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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第二章 人間へ(猫又)
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人間へ<5>

 晴茂は貴人(きじん)を呼び出し、ここまでの話をした。貴人は、相変わらず空中に浮いたまま、静かに話を聞いていた。

「判りました、晴茂殿。危なっかしい太陰(たいおん)の悪智恵だ」

「ああ、思い付かなかった策だ。何とかなるか、貴人」


「まず心を移す術そのものは、そんなに難しくない。問題は、元あった心と新たに移された心がどのように折り合うのか。それは私にも読めない。二つの心がうまく(はま)る場合もあるし、全く合わずに支離滅裂な心となるかだ。要はどちらの心が強いかによるのだが、その後の一生を二つの心で競い合いを続ければ、その人物は可哀そうなものになる」


「それは、心が二つでも三つでも同じことだな」

「幸いなことに、琥珀殿の現在の心はまだ未熟で、か弱い。いや、まだはっきりとした心になっていないと思われる。そうであるならば、新たに与えた心が完全に琥珀殿を支配する事ができるだろう。だから、琥珀殿には二つも三つも心を移さない方がいい」


「なる程、そうだな。でも、その時は容姿が違うけど、同じ心、同じ性格の人間が出来上がるので、それは問題とならないか?」

「同じ知識、経験、感情、性格が移されても、それはその時だけだ。その後の人生で、別々の経験を経て、二つの心は徐々に違うものに成長する。それ程、困るものではない。確かに似た二人には違いないが、…」


 貴人の説明に晴茂も大裳(たいも)も頷いた。晴茂はもうひとつ聞いた。

「心を取られる元の人物はどうなる?心がなくなるのか?」

「心を取るのではない。心を模写するのだ。本物の心は、その人の中に依然としてある。心配は無用だ」

晴茂は、安心して頷いた。


「では、晴茂殿、誰の心を琥珀殿に移すのか?」

貴人が聞いた。

「え?あ、まだ考えていないな…」

「晴茂様、誰かこれはと言う女性はいませんか?」

大裳は晴茂の顔を覗いた。

「そうだなあ、性格も考え方もよく知っているのは、冴ちゃんかなあ」


「冴ちゃん?芦屋冴子ですか?その人は止めた方がいい」

貴人は即座に晴茂の提案を却下した。

「芦屋家は、道満の血統だ。安倍家と同じ陰陽師の家系だが、根本的な考え方が違う。その血統の心を琥珀殿に移せば、後々晴茂殿が困る事態が起きる」

「ええ?うん、そうか。芦屋家は妖怪を根絶やしにするのが家風だな」


「もっと他に、女の友達はいないのですか、性格のいい娘は?晴茂様」

と、大裳が言う。

「ううん、いないこともないけど、深く知らない人ばかりだなあ」

「晴茂様はあまり女性にもてないのですか?」

「馬鹿を言うな、大裳。そりゃあ、いるけど。誰って決めるのは難しいよ」

晴茂は考え込んでしまった。


 悩んでしまった晴茂の側で、大裳はぶつぶつと独り言を言っている。貴人はそんな二人を宙に浮いて見下ろしている。

「あっ、晴茂様。晴茂様のお母様はいかがですか?」

突然、大裳が提案した。

「お母さんか、ううん、ちょっと無理があるかなあ。琥珀が母と同じ性格っていうのは、どうもすっきりしないなあ」

「そうですか。そうでしょうねえ」


 晴茂は、又しても考え込んでしまった。普通に考えても、その人と瓜二つの性格を持つ人間を造ろうとした時、なかなか全ての性格や感情を肯定できる人など思いつかない。例え馬が合う友達でも、少しは嫌な面があるものだ。そこを考え出すと、なかなか決めきれない。


暫くして、貴人が提案した。

「晴茂殿。難しい選択ですね。全てがしっくり来る他人なんかいない」

「ああ、そうなんだ」

「一層の事、晴茂殿自身の心を移す手がある」

「なっ?僕自身を?」


「でも、貴人。晴茂様は男だぞ。女の心ではないじゃないか」

大裳が驚きの表情で言った。

「ふふふふふ、別に男も女も関係ない。扱うのは心だ。常識、性格、感情、経験、それに知識だ。女か男かは、その後の経験でどうにでもなる。女らしさは、琥珀殿がその気なら、後の人生で獲得できる」

「そうか、貴人。男でもいいのか」


「そう、晴茂殿。但し、女性には女性特有の経験がある。男が知らない経験だ。それは、誰か女性を琥珀殿の友達にして教えてもらえばいい。それこそ、芦屋冴子でもいいし、晴茂殿のお母様でもいい」

誰かを決めかねていた晴茂は、さすがに貴人らしい良い提案だと思った。

「多少嫌な面があっても、それは自分の性格なんだから、納得もできるというもんだ。それで行こう、貴人!」


「ふふふふ、そうしますか。他人に迷惑をかけない方法だ」

貴人は、にこにこと笑っている。


 一件落着で、大裳は帰った。残ったのは晴茂と貴人、そして二人の前に置かれた琥珀石だ。


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