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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第三章 伸上り
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伸上り<15>

 二人は、山辺菊子の悲しい人生を聞いて気が滅入ってしまったが、何とか菊子の霊を静めたいと考えた。男の霊を宿した花を墓場まで持ち帰ると、墓石の前に献花し霊を戻した。琥珀は、菊子の霊とこれから会うためにも、一度菊子のお墓にお参りをしたいと、晴茂に言った。


 二人は、山辺家の墓地を探した。墓石が並ぶ山辺家の墓地の前で気を静めてみた。しかし、晴茂は菊子の霊がここにはいないと確認した。琥珀も、「やはり、菊子さんはいません」と呟いた。


 二人が墓地から出ようとすると、そこへ中学生位の女の子が花を持ってお参りに来た。二人が挨拶をすると、にこにこと笑顔で答えてくれた。その女の子の行く先は、山辺家の墓地だった。晴茂は、『菊子さんのお孫さんかな?』と小声で琥珀に言った。琥珀は、そうに違いないと思った。


 いじめとかの話噂あるので、お孫さんから直接話を聞こうと、晴茂と琥珀の意見が一致した。琥珀がお孫さんに声をかけて墓地の片隅にある休憩所で話を聞いた。晴茂は、ここは女性の方が少女も話しやすいだろうと、少し離れて座った。少女はお婆ちゃん子で、よく墓地に来るんだと、話してくれた。しかも驚いたことに、『私、お婆ちゃんとここで話ができるのです』と言う。お墓に来て、故人と話をすると言う人は珍しくない。しかし、こんな若い人が話ができると言うのは珍しい。


 晴茂と琥珀は顔を見合わせた。

「そうか、お婆ちゃんと話ができるんだ。今日も話しできたかな?」

晴茂が聞くと少女は答えた。

「いいえ、今日で二日間、お婆ちゃんと話ができないのです。私、ちょっと辛いことがあって、このひと月間は毎日、お婆ちゃんと話をしに来てたのですが、昨日も、今日も、話ができません」


 それを聞いて、晴茂と琥珀は、この少女は本当に菊子の霊と話をしていたのかと思った。菊子の霊が墓地を出たのを目撃した六合(りくごう)の証言と、この少女の話は時期が符合する。

「どんな風にお婆ちゃんと話をするの?」

琥珀が聞いた。


「墓石の前で私がぶつぶつと話をしていると、お婆ちゃんが返事をしてくれる。他の人には聞こえないようだけど、私にはお婆ちゃんの声が聞こえる」

「そうなんだ。亡くなってからずっとそうなの?」


「はい、最初はびっくりしたけれど、本物のお婆ちゃんの声だったし、お婆ちゃんと私しか知らないことも話しできるし、ここへ来るのが楽しみになって、…。でも、何日も話ができないのは、これが初めて」


 琥珀は、その女の子に本当のことを言った。

「菊子お婆ちゃんは、今ここにいないんだ」

「えっ、いないって、どうして分かるのですか?」


 琥珀は、晴茂が陰陽師で自分はその式神だと説明をした。少女は、陰陽師はおぼろげに知っているが本当に不思議なことができるとは信じられないと言う。それは、そうだろう。


「でも、君がお婆ちゃんと話ができると言うのは、僕たち、信じるよ。陰陽師を信じてもらえなくてもいいけれど、お婆ちゃんは君と話をして、三日前の夕方にここを出た。


僕たちはお婆ちゃんの霊が飛んで行くのを見たんだ。ここを離れてどこに行ったか分からないが、君との話の中でお婆ちゃんの霊に何かが起こったのだと思う。話を聞かせて欲しいんだ。お婆ちゃんをここへ戻すためにも」


 晴茂の後、琥珀が続けた。

「いじめられていると聞いたけれど、本当?それと関係があるのかな?」

少女は驚いた顔をした。いじめの話はお婆ちゃんにしか言っていない。なぜ見知らぬ人が知っているのだろうか。

「誰からそれを聞いたのですか?」


 そして、少女は口を(つぐ)んだ。しかし、心当たりもある。いじめをお婆ちゃんに話したのは三ヵ月程前からだ。それ以来、いじめの話をする度に、お婆ちゃんの声が怖い太い声に変わったのも覚えている。お婆ちゃんの霊に何かが起こったとすれば、私のいじめの話が切っ掛けかも知れないと、少女は思った。お婆ちゃんに心配を掛けてしまったのだ。


 少女は思い切って、二人にいじめの話をした。そして、お婆ちゃんにその悩みを話していたことも話した。

「そう、お婆ちゃんも怒ってたんだ」

「うん、そう思う。私、もう生きているのが(つら)くって、次の誕生日には生きていないかも知れないってお婆ちゃんに言ったんだ。そしたら、…」

「そうしたら?お婆ちゃんは、何て?」

「お婆ちゃんは、婆が何とかするから、死ぬなんて考えてはいかんと…。それは、それは、怖い声で…」


「君の誕生日はいつ?」

「明後日」

琥珀は、晴茂の顔を見た。明後日が誕生日なら、菊子が孫のために何かをするとすれば今日か明日しかない。

「いじめの方は、大丈夫なの?」


「うん、大丈夫。仲直りしたの。それをお婆ちゃんに報告しようと毎日来てるのだけど、話ができなくて…。お婆ちゃん、何かをしようとしてるの?」

「そうかもしれない」

「とにかく、お婆ちゃんの霊に会わなければいけない。君が死んでしまうのを防ぐために、お婆ちゃんは何をするのだろう。心当たりはないかい?」


「…?私…、書道をやっているの。お婆ちゃんの造ってくれた筆で、いつも金賞をとるんだ、書道会のコンテストで…。私、毎年、楽しみにしていて、頑張るんだ。お婆ちゃんも書道会のコンテストには毎年来てくれた。その書道会には、いじめていた子たちも全員が揃うわ。何か起こるのかなあ、その時」

「それは、いつ?」


「今日、土曜日だよ。会館に集まって、字を書くの。夕方からだけど」

「それは、お婆ちゃんも知っているの?」

「うん、知ってる。私、いじめられていたから今年は行きたくないってお婆ちゃんに言ったら、それではいけないって叱られた」


「お婆ちゃんが造ってくれた毛筆で字を書くんだね」

「はい、私が習字を習い始めた時、お婆ちゃんがいっぱい筆を造ってくれて、…最初はこれで書きなさい、すこし上手になったら次はこの筆を使うんだよって…。今日は、私、細字を書くの。だからお婆ちゃんの大事なカワウソの筆を使うんだ」


 琥珀は、晴茂の顔を見た。晴茂が頷いた。

二人は、菊子の怨霊はきっと書道会のコンテストに来るに違いない、と考えた。


「色々お話をしてくれて、有難う。あなた、お名前は?」

「山辺咲です。お婆ちゃん、戻って来るかなあ」

「大丈夫だよ。咲ちゃんの大事なお婆ちゃんだから。今年も金賞とろうね」

琥珀は、咲の肩に手を置いて、励ました。


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