予兆<3>
二人は俊夫が倒れていたという妙輪寺へも立ち寄ってお花でも手向けようと相談した。妙輪寺は俊夫の母親に場所を聞いてきた。車で五分ほどだ。寺の外に車を止め、妙輪寺の参道を歩いてゆくと、さすがに木々に囲まれて陽の光が遮られ、ひんやりとしてきた。
冴子は上着を車に置いて来たので、「寒い」とつぶやいた。晴茂はジャケットを脱いで冴子に渡してやった。晴茂はジャケットの下が半袖なので、「晴茂を見てると、余計に寒くなるね」と冴子は笑った。
参道を抜けると広い境内に入った。本堂の裏にある楠の横で倒れていたと俊夫の母親は言っていた。赤い山茶花が咲く垣根に沿って本堂の裏へ回った。本堂裏へ出ると楠はすぐに見えた。
その楠の向こうに人影がある。じいっと、楠の梢の方を見上げている。
「あれ?兄…ちゃん」
冴子が小さな声でつぶやいた。晴茂も人影をよく見てみると、そうだ、冴子の兄、圭介だ。二人は近づきながら人影が圭介だとはっきり分かった。
「兄ちゃん、何しているの?おおーい、兄ちゃん!」
冴子に呼ばれて、圭介は振り向いた。
「冴子じゃないか、おどかすなよ」
圭介はふたりが近づいたのを気付かなかったようだ。
「おまえら、何だ?こんな所で」
「晴茂とね、俊夫さんの倒れてた場所にお花でも供えようって、来たんだ」
圭介は、冴子越しに、すこし離れた所に立っている晴茂を見た。晴茂は、目を見開いて、微動だにしない。身体が強張って、身動きができないでいるではないか。圭介は、これは尋常ではないと感じた。
晴茂は、楠に近づいた途端に全身が熱くなり、身体が動かなくなったのだ。そんな状態になる前に、楠の枝にぶら下がる例の白いのっぺらぼうが見えた。しかも、一体ではない十体程度は見えたのだ。やはり目はないのだが、のっぺらぼう達が晴茂を睨んでいるのを察知した。今は、のっぺらぼうは消えたのだが、身体が熱く動かない。額に汗も滲んでいる。
「おい、晴茂!」
圭介は晴茂に駆け寄り、肩をつかんで激しく揺さぶった。その途端に、晴茂の全身の熱は消え、身体も動くようになった。圭介は、そんな晴茂の異変に、もしかしたら晴茂も…、やつらが見えるのか…?と気づいた。
「晴茂にも、あれが、見えたのか?」
圭介は、我に返った晴茂の耳元で小さく囁いた。
「あれは?何?圭ちゃん」
頷きながら晴茂も小声で聞いた。
「あとで話そう」
ふたりは、後ろの冴子に悟られないように目で合図をし合った。
「晴茂!大丈夫?」
冴子は心配そうに尋ねた。圭介がすかさず答えた。
「風邪でもひいてるんじゃないか、晴茂。身体も熱いし。冴子にブレザーを取られたから、冷えたんだよ」
「ああ、そうかもしれない。もう、大丈夫だ」
冴子はすまなさそうにブレザーを脱いで晴茂に返そうとした。
「あはは、大丈夫だよ、冴ちゃん。着てなって」
晴茂は、あえて明るく笑った。
晴茂の身体の調子が悪いといけないから、圭介が車を運転をして帰った。圭介は、自動車整備の仕事は昨日で終わって、年末年始の休みに入っていた。晴茂は助手席で、白いのっぺらぼうの事を考えていた。「あれは何だろう…?」
冴子と圭介は、兄妹の積もる話をしていた。この兄妹も一年ぶりの再会なのだ。その話を聞き流しながら、晴茂は、のっぺらぼうを考えた。
圭介もあれが見えるのだろうか。冴子は見えないようだ。人によって見えたり見えなかったり、そんな事はありえないだろう。圭介と自分は同じ幻想を見るということか。しかし、目のないやつが、鋭い視線を投げかけるとは、どういうことだろう。身体が熱くなって身動きができなかったのは、なぜだろう。その間ずっとやつらの視線を感じていた。自分もやつらを見据えていた。なんだか分からないが、やつらからは異様なものがにじみ出ている。圭介は楠の梢を見上げながら、やつらを探していたのだろうか。とにかく、あの白いのっぺらぼうは何なんだ。
「ねえ、晴茂!」
後部座席から冴子の大きな声が耳に入り、晴茂は我に返った。
「あ、ああ、何?」
「何じゃないわよ。いつ京都に戻るのかって聞いてるんじゃない」
「ああ、…、まだ決めてないけど、十日位かなあ」
「じゃあ、四日の日は大丈夫ね」
「ええ? 何が?」
「もう、何も聞いてなかったの? 拡大同窓会よ」
冴子が企画して拡大同窓会をやるらしい。要は、帰省している人達とこちらに残っている人達で、同学年でなくても集まってパーティーをするらしい。冴子の話では十人位は集まる算段だ。
「神社の広場でバーベキューやってさ、ビンゴなんかもやれば、…そうそう川まで行ってテント張ってさ、花火もいいねえ」
晴茂は、呆れて言った。
「何言ってるんだ、冬にキャンプも花火もやれるかよ」
「でも、暖かだからいいんじゃない?」
「そういう事じゃなくさ、さすがにキャンプは無理だろ」
「社務所を借りてさ、ドンド火を焚いてさ、…、楽しいよお」
圭介も呆れ顔で晴茂を見た。
「まあ、勝手に企画してくれや。内容がよければ参加するから」