伸上り<11>
京都のアパート、夜更けに集まったのは、六合、天后、太陰、そして晴茂と琥珀だ。最初から太陰はテンションが高かった。
「晴茂様、こんな夜更けに呼び出されて、…困りますわ。ほぉらね、酔いが一気に醒めてしまって、何か居心地が悪いですのよ。ほほほほ…」
「太陰、すまない」
「いいえ、晴茂様、謝ることはありません。これ太陰、おまえの酔いなど醒めてはおらんじゃないか」
六合が太陰を窘めた。
「あらあ、この娘、琥珀ちゃん? 何か、見違えてしまいましたわ。立派な式神って顔付になっちゃって、ほほほほ、…ますます可愛いわ」
そう言いながら、太陰は六合と琥珀の間に割って入って来た。
「では、早速だが事件の整理をする。何かあれば、その都度、言ってほしい。琥珀、やってくれ」
「はい、晴茂様」
琥珀は、整理しながら話を進めた。
事実としては、山辺という人が五年前に亡くなった。その人の霊がカワウソの毛を操って高入道に仕立て、四人の筆職人を脅かした。その内の一人は、脅かされたはずみで崖から落ちて亡くなっている。
カワウソの毛は、筆司の納屋に保管されていたが、その半分程が高入道を造るために山辺の霊によって使われた。カワウソの毛は、筆司の先代が保管していたものと言う。高入道に脅かされた四人は三年ほど前に、そのカワウソの毛を使って筆を造った職人仲間である。しかし、カワウソの筆は大して売れなかったと言う。
また、別の証言として、カワウソの筆は山辺と言う人が造ったのだと文房具屋の亭主は言う。この真偽は分かっていない。山辺がカワウソの筆を造ったのなら、五年以上前であり、その時にはカワウソの毛は山辺が持っていたことになる。
晴茂が次の様に補足をした。山辺の霊は、悪霊になっている。悪霊になった原因で最も考えやすいのは怨念だ。怨念がなぜ起こったかは分からないが、四人の筆職人に対する怨念である可能性が強い。
最初に、天后が発言した。
「しかし理解できないのは、怨念があるとして、山辺の霊は何故、五年間おとなしくしていて、今になって動き出したのか?」
六合が答えた。
「最近になって、怨念を生じるような何かを知った、あるいは何かが起った、とは言えないか?」
「それなら、分かるけど。でも安らかにお墓で眠っていた霊が、最近何かを知るって、不自然よ」
「今になって動き出したのには、何か理由があるのではないでしょうか。例えば、誰かの結婚とか、誰かの死とか、誰かの誕生とか、そんな大きなイベントが起こったか、起りそうだとか、…」
琥珀が意見を述べた。
「うんうん。そうだね。そのイベントが、恨みを助長する内容なら、今になって動く理由になるわ」
と、天后は頷いた。
晴茂は、まず山辺の周辺を調べる必要があると言った。
「明日、僕と琥珀で山辺さんのことを調べてみる」
六合が、目を閉じ何かを考えながら言った。
「最初から感じているのだが、どうも合点が行かない部分がある。なぜ、山辺の霊とカワウソと関係するのじゃ?」
「それは、カワウソの毛で作った筆との関係でしょ」と、天后。
「そうなのじゃがな。まず高入道はカワウソの妖怪じゃ。高入道が出没しているので、晴茂様が調べた。そうしたら、カワウソの毛から造られた高入道がいた。そのカワウソの毛を操ったのは山辺の霊だと、まあここまではいい」
「はあ?ここまでって、それでいいんでしょ。それが全てでしょ」と、天后。
「いやいや、だから、山辺の怨霊が恨みを晴らすのなら、別にカワウソの…、しかも高入道を持ち出す必要はないじゃないか、と。そこのところが合点できぬのじゃ」
琥珀が続けた。
