↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第四章 枕と夢(枕返し)
PR
66/231

枕と夢<1>

 空梅雨で既に暑い六月、晴茂は突然冴子からメールで連絡を受けた。晴茂はメールが嫌いだ。短い文でのやり取りは、何か判じ物のような気がして、用があるなら電話の方がいいのにと思っている。短文テキストメールを何回かやり取りをしてやっと用件が分かるのももどかしい。


今回受けた冴子のメールも要領を得ていない。唯一分かったのは、「会いたいけど会えるか」だけだった。晴茂はメール返信をするのも面倒なので、電話をした。冴子は、忙しそうに電話に出た。


 話がある、相談に乗って欲しい、内容は会った時に詳しく話す、と言いたいことだけを冴子は言った。既に東京駅にいて、数分後に新幹線に乗るとの事だ。京都には一泊するので、今日の何時でもいいので会おうと言う。晴茂は、冴子とは電話でも要領を得ないなあと感じつつ、何時でも会えるから京都に着いたら連絡してと電話を切った。


 芦屋冴子は、晴茂の故郷の隣保で幼馴染だ。芦屋家も呪術師の家系だ。安倍晴明と同時代に蘆屋道満(あしやどうまん)が出て、芦屋家の祖となっている。冴子は晴茂より一歳下なのだが、男勝りの性格で子供の頃はどっちが年上か分からなかった。しかし、東京の大学へ行ってからは、多少女らしくなってきたと晴茂は思っていた。


 電話の様子では、何かに悩んでいるのだろうと感じたのだが、晴茂の知る冴子は悩み事で人に相談をする性格ではない。やはり変わったなと若干心配になった。


 晴茂の問題は、冴子が何かの都合で突然晴茂のアパートへ行きたいと言いだした時、琥珀に会わせてはいけないなということだ。そんな事になると、妙にややこしい話になってしまう、そんな予感がした。晴茂は、アパートに戻り琥珀に状況を説明した。

「…、と言うことだ。琥珀」

「はい、晴茂様」


「琥珀を式神として紹介してもいいけど、変な話に発展するといけないから、冴ちゃんには黙っていようと思う。芦屋のおじさんも圭介も琥珀のことは知らないからな。それに、ここ京都では琥珀は僕の妹と言っているし、冴ちゃんにとっては『晴茂の妹ってどういうこと?』になるしね」

琥珀は頷いた。

「冴ちゃんに会う時には、琥珀は石に戻して僕が持ち歩くよ」

「分かりました。晴茂様」


 それから三時間後、晴茂は石に戻した琥珀をポケットに押し込んで、連絡のあった冴子の宿泊先のホテルへ来た。意外と自分のアパートから近いじゃないかと、やや不安な気分だ。ロビーで待ち合わせたが、小さなロビーなのでここでは話はできない。


「晴茂、久々だから夕食でも奢(おご)ってよ。少し早いけど、チェックインしてると、夕食に丁度いい時刻になるよ」

大きなスーツケースを引き摺りながら、冴子は言った。晴茂は、なぜそんな大きなスーツケースなんだ、と不思議に思った。一週間程度の海外旅行でも充分行けそうな量の荷物だ。

「ああ、いいよ。それより、何その荷物?どっか遠くへ旅行するのか?」

「ええ。いや、その話は後で…。まずはチェックインするね」


 フロントでチェックインを終え部屋に行った冴子をロビーで待ったが、なかなか出て来ない。三十分以上待たされた。ようやく出て来た冴子は、夕食をどこで取ろうかと、部屋でネットを調べていたと言う。何だよ、それ、と晴茂は思ったが、子供の頃からの冴子の得意技だ。人の事情はあまり気にしない性格だ。


 この近くでイタリアン料理の店を見つけたようだ。イタリアンでいいかどうかも、晴茂には相談なしで決めたようだ。しかも、予約まで入れて個室にしたと言う。まあ、ややこしい話なら個室の方がいいだろうと、晴茂は晴茂で、冴子のやる事を気にしていない。五分ほど歩いて目的のイタリアン料理の店に到着した。晴茂は、なるほど夕食に丁度よい時刻になったなと、妙に冴子の計画に感心した。腹も適当に減って来た時刻だ。


 店に入っても、冴子がさっさと注文をする。ネットではこの店のこのメニューが美味いらしいと冴子は説明をしてくれる。晴茂は、メニューを見て料理を決めるのが煩(わずら)わしいので、腹に入れば何でもいいタイプの人間だ。一通り注文をして、食事が出てくるまでの間で、ようやく冴子が相談の本題に入った。


「大学が面白くない。確かに勉強するために大学に通っているのだけれど、将来役に立つとも思えない」

冴子は教育を学んでいる。将来教員になる夢があったのではなかったか。


「学校の先生になる夢はどうした?」

「うん。先生もいいけどね…」

「冴ちゃんの中で変わって来たんだ、その夢も」

「だって、…、ちょっと違うんだ。子供の頃に描いていた先生と、今の現実が」

「そうか」


「私は、子供たちに、夢を語る先生になりたかった。でも、今の教育は、夢を語っていても仕方がないような。そんな気がして。大人達が嘘を吐(つ)くんだよ、しかも子供の前で、…平気で。子供の模範になれる大人がどれだけ居る?私も含めて、胸を張れる大人がどれだけいる?今どきの子供達は、もうそれに気が付いてしまった。そんな世の中で、子供の教育をしようという気力が出る?何か、違うと思うんだぁ」

