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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十二章 足洗い
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足洗い<26>

 イヌ鷲を監視し続けていた上空の青龍(せいりゅう)から、経立(ふったち)がイヌ鷲に近づいていると、晴茂に連絡が入った。

「経立が来たようだ」


「経立は死んだのじゃ…、そうか何者かが経立に化けている…」

玄武(げんぶ)の言葉に、太陰(たいおん)が答えた。

「そうですわ。今、経立に化けている者こそ、今回の事件の首謀者ですわ」


「よし、行こう!みんなは遠くから包囲してくれ。逃がさないようにな。琥珀、天空(てんくう)天后(てんこう)、ついて来い!」


 イヌ鷲が止まっている木の下に、確かに経立がいる。木に登ろうとしている。晴茂は、その経立の後ろから声をかけた。

「経立の偽物よ、おまえは何者だ?」


晴茂のすぐ横に琥珀、その横にやや離れて天后、天空は反対側の横に離れて構えた。声をかけられた経立は、晴茂に向き直ると、得体のしれない笑みを浮かべた。


「陰陽師、安倍晴茂、よく見破った。そうと知れれば、この経立の姿には用がない」

そう言って、両腕を広げ、くるっと回った。


すると、経立の姿が、青い装束の小さな男に変化(へんげ)した。晴茂も式神達も、もっと恐ろしい姿を予想していたが、凛々しい顔立ちの若い男だ。


「おまえは…?」

「ははは…、茨木童子(いばらぎどうじ)だよ」

これが茨木童子か…。晴茂達は、驚きを隠さなかった。


「おまえが、経立や分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)、それに足洗いに化けていたのか」


「そうだよ。俺は、殺した妖怪に寸分違わず化けられるのさ。今日は、あのイヌ鷲を仕留めて、妖怪イヌ鷲にも化けるつもりだったが、陰陽師、おまえ、出てくるのが早すぎるぞ」


「何?妖怪を殺すと、それに化けられるのか」

「ははは…、そうとも。俺の特技だ」


「そうだったのか…」

「妖怪を仕留めれば、それだけ俺の技が増えていく格好だ。どうだ、楽しそうだろう。ははは…、そんな俺の変化(へんげ)を見せてやろうか」


天空が、怒鳴った。

「楽しみのために妖怪を殺すとは…、何て奴だ!」

「おお、おまえは…、天空か。経立を仕損じた情けない式神か」

「くぅー」


晴茂は、天空に落ち着くように目くばせをした。そして、茨木童子に言った。

「おまえの目的は何だ。なぜ、こんな手の込んだことをしている」


その問いに、茨木童子の目がきらっと光った。

「陰陽師、晴茂、泰山府君(たいざんふくん)の術を教えてくれ」


泰山府君の術とは、安倍晴明(あべのせいめい)の秘術中の秘術、死者をよみがえらせるという呪術だ。天空、天后も、茨木童子の申し出に驚いた。

「僕は、泰山府君の術を知らない。なぜ、知りたい」


「ははは…、俺は千年もの間、おまえの誕生を待っていた。安倍晴明と同等か、やつを凌ぐ陰陽師を待っていた。それは、安倍家秘伝、泰山府君の術は晴明以上の陰陽師でなければ、継げないからだ。待っていたぞ、陰陽師、晴茂。俺は、泰山府君の術で兄鬼を生き返らせたい」


「なんと、酒呑童子(しゅてんどうじ)をよみがえらせると言うのか」

「そうだ。教えてくれるか?泰山府君の術を」

「僕は、伝授されていない」


 晴茂が、伝授されていないと言ったのは、真実だ。泰山府君の術は、晴明が編纂した金烏(きんう)玉兎(ぎょくと)集に納められている。しかし、それを読んだだけでは会得できない。晴明の駆使した全ての呪術を会得した後、更に過酷な修行が必要だ。


それに、泰山府君の術が、邪悪な妖怪に効果があるのかどうかも疑わしい。


「ふぅ…、やはり、そう言うか。だから、おまえの仲間の九字紋(くじもん)陰陽師をかっさらった。やつを人質にして泰山府君の術を使わそうと、足洗いに化けて手の込んだ芝居までしたんだ」


「へへん、茨木童子、もう人質は助けたぜ」

天空が、馬鹿にした調子で言った。


「そうだったな。仕方がない、泰山府君の術は諦めよう」

おやっ、やけに諦めが早いではないか、と天空は思った。


しかし、茨木童子は、続けて別の要求をしてきた。


「泰山府君の術は諦めるが、陰陽師、そこの小娘を俺にくれ」

そう言いながら、茨木童子は琥珀を指差した。


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