「そうですね。高入道、そしてカワウソ、それに対して山辺の怨霊、の繋がりが分かりませんね。筆は関係ないのかしら?」
「そうだな。それも、山辺さんを調べれば浮かび上がってくるかもしれないな」
晴茂も同じ疑問を持っていたのだ。
「おいおい、おまえさん、太陰よ。何か言うことはないのかい?」
六合が、半分目を開けながら眠っている太陰を肘で突っついて言った。
「あれ?あっ、何か?」
「何か?じゃなっくてさ、太陰さん。山辺とカワウソの関係ですよ」
天后も呆れて言った。
「あら、そんな関係なんか分からないわよ、琥珀ちゃん。男女の関係でもそうでしょう、ふふふふっ、当人しか分からないですわよ…。当人に聞いてみたらいかが…」
「はああ?」
六合、天后、琥珀が、あんぐりと口を開けて呆れた。
「うぅん? そうよねえ。山辺の怨霊に聞く訳にはいかないわよね。今、その怨霊を皆で探そうって相談してるんですものね。それならば、カワウソに聞くしかないわよ。カワウソちゃんにねっ」
「でも、カワウソは、毛だけだぞ」と、六合。
「あら、でもねぇ、晴茂様はカワウソの毛とお話しなさったわよね。ねぇ、琥珀ちゃん、そうでしょ」
隣の琥珀の手を取りながら、太陰は言った。
「はい、カワウソの毛から霊を呼び出して…」
「ほら、ごらんなさい。高入道にされた毛は、晴茂様が呼び出したカワウソより霊気がきっと強いはずですわ。山辺の悪霊が選んだ毛ですもの…」
そうか、それは迂闊だった、と晴茂は恥じた。あの時、カワウソの毛の霊に聞くべきだった。
「琥珀ちゃん、その毛はどこに?」
「ああ、あの、カワウソの故郷の川へ…」
「あらっ!お手柄ね。琥珀ちゃんの呪術で故郷に帰したのなら、すぐに見つかるわ」
「あっ、はい、呼び戻せると思います」
「それも、明日、調べよう。では、今夜は解散だな」
晴茂が言った。
太陰は、不服そうに言った。
「今から戻っても、もう夜が明けそうだわ。酔いもすっかり…、醒めたし。琥珀ちゃん、もう一つだけ…、言ってもよろしいかしら」
「あ、はい、太陰様」
「太陰、おまえさん、酔いは醒めてないぞ。まだ呂律が回ってない」と、六合。
「他に知恵があるか?太陰」
晴茂が聞いた。
「うふふふ、ねぇ、琥珀ちゃん。もう一つの霊に、ええっと…、聞く手がありますわよ、ねぇ…、そうでございましょ?」
太陰は、琥珀の手を握りながら言った。
「もう一つの霊?」
「そうですわ。生きている人間はなかなか正直に話をしてくれませんわよ。その点、死んだ人間は、正直でございますわよ」
「うん?そうか!崖から落ちた人…」と、琥珀が呟いた。
「うふ、そうよ。琥珀ちゃん。その人も、きっと山辺何某と、関係があるのじゃあないかしら?」
「あ、そうです。ありがとう、ございます」
琥珀は太陰の智恵に感心し、なぜかお礼を言ってしまった。
「可愛いわねえ、琥珀ちゃんは。今度ね、琥珀ちゃん、一緒に飲みましょうよ。ね」
「あっ、はい。いぇ、お酒はちょっと…」
「あらあ?琥珀ちゃん、お酒は未経験ですの?お酒わぁね…、大人への登竜門ですわ。きっと、満足するわよ」
「ええ、では、あのおー、また、…、いずれ」
「おほほほ、そう?琥珀ちゃん、年代物のね、紹興酒があるのよ。これ、…内緒よ」
「……」
皆の前で言ってしまっては、内緒にならないではないか、と琥珀は思った。しかし、太陰は気にせず、琥珀に話しかけている。
「琥珀ちゃん、えっと…、あのお酒は…、誰に頂いたのかしら?まあ誰でもいいんだけど。ねぇ、琥珀ちゃん。明日ね、…」
何だか太陰が琥珀に絡みそうな雰囲気になって来たので、六合が話を遮った。
「おいおい、じゃあ、帰るぞ、太陰。天后もいいな」




