予兆<23>
晴茂はその夜、琥珀を伴って家に帰った。母がいたが、知らない女性が母の隣に座っていた。琥珀をどのように紹介すればいいのか晴茂は迷ったが、友達ということにした。
「僕の友達の琥珀さんです。この近くの観光をしたいと今日こちらに来たのですが、夜の遅くなったので連れてきました」
とにかく父時晴が陰陽師である事などをどの程度母が知っているのか分からない。あまり変な話題に入り込まないように、晴茂は気を付けた。まして知らない女性までいる。
「初めまして、琥珀と申します。夜分遅くに押し掛け申し訳ありません」
「まあ、可愛いお方ですね。肌が透き通るように綺麗で…。晴茂が色々とお世話になっているようで、有難うございます」
琥珀も母も、当たり障りのない会話をした。その時、父時晴が部屋に入ってきた。晴茂は父に念を送って、状況が分からないので父が会話を進めてくれるようにお願いをした。その念を受けて時晴はほほ笑むと話し出した。
「晴茂、お母さんは全てを知っているよ。私が陰陽師だと言うことも、陰陽師とは何かも知っている。更に晴茂おまえが陰陽師になったことも、そして十二天将を操れる呪術を習得したことも知っている」
そうか、分かっていてくれるなら気を使うことはないな、と晴茂は安心した。
「そこの琥珀がおまえの式神であることも分かっている」
「ほほほほ、ご免なさいね琥珀さん。晴茂とあなたがきちんと挨拶するものだから、ついつられました」
そう言われて、琥珀は更に頭を低く下げた。
晴茂は琥珀に、晴茂の部屋で待つように指示をした。晴茂、晴茂の父時晴、母静枝、そして見知らぬ女性の四人になった。しかし、この見知らぬ女性は誰なんだろう。こんな秘密のような話を、父も母もこの人の前で堂々とするとは。晴茂は、三人の顔を順番に見ていった。その晴茂の疑問を察したのか、時晴はまずその見知らぬ女性を紹介した。
「晴茂、こちらはおまえの叔母さん、お母さんのお姉さんだ」
「晴茂さん、よろしくね」
「お母さんのお姉さん…ですか?でも、初めてお会いしますね」
「ええ、遠くにいたものですから、なかなかお会いできずにいました。でも、つい先ほど会いましたよ、晴茂さん」
そう言うと笑顔の奥できらっと瞳が光った。
「えっ、いつお会いしました?」
「今日ですよ」
それを聞いていて晴茂は、その女性から出てくるほんの微かな妖気を感じ取った。晴茂程の陰陽師しか感じない程度の妖気だ。その微かな妖気に、『あなたは、…。まさか、…』 と晴茂は心の中で呟いていた。
晴茂はその妖気が何者か確信した。右手に力を込めて、防御の準備をする。母も父も、にこにこと二人の様子を見ている。『こいつは、九尾のキツネだ』 と晴茂は心で叫んだ。
「気が付きましたね、晴茂さん。わたくしは九尾のキツネです。今日は、あなたと不本意ながら戦いました。あなたの様に強い陰陽師は初めてです。私のお婆様から聞いた安倍晴明に匹敵する、いいえ晴明より強いかもしれません。最後にあなたの目を見て、この人が妹の子供だと分かりましたよ。だからあの時、妖気を消しました」
そう言いながら九尾は妖気を消し、普通の女性に戻った。晴茂は、とにかく驚いた。九尾が目の前で座っているのに驚いた事もあるのだが、九尾が自分の叔母さんだと言う事にもっと驚いたのだ。
『と言う事は、母もキツネか?そんな馬鹿な…』 晴茂は母静枝の方を向き、『説明してよ』と顔で訴えた。
「晴茂さん、わたしも元はキツネです」
静枝は静かに言った。
「そ…、そんな、…。元は、って、…」
晴茂は驚きで、理性も感情も全て混乱している。晴茂はキツネの子供…と頭の中で考えるのだが、それがどういう事なのか理解できない。
「お父さんに出会って一緒になる時には、身も心も人間でした。そして人間として、あなたを身籠って、あなたを生んで、育ててきました。姉に再開するまでは、わたしがキツネだった過去は、私の中から消えていました。ただ、お婆様から『おまえは九尾の一族だ』 と言われた事は何度も夢の中で見ていました。でも、それは夢の中でしたから、自分がキツネだったとは思いもしなかったのです。姉と会って、遠い、本当に遠い昔、キツネとして遊んだ記憶が甦り、この人が私の姉だと確信できました」
静枝は涙ぐんでようやくそこまで話をした。晴茂は、それを冷静に聞くことができなかった。そんな話を認める訳にはいかない。
「お母さん、九尾は妖術を使います。お母さんは妖術に惑わされているんだ」
そう言うと、女性姿の九尾を睨みつけた。
「晴茂、お母さんの言う事は本当だ」
時晴が言ったが、晴茂は受け入れられない。
「親父も妖術にはまったんだ」
「晴茂さん、あなたは天下一の陰陽師ですよ。そのあなたが冷静に状況を理解できないはずはありません。もっと心を静かにして、この妹、いいえ静枝さんの心に入って見なさい。あなたにはできるはずです。陰陽師として」




