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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第三章 伸上り
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伸上り<18>

 もうすぐ、書道会コンテストが始まるだろう。琥珀は、晴茂が戻らないので心配になってきた。何かが起これば子供達だけでも守らなければと考えていた。幸いにも子供たちは前の方に固まって座っているので、防御はやりやすい状態だ。いよいよ開始の時刻になったのだろう、司会者がみんなの前の壇上に進んだ。


 それまで参加者や見物者たちの話し声で騒々しかった広間が徐々に静かになった。琥珀は、いつでも五芒星(ごぼうせい)を放てられるように心の準備をした。菊子の悪霊は静かだ。墨っ子は気持ちよさそうに琥珀の胸ポケットで居眠りをしている。


「えー、皆さん、お集まり頂きましてありがとうございます。恒例の書道コンテストを開催します。作品を出展される皆さんは、すでに準備が整っていると思いますので、まずは作品の審査をお願いした先生方をお呼びします。」

いよいよ書道コンテストが開始された。審査の先生が二名呼ばれて着席した。次に、書道コンテストの主催者である、この会館の会長が呼ばれ着席した。晴茂は、まだ戻らない。琥珀は、自分が死んでも子供たちを守る、と覚悟した。


「作品は自由題です。楷書(かいしょ)、行書、隷書(れいしょ)、かな、細字、何でも結構です。小学生の皆さんには、ご家族の方か、どのたでも一名が横で指導されても結構です。では、これより三十分で作品を仕上げてもらいます。皆さん、始めてください。」

参加者が各々、思い思いの字を書き始めた。三分、五分、と時間が過ぎてゆく。琥珀が見つめる額縁の後ろに潜む悪霊は、まだ動かない。


 みんなが書に集中している中、突然、山辺咲の横に座って楷書を書いていた女子中学生が、『何、これ?』と言って立ち上った。『きゃあー』と叫ぶと、手に持っていた毛筆を放り出した。


その筆先から、何と羊がぬぅーっと出て来たではないか。すると、周りの女子中学生数名が同じように悲鳴をあげると筆を床に投げた。それらの筆先から、馬、狸などが出てきた。動物は一様に目が赤く光っている。


 大広間は騒然となった。みんなは、それらの動物から逃げるように大広間の奥に集まった。部屋から飛び出して逃げる者がいた。それに続くように、大勢の人達が、我先にと部屋を飛び出した。動物が出てきた筆を持っていた女子中学生三名はその場に腰を抜かし泣き叫んでていた。


山辺咲は、筆を持ったまま何が起こったのかと呆然とそこに立ちすくんでいる。そして逃げ遅れた小学生数名とその親、琥珀の周りにも大広間から逃げ出せずに凍りついた人たちが取り残された。


 出てきた馬、羊、狸は縦横無尽に中学生の周りを暴れている。机は倒され、辺りに墨がこぼれ、半紙などが散らばった。琥珀は、まず小学生の数名を助けるためにそこに駆け寄った。『晴茂様!』と心で念じながら、暴れる動物を避けながら子供たちを安全な場所へ誘導した。


そして、隙を見て大広間の外へ出るように子供たちの親に頼んだ。部屋には、山辺咲とその友達の中学生三人、そして琥珀が残った。咲は筆を持ったままで、まだその場所で立ちすくんでいる。中学生三人は、何とかお互いに助け合いながらも一か所に集まって、手を取り合った。


 馬の化け物が(いなな)いた。前足を高く上げ、その三人に襲いかかった。

「危ない!」

琥珀は叫び、五芒星を放った。


 馬は振り下ろした前足が五芒星に弾かれ、後ろへ下がった。それを見た、馬、羊、狸の化け物たちは円形に三人を取り囲み、赤く光る眼で獲物を見るように徐々に輪を縮めて行った。咲は、その輪の外に立ち、放心した顔で、その光景を見ている。琥珀は防御の体勢を取りながら、菊子の悪霊が潜む額縁をに気を向けた。

「悪霊がいない!」 

逃げたのだろうか。しかし今は、この三人を助けなければいけない。


 琥珀は飛びながら三人の所へ駆け寄った。正面にいる化け馬が、口から青白い霊玉を放った。琥珀は、それを五芒星で防ぐ。後ろの羊が霊玉を放ってきた。琥珀は、五芒星で防ぐ。防御だけでは多勢に無勢だ。琥珀は、正面の化け馬に朱雀(すざく)の火を放った。羊にも狸にも放った。


