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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第二章 人間へ(猫又)
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人間へ<10>

 二人は、まず山原の家に向かった。家には誰もいない。電話で定男は裏山と言っていたが、ここは山に囲まれているのでどちらの方向か分からない。晴茂は携帯電話で定男に連絡をした。呼び出しているが定男は電話に出ない。


 家の裏庭に回った。この裏庭から行ける方向の山なのか、晴茂は探った。

「琥珀、妖気は感じるか?」

「いや、感じない」

「そうだな。僕はこの庭から行ける山の方を見てくる。琥珀は、家の中を探ってくれ」

そう言って、晴茂は裏庭から山の方向に進んだ。


妹さんが夢遊病だとすると、道を歩かないかもしれない。しかし、山に向かって細い畑道が続いているのだから、晴茂はここを進むしかない。晴茂は慎重に進んだ。既に夜の(とばり)が降り、この辺りは真っ暗だが、晴茂には闇は全く問題ではない。


 一方、琥珀は身軽な動作で、開いている裏口から中に入った。真っ暗だ。しかし、琥珀には見える。琥珀も慎重に家の中を探った。一番奥の部屋に入った時、『あっ、これは?』 と、微かな妖気を感じた。


妖気が微か過ぎて、何者の妖気か琥珀には分からない。部屋の様子から妹さんの部屋のようだ。やはり妹さんは病気ではなく、妖怪の仕業かもしれない。琥珀は、家を出ると晴茂の後を追った。


 晴茂は山裾の雑木林の入り口にいた。琥珀は、晴茂に家の様子を報告した。

「そうか、家の中でも妖気を感じたか。この奥にも若干の妖気が残っていた。妖気から感じるのは、やはり猫又(ねこまた)だな」

「猫又は本当に人を喰らうのか?」

琥珀は、男のような口調で晴茂に尋ねた。


「猫はたかだか五十年を生きると、たまに化け猫になるものが出る。猫は元々邪気が強いんだな。化け猫は人間に化けて悪さをするが、人に飼われていた猫は、人を喰らう事はない。しかし、人に飼われた事がない野良猫の場合は、山の中に潜んで人を喰らう事がある。化け猫は尻尾が二本に分かれ、猫又と呼ばれるんだ」

「今回の猫又が、飼い猫だったのなら安心だね」


「いいや、飼い猫で人を喰らわないから安心とは言えない。猫又は人を騙して命を奪う事も出来る。肝心なのは、猫又がなぜ定男の妹に近づいたのかだ。たまたま定男の妹だったのかも知れないが、何か理由があったと考えた方がいいと思う」


 その時、琥珀は山の奥でぴゅーっと鳴る音を聞いた。『何だろう』と呟いたが、晴茂には聞こえなかったようだ。風の音のようだが、風の音ではないと琥珀は思った。琥珀は長い年月を山の崖の中に閉じ込められていた石だ。風の音なら聞き分けられる。


「では、琥珀、山へ入る。猫又に遭遇するかもしれない。充分注意をするんだぞ。僕の後ろを来い」

さっきの音が気になったが、琥珀は、『はいっ!』 と答え晴茂の後ろに付いた。


 二人は山の中を飛ぶように進んだ。地元民が山に入る時に利用している細い道がある。その道が途絶えた所まで来て、晴茂は言った。

「ここに猫又の妖気が残っている」

琥珀はその妖気を感じた。

「はい、家に残っていた妖気と同じだ。こちらの方がずっと強い」

「ここは広場になっている。人の足跡も多く残っている。おそらく妹さんが踊っていた場所なのだろう」


琥珀は辺りを見渡した。ここからは山が急に険しくなっている。普通の若い娘なら、そう簡単に奥に入れないと思った。

「友達が言っていた小屋は、この奥でしょうか」

「ここから上に登っても小屋はなさそうだな。おそらく右か左だろう。どっちだと思う?」

「分かりません。でも、その友達が探そうとするのなら、右側ではないでしょうか」

「どうしてだ」

「だって、右の方が進みやすそうだ。左は岩がごろごろ突き出して、普通の人は歩くのも難しいでしょう」

琥珀の観察力は鋭い。


 僕の心を写したのだから、晴茂が琥珀を賛美すれば、それは自分を賛美することになる。そう思いながら、晴茂は内心にやにやと満足気だ。

「そうだな。では右を探してみよう。後ろをついて来い、琥珀」

「晴茂様、琥珀は左を、こっちを見てきます」

「駄目だ、琥珀。猫又のいる事が分かったんだ。おまえ独りでは危険だ」


「晴茂様、猫又のいる事が分かったから、早く探さねばなりません。琥珀は護身の術を授けてもらいました。何かあれば、五芒星(ごぼうせい)を飛ばし護身します」


 晴茂は、琥珀の意見を聞きながら、自分でもそう主張すると感じた。自分の心を与えたのだから、琥珀の言っている事はその通りだと理解できてしまうのだ。


 それはそれで問題だと思うのだが、今となっては仕方がないと晴茂は思った。

「分かった。無理をするな、琥珀。何かあれば逃げるんだぞ、決して立ち向かうな」

「はい、晴茂様」


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