋さん、一緒によろしいでしょうか」

遠藤が冴子を促して、里美を立たせて、休める場所まで誘導した。


 堀田は、里美が掘った穴を埋め直しにかかった。遠藤は、みんなに言った。

「えー、では、林さんが落ち着かれるまで向うで休みますので、みなさんは作業を続けてください。後、三十分くらいで終わります」


 晴茂は、みんなが持ち場に行くのを見ながら、堀田に言った。

「あの根っ子は、どの木の根ですかね。辺りに木はないですけど」

「さあ、分かりません」

「向こうの大きな栃の木の根っこですかね?」

「そうかも知れませんね。この辺りは、もう掘らないようにしましょう」


堀田は里美の掘った穴をきれいに埋め直すと、ロープを持って来て、その辺りを入れないように囲った。晴茂は大きな栃の木を振り返ってみた。里美が掘った穴から、約五十メートルの距離だろうか。こんな所まで根が伸びているとは思えないが、栃の木以外に根を広く張る大きな木は見当たらない。


 晴茂は、冴子と掘った穴から粘土を採り、穴を埋め直してから里美の所へ行った。

「里美さん、大丈夫?」

晴茂は冴子に聞いた。

「うん。もう落ち着いたみたい」

「晴茂さん、ありがとう。もう、大丈夫です。あそこ、陶土があったんです。それを、根っこが邪魔をしていて。だから、思いっきりスコップで根っ子を切ろうとしたら、…」

里美は、まだ興奮しているようだ。


「そうですか。でも、あの根っ子の太さは、里美さんには無理ですよ。あまり力を入れたので、眩暈(めまい)でもしたのかなあ」

「そうかも知れません」

「根を切るのなら僕を呼んでくれればよかったのに。里美さんの頼みなら断りませんよ」

「あはは、そうですか?」


 里美はやっと笑顔で答えた。その時、晴茂は背中に鋭い視線を感じた。振り返ったが、誰もいない。その視線の先には、遠くに例の栃の木があった。気の所為かな、と晴茂は里美の方に向き直った。「作業を終わりまーす。道具を持って集まってくださーい」の、遠藤の声が聞こえた。


みんなぞろぞろと疲れた足取りで集まってきた。


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