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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第三章 伸上り
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伸上り<17>

 残った二人は、顔を見合わせ、お互いの役割を確認した。琥珀は井戸小屋へ飛んだ。建物の陰に隠れ、井戸の様子を琥珀は測った。まだ井戸の中にいる、と強い霊気を感じていた。その時、不意に琥珀の乳房を何者かが触った。琥珀は、驚いて飛び退くと、胸を押さえた。


「く、苦しい!」

何と琥珀の胸ポケットに墨っ子がいるではないか。しかも、琥珀の手で胸にぎゅっと押さえつけられて苦しんでいる。

「墨っ子様。何をしているのですか?」

琥珀は、指で墨っ子を摘まみだした。そして、エアコンの室外機の上に置いた。


「いやあ、何をしているって、…、あのお、俺さまも一度悪霊を見ておこうと思って、…だな、こうやって…」

「いつ、こんな所に入ったのですかぁ」

「いつって、おまえが部屋を出た時だ。俺さまは墨の精だから…、これくらいは朝飯前で…」


「何を言ってるのですか!独りでは怖いのですか?」

「えへへ、実はな、琥珀。俺さまは悪霊を嫌いで、…」

「もうっ!悪霊は井戸を動きそうもありません。会館内をもう一度見ておきましょう。墨っ子様は、ここにいますか?」

「何を言ってるんだ。俺さまも行くよ」


「じゃあ、胸ポケットじゃなく、肩に乗ってください。ここです、ここ、肩の上」

二人は、お互いにぶつぶつ言いながら、会館内部を回った。その他の異常はなかった。再び、井戸小屋へ戻ると、菊子の霊を見張った。

「そろそろ、準備の人が来るころだ」

「もうそんな時間ですか」

会館の中の方を見ると、既に数人が中で準備作業をしていた。


 晴茂様の帰りが遅いな、と琥珀は心配になった。晴茂のいない間に菊子の霊が事を起こせば、私が防がなければと、あれこれ考えていた。その時、琥珀は井戸の中の霊気が動いたのを感じた。


 琥珀は、墨っ子を摘まむと胸のポケットに無理矢理押し込み、井戸から遠い建物の影まで飛んだ。

「うっっぷぅ、何をするんだ、琥珀!苦しいじゃないか」

「しっ!静かに。墨っ子様、そこの方がいいんでしょ」

「そりゃあ、まあ柔らかくって気持ちいいけど…」

「ほら、悪霊が動く」


 墨っ子は驚いてポケットの中にすっぽりと入り込んだ。琥珀が気を集中する中、青白い霊玉が、井戸を覆っている鉄板をすり抜けて出てきた。会館の壁を伝って二階の空気抜きの穴から中へ入って行った。それを見届けると、琥珀も窓をすり抜け悪霊を追った。


二階の廊下に出ると、琥珀は気を集中し霊気を探った。大広間にいる。琥珀は大広間に霊を追った。いた、あそこだ。大広間の廊下側に掛かっている大きな額縁がある。その裏に悪霊が潜んでいる。


 準備をする数人が忙しそうに動いている。ほぼ会場の準備は整ったようだ。そろそろ、書道会へ参加する人達、それを見学する人達が集まってくる時刻だ。

「おい、井戸水が出るぞ」

「おっ、本当だ。昨日は出なかったのにな。何かが故障してたのかな?」

「まあ、原因は後回しだ。書道会に井戸水が使えてよかったじゃないか」

「そうだ、そうだ」

「受け付けは、大丈夫か?」

「ああ、準備万端だ。そろそろ中へ入れようか」


 準備に来ていた人たちの会話を聞いて、琥珀は晴茂の推理が正しかったと確信した。この井戸水に悪霊が何らかの細工をしたはずだ。


 書道会コンテストにエントリーしている人達とその家族や友達等が、会場の広間に入り出した。晴茂はまだ戻っていない。琥珀は広間の一番奥で、菊子の悪霊が潜んでいる大きな書の額縁を見張っていた。


 墨っ子は、琥珀の胸ポケットから首だけ出して、琥珀の乳房のクッションを感じながら気持ちよさそうに目を細めている。墨っ子は人間には見えないのだから、別に胸ポケットに入っている必要はないのだが、琥珀も悪霊の監視に集中しているのでそのことを忘れている。


「作品を提出する人は、席に着いて墨を磨って字の書ける状態で待ってください」

司会者と思もわれる人が、大きな声で案内した。

「見物の人は、後ろに回ってください」

既に席の半分程が作品提出者で占められてきた。銘々で例の水差しに井戸水を入れ、それで硯を使って熱心に墨を磨っている。


 墨の濃淡で作品の出来栄えが変わるのだから、好みの濃さになるように調整をしている上級者がいる。賞を狙っていない参加者は友人たちとお喋りをしたり、席だけ確保してどこかへ行ってしまった人もいる。子供たちがガヤガヤと入って来た。小学生から高校生までの参加者だ。


その中に山辺咲もいた。咲は数人の友達と一緒にやって来て、空いている前の方の席に友達と固まって座った。机の上に各々の道具を置き、水を用意するために広間を出た。その時、咲は琥珀の存在に気付き、軽く頭を下げた。子供たちが来たことで、用意された席はほぼ埋まった。


見物者も大勢になって来た。特に子供たちの家族や友達が見物者として多い。その中には、話を聞いた筆司の人達もいる。咲たちも席に着き熱心に墨を磨っている。小学生では、墨を磨らずに市販の墨汁を使うらしく、もうすでに字を書き始めている子供もいる。


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