「そうだね。大人のモラルも落ちて来ているのは事実だね」

「とにかく、身が入らないの」


 新しい生活が始まって一年も過ぎると、往々にしてこんな壁にぶつかるのは人の常だが…、晴茂はそう思いつつ話を聞いていた。

「それで、どっかへ旅行?」

「うん。何かやってみたいと思って。この手で、この身体で、汗をかいて、必死に何かに没頭すればヒントが掴める気がする」

「そうか。そうだね。迷いながら勉強してても、面白くはないね」


「でしょ?で、…、ね。焼き物をやってみようと思って、体験学習に応募したら通ったんだ。一週間の実戦体験なんだ。陶芸も興味あったし、実際に焼き物を造ってみると何かが変わるかも知れないし」

「焼き物かぁ。自分を見つめ直すにはいいかも知れない」


よく言われる『自分探しの旅』ってやつだなと、晴茂は冴子の顔を見た。晴茂の賛同を得た冴子は、目を輝かせて続けた。


「そうでしょう。晴茂なら賛成してくれると思った。それで、友達三人組で応募したんだよ。一人は大学の友達」

「そうなんだ。友達と一緒なら心強いね」


「で、もう一人は、晴茂。明日、現地集合なんだ」

「うっ?」

それまで冴子の悩みを一応真剣に聞いていた晴茂だが、もう一人は、晴茂と、あっさり切り出されたのには驚いた。


驚いたよりも、我儘(わがまま)だと分かってはいるが、そんな冴子に怒りも覚えた。子供の頃には、冴子に対してこんな感情をよく持ったものだ。大人になって冴子の性格を理解してからは、心を大きくして受け入れてきたのだが、あまりにも突然すぎる提案だ。


しかも、冴子は既に行動を起こしている。そんな冴子の計画に異議を唱えようとした時、運悪くか、運良くか、料理が運ばれてきた。二人は黙って、料理が並べられるのを待った。


 晴茂は、冴子に抗議をするタイミングを無くした格好だ。しかし、そんなことはお構いなしで、冴子は話す。

「ほら、このパスタ、この店の名物パスタだよ。美味しそう」

そう言いながら、サラダやパスタを自分の皿に取り分けている。晴茂の皿をこっちへ渡して、と目で合図した。晴茂は、それに従った。


冴子は意外に優しく晴茂にも取り分けてくれる。

「あっ、このサラダ、美味しい!ほら、ドレッシングがちょっとピリッてして、ね。胡椒かな?うーん、でも和風だよね、これ」


少し気まずくなった時に、冴子がよく使う話題の転換だ。晴茂は、冴子を睨(にら)みながら怒った声で聞いた。

「で?どこへ行くんだよ」


「あっ!そうだね。信楽(しがらき)だよ。えへへ…、近いでしょ、ここから。でね…、一日目は、土を採掘して、粘土ね。土から始めるんだよ。本格的なんだ。で、二日目から土をこねて轆轤(ろくろ)を回して、五日目で形を仕上げるの。その間に、別のものだけど、窯(かま)出しや窯入れとかもやって、一通り全工程を体験するの」


晴茂が、文句を言う余地なく、冴子は体験学習の話を続ける。

「私は花器でも造ろうかと思っているんだけど、どうも難しそうなんだ。だから、湯飲み茶碗かな。晴茂は、どうする?花器に挑戦する?土鍋みたいのも良さそうだけど、最初は簡単な方がいいみたい。やはり、お皿とかお湯飲みがいいのかなぁ。窯では松の木を燃やすんだって。すると、予想しない模様ができるんだって。どうしてかなぁ?」


「薪(まき)の灰が飛んで、窯変(ようへん)するんだ、…」


しまった、相槌(あいづち)を打ってしまった。冴子の絶妙な誘導トークが始まった。


「へぇえ、窯変って言うんだ。知らなかった。そんなことが起るんだ、最初に発見した人は凄いよね」

「そうだね。でも、最初の人は何故窯変するか分からなかったんじゃないかなあ。何でこんな染みができたのだろうって」


「じゃあ、その窯変をやってみようよ。湯飲み茶碗じゃあ、駄目かなぁ。晴茂は何を造る?」

「湯飲み茶碗でも駄目じゃないだろう。でも、僕はもっと大きい茶道に使うくらいの茶碗がいいかな」

そこまで言って、晴茂は『いかん、もう乗せられている』と気付いた。


 既に、晴茂が一緒に行く前提で話題が進んでいる。いつも冴子にやられる手だ。気は付いていたのだが嵌(はま)ってしまった。冴子は、鮭のカルパッチョを取り分けながら、駄目押しにかかった。


「このカルパッチョ、美味しそうだよ、ほらね。…じゃあさ、晴茂は大きめの茶碗で、私は湯飲み茶碗。で、窯変合戦で勝負だ! …、呪術は無しだよ。そうよね、自分一人の、世界にひとつの焼き物だよね。何か、窯の中から掴めるかしら?私の将来が…」


「大丈夫だよ、冴ちゃん。ゆっくり焼き物に向き合ってみよう」


晴茂は、『ああ、これで信楽行きが決まった』と嘆いた。晴茂はここまで、一緒に行くとは一言も言ってないのだが、既に信楽で二人でやる内容まで話は及んでしまった。まあ冴子のためなら仕方がないか、と諦めた。


 これだけの策略ができるのならば、何も将来を悩む必要はないのに、と晴茂は冴子の顔を眺めた。冴子は悩みを聞いて欲しいと言いながら、美味しそうにパスタを食べている。あっけらかんの我儘娘が冴子の取り柄だ。そんな冴子を憎めない晴茂だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。