 しかし、火が化け物に届く前で消えてしまう。化け物には悪霊の強い防御線が施されているようだ。琥珀の術では、攻撃が届かない。化け物たちが、じわじわと包囲の輪を縮めている。


 琥珀は、『晴茂様っ!どこにいるの?』と念じた。


 すると、晴茂の声が聞こえた。

「墨っ子っ!何をしている。化け物は筆の毛が変化(へんげ)したものだ。やつらの身体には墨がたっぷり染み込んでいる。墨を使って化け物を静めろ!」


 墨っ子は琥珀の胸ポケットで震えていたが、それを聞いて、恐る恐るポケットから出た。琥珀と中学生三人の前に倒れた机がある。その上に、勇敢にも墨っ子は飛び乗った。墨っ子が念じ始めた。琥珀は、防御の姿勢を崩さず晴茂を探した。どこにも見えない。しかし、晴茂がどこにいるとしても、晴茂はこの状況を把握しているのだと琥珀は感じた。


 墨っ子の気迫が強まった。墨っ子の黒い身体中から白い湯気のようなものがほとばしり出る。墨っ子は、これまでやったことがない程、強く念じているのだ。化け物たちの動きが変わった。赤く光る眼も徐々に納まって来ている。乱暴な動きも無くなった。


 化け物が筆の毛の化身だとすれば、筆の毛に霊力を与えたのは井戸水だ。しかし、その井戸水には多量の墨が磨り込められた。墨っ子の力で、その墨が井戸水の霊力を抑え込もうとしている。しばらくすると、化け物はその場で動かなくなった。


「琥珀!今だ。焼き払え!」

晴茂の声だ。琥珀は右手を差し出すと、渾身の力で騰蛇(とうだ)の業火を放った。


 馬、羊、狸の化け物は、次々と赤黒い炎に包まれ、やがて燃え尽きた。それと同時に、墨っ子もその場でばったりと倒れた。琥珀は、倒れた墨っ子を胸ポケットに押し込むと、女子中学生三人に向かって、大丈夫かと声をかけた。三人は、大丈夫だと頷いた。そして、琥珀は呆然と立っている山辺咲に駆け寄った。


「咲さん、大丈夫?」

咲は、放心状態だ。琥珀は、咲の肩を揺さぶった。

「咲さん、しっかりして!」

そう言いながら、琥珀は咲を大広間の奥で安全な場所まで引っ張って行った。中学生三人もお互いに助け合いながらよろよろと立ち上った。


 その時だ。三人が使っていた例の水差しが、ゴトっと動いた。琥珀は、振り返った。

「しまった!まだ、霊気を含んだ水が残っていた」 


琥珀が振り返るのと、水差しが割れてガラスの破片と悪い霊気の混じった井戸水が飛び散るのが同時だった。ガラスの破片と井戸水が、三人を目がけて飛んでゆく。


五芒星を放つには既に遅い。『あぁー、駄目だ』 琥珀の頭の中が真っ白になった。


ところが、ガラスの破片と井戸水は、三人に届く寸前でピタッと動きを止めた。

「えっ?」 


琥珀は何もしていない。なのになぜ防げたのか?


よく見るとガラスの破片と井戸水は、青白く光る五芒星に捕らわれているではないか。

そして、徐々に消滅してゆく。


「危なかったな、琥珀」 

晴茂の声だ。横を見上げると、晴茂がいる。琥珀は、思わず晴茂に抱きついた。思い切り晴茂の胸にしがみついた。

「琥珀、よく持ちこたえた」


琥珀の目から涙があふれ出していた。張り詰めていた琥珀の緊張が、晴茂の顔を見て一気に緩んだのだ。

「泣いている暇はないぞ、琥珀。まだ、菊子の悪霊がいる」


そうだ、まだ終わっていない。琥珀は、気を取り戻した。琥珀の胸ポケットでは墨っ子がごそごそと動き出した。晴茂と琥珀の間で、押しつぶされそうになって、目が覚めたのだ。


「うっぷぅ、ちょっと離れろよ。苦しいよ」

琥珀が、墨っ子を摘まみ出してやった。


「墨っ子様、よく頑張ってくれましたね。大手柄です」

「そ、そうだろ?言っただろ。俺さまは墨の精だからな」

「琥珀、皆をここから出すんだ」


しかし、菊子の怨霊は、その時、既にこの大広間を霊気で封鎖していた。


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