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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第二章 人間へ(猫又)
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人間へ<1>

 晴茂は京都のアパートに戻った。この年末年始は色々な出来事があった。さすがに人生の根底が変わったような感じだ。見慣れたアパートの部屋で、一人窓の外を眺めていると、何も変わらない風景なのだが、去年が遠い昔のように思えてくる。


正月四日の冴子企画の拡大同窓会が終わってから、晴茂はしばらく山に(こも)った。陰陽師として自分にできる限りの修行してきたつもりだ。母、静枝とも普段と変わらない接し方ができた。故郷を出て、このアパートに着くまで、何も変わっていないと自分に言い聞かせつつ、それでも心の奥深くで起こった変化は隠せるものではなかった。九尾(きゅうび)のキツネはどうしているだろう。遠くの山を見ながら、九尾の姿が(まぶた)に浮かんできた。


 そう言えば、九尾が最後に言った式神琥珀の話はどうなのだろう。あの夜、琥珀を山に帰して以来、琥珀呼んでいない。琥珀の自由意思とやらを確かめてみようと晴茂は考えた。それに、この街で一人暮らしがまた始まるのだから、琥珀が居てくれた方が何かと便利だ。


晴茂は、呪文を唱えて琥珀を呼んだ。琥珀は部屋の隅へ現れた。

「晴茂様、お呼びでしょうか」

「琥珀、あれからどうしていた?」

その質問に琥珀は小首を傾けながら答えた。

「はい、どうしていたかと聞かれましても、元いた場所、崖の土の中におりました」


そうだな、そのはずだ。

「さて、琥珀、石に戻すぞ」

「はい。でも、なぜでございましょうか?」

「これからも、ここで私の世話をしてもらいたい。しかし、ここにはふいに友達が来たり、色々世間の目もあるから、急におまえを石に戻さなければならない時がある。そんな事情は分かるだろ」

「はい、分かりました」


 琥珀は座り直すと、目を閉じた。その様子を見ながら晴茂は、九尾や天后が言っていたような意思や感情は琥珀にはないように思えた。思い過ごしなのだろうと感じつつ、呪文を飛ばした。琥珀は、綺麗な琥珀石に戻った。その琥珀石を手に取って、晴茂は注意深く見てみた。片手で丁度包み込める程度の大きさだ。琥珀石としてこの大きさは、あまり世の中にないだろう。


 透き通った琥珀色の固い樹脂の中にこげ茶色の模様がある。その模様も線状であったり、やや黒い塊だったり、もやっとした濃い部分だったり、その模様の複雑な形がおもしろい。なかなか良い石だ。晴茂は机の上に置いた。オブジェとして飾っても何ら違和感がない。むしろ部屋のアクセントになりそうなオブジェだ。もう一度手に取り、表から裏から観察したが、どう見てもこれは石だな、晴茂はそう思った。


晴茂は石に生気を吹き込み、元の琥珀に戻した。

「あっ、いかんいかん。服を忘れた」

これからは服も同時に呪文をかけないといけないな、と反省する晴茂だった。服を着た琥珀を見ていた晴茂は、『待てよ、琥珀はこんな都会で私の世話をできるのだろうか』と心配になった。


 そもそも今の琥珀の格好は、晴茂が最初に与えた服を着ているのだが…、こんな姿で外へ出られないではないか。これまでは、山の中だったから別に琥珀の服装は気にもしていなかった。しかし、褐色のショートパンツ、褐色の胸当てを着ているだけだ。それはセパレーツの水着みたいなものだ。真夏ならこんな姿で出歩く娘もいるかもしれない、と晴茂は苦笑した。


しかし、如何にも目立つし、特に冬に着る衣装ではない。あれこれ考えながら、晴茂は琥珀を見ていた。服装ぐらいは何とか季節に合ったものを着せればいいのだが…。この都会で琥珀が自分の世話をする姿を思い浮かべていた晴茂は、もっと重大な問題があると気付いた。


「琥珀、これは何か分かるか?」

晴茂は財布から紙幣とコインを出して琥珀に見せた。琥珀は首を傾げて分からないと言う。分からないのも当然だろう。

「そうか。琥珀、今夜はカレーライスを食べたいんだが、カレーライスの材料はどのように手に入れる?」

「……?カレー、…?」


 まず、カレーライスという食べ物が分からないらしい。山の中では、自然にある食材を探して晴茂の食事を作ってくれたのだが、その方法では例えばカレーライスなんかは作れない。現代の都会では、今の琥珀が晴茂の身の回りの世話をするのは難しいのだ。食材や雑貨などを店で買い、レンジや冷蔵庫を使い、洗濯機で洗濯をし、そんな色々なことを琥珀が覚えなければならない。電車やバスにも乗るしなあ、日常生活のできる人間の式神を造るのは、大変なことなんだと晴茂は気が付いた。


 人間以外の式神はあまり問題にはならないが、人間は他の人々と違和感なく接し、しかも日々進歩する文化に追従しなければならない。その為には、その時代の常識を式神が分からなければならない。これらを一々教えるのは、無理ではないだろうかと、晴茂はため息をついた。


安倍晴明(あべのせいめい)も人間の式神を操っていた。晴明は、人間の式神をどのように造ったのだろう、と晴茂は考えた。十二天将の誰かに聞いてみよう。さて、どれを呼ぼうか。獣神では分からないだろうから、貴人(きじん)天空(てんくう)六合(りくごう)太陰(たいおん)大裳(たいも)天后(てんこう)の誰かだな。この中で最も律儀な天将は大裳だ。


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