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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十二章 足洗い
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足洗い<5>

「ご老人の封印を解いたのは、誰だろう。なぜ、解いたのだろう」


晴茂は、首を傾げた。古狸(こり)が封印を解かれてこの世に出てくるだけなら、晴茂はそれ程問題にしなくてもよいと考えている。しかし、封印を解くにはそれだけの力を持っているものがいるはずだ。その力が邪悪であれば、これは問題だ。


白髪老人も封印を解いたのが誰かは分からないと言う。


「ご老人は、なぜそっちの狸に『足洗い』をさせたのですか。ご自分でやればよかったのでは、…」

琥珀が聞いた。


「けけけけ、お嬢さん、良い質問じゃ。わしらが封印されてから既に百五十年以上は経ている。その間に、古狸になって妖力を得た狸がいるんじゃ。そこの山を歩いただけで、この古狸を直ぐに見つけたんじゃからの。全国には沢山の古狸が妖力を持ってうろついておるはずじゃ。これらが、悪さをするかもしれん。


だから、わしは全国を回って、妖力を得た古狸に、妖怪としての生き方を教えねばならぬと思った。この御手洗家は、このものに継がせてな」


「それは、いい考え」

「そうじゃろ?けけけけ、…」


晴茂は、老人の封印を解いたものが誰か、それが心配だと言い、その老人に協力をお願いした。

「けけけけ、やはり安倍の陰陽師様は見上げたもんじゃ。あなたになら協力しますぞ。わしとて、封印を解いたものには興味があるでな」


 晴茂は、白髪老人の古狸に言った。

「この納屋の中を、あなたが自由になった時と同じ状態に戻してください。そこに何か手がかりがある」

「おお、そんなことはお安いご用だ」


老人は両手でポンと拍手した。四人の身体が宙に浮くと、納屋の中が変わってゆく。四人はいつの間にか薄汚れた板の間に座っていた。


「こんな感じでしたぞ、陰陽師様」

「先程の掛け軸は、…ご老人は掛け軸からどこに出てきたのでしょう」

「ええっと、掛け軸はじゃな、…、よいしょ、…」


白髪老人は立ち上って、納屋の奥に歩いて行く。晴茂も後に続いた。

「ほれ、あそこじゃ」


老人が指差す方を見ると、竹で編んだ大きな行李(こうり)の上に、掛け軸の木箱が蓋を開けて無造作に置かれている。そして、そこから落ちた格好で古狸が封じられていた掛け軸が広がっていた。


掛け軸が納められていた木箱の蓋は、封印を解いた者が開けたはずだ。手掛かりが残っているかもしれない。晴茂は、木箱に近づき雑念を捨てて探ってみた。妖気、霊気や呪術、法術の気配はない。晴茂は木箱を手に取り、元通りに蓋をした。


『おやっ?』 


この木箱は、蓋と身が合っていない。この手の木箱は、蓋と身が寸分の狂いもなく仕上げられ、固くもなくがたつきもなく勘合するはずだ。晴茂が手にした蓋と身はがたつきが大きい。


「どうやら、この木箱は蓋と身が違う。もしかすると別の木箱と取り違えたか、掛け軸は違う木箱に入っていたのかもしてない。掛け軸の木箱を探してくれ、琥珀」

「はい、晴茂様」


「ううん?そうかい。わしらも探してみよう」

しばらく四人で手分けして探していたが、古狸の男が声をあげた。

「ここに、掛け軸がいっぱいあるぞ」


入り口近くの小部屋行ってみると、大きな木の箱に掛け軸が沢山入っている。乱雑に丸められて入れられていることから、誰かが一幅ずつ中を確かめたようだ。その下に掛け軸を入れる木箱も乱雑に入っていた。


晴茂は気を集中した。微かだが妖気が残っている。晴茂は、慎重に妖気を探り当てた。そして、ひとつの木箱を取り上げた。

「これに妖気が残っている」

晴茂は、右手を箱にかざした。


「うん?これは、…」

皆が晴茂の次の言葉を待った。


「ご老人、これに触りましたか?」

「いいや、こんなところに掛け軸があるとは知らなかったぞ」

「あなたと同じ、古狸の妖気が残っています。この木箱の蓋は、…」


晴茂は、大きな木箱の上に手をかざした。しばらくすると、沢山の掛け軸の箱の中から、ひとつの蓋が晴茂の手に吸い上がって来た。


「これが、身と蓋ですね。両方に妖気が残っている」

晴茂は、蓋を閉じ、更に探った。


九字紋(くじもん)の封印が破られています。…、おそらくご老人が封じられていた掛け軸は、この木箱に入っていたのでしょう。ご老人、あなた方、古狸の中で九字紋の封印を解けるものはいますか?」


「ううーん、…そうじゃなあ、…芦屋家陰陽師の封印を解く古狸と言えば、…わしは聞いたことがないぞ」


「では、ご老人の知っている古狸の中で、一番妖力の強かったのは?」

「うん、それは『隠神(いぬがみ)刑部狸(ぎょうぶだぬき)』でしょうな。わしは会ったことはないが、尋常の妖術ではなかったと聞いておりますぞ」


「はあ、四国の八百八狸(はっぴゃくやだぬき)の大将と呼ばれる狸ですね。しかし、四国は遠い。刑部狸がここまでやって来るとは考え難いなあ。ご老人、この近くではおりませんか?」


「ふぅん、この近くのぉ。そうじゃ、茂林寺(もりんじ)の立派なお坊さん、ええっと守鶴(しゅかく)とかいったか、…数千年を生きた古狸だったと聞いておる。わしが古狸になるずっと前の話しじゃが、…」


分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)の話しですか?」

「おお、それそれ。その話しの古狸じゃ」


「あれは、群馬県のお寺か、近いなぁ。その守鶴というお坊さんは、どうなったのですか?」

「正体が狸だと知られたので、寺を出たはずじゃが、その後の足取りは知らんのぉ」

「数千年を生きた狸なら、九字紋結界を破れるかもしれない」


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