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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十二章 足洗い
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足洗い<4>

「よし、では御手洗家に行くぞ」

二人は、御手洗家の納屋に急いだ。


 御手洗家の納屋の前に立った二人は、依然として残る妖気を感じた。晴茂は納屋の外、琥珀は納屋の中を手分けして探索した。しかし、妖気の元となった妖怪の正体は不明だ。納屋の外にも所々に妖気があるのだが、その妖気を辿って行くと、途中で妖気がなくなっている。これでは妖気の正体を追えない。


晴茂は、納屋の中から琥珀の念に呼ばれた。行ってみると、琥珀が掛け軸を広げて眺めていた。琥珀は、その掛け軸が何か変だと言う。琥珀は掛け軸を両手でぶら下げて、晴茂に見せた。


古い墨絵の掛け軸だ。古すぎて描かれた墨絵が薄れているのだが、池のほとりにある岩と周りに繁る草木が描かれているようだ。そして、墨絵の中央には何も描かれていない。ぽっかりと真ん中が空いている。


「変でしょ、晴茂様。ここに何かが描かれていないと、掛け軸として成り立たない墨絵でしょ」

琥珀の指が、何も描かれていない墨絵の真ん中を指している。


「どこにあった?」

「あそこの棚に無造作に置かれていました。半開きで、…」


「妖気は、感じないが、…。そうだな、その墨絵から何かが飛び出たような、変な構図には違いない」


晴茂が、言い終わらない内に、琥珀が掛け軸を床に置いて、身構えた。晴茂も気配を感じていた。納屋の外に何かがいる。その方向を、晴茂が目で琥珀に合図した。そして、琥珀は納屋の屋根に行くように念を送った。琥珀が音もなく建物の梁から屋根に消えた。


 晴茂は、壁の隙間から外に出た。納屋の外には、白髪の老人が立っていた。その後ろに、やや若い男がいる。晴茂は、すぐに見破った。化け狸だ。


「うまく化けたな、古狸(ふるだぬき)。僕には通用せん」

古狸も、晴茂の呪力を悟った。ピョンと白髪老人が飛び、着地すると狸の姿に戻った。後ろの男も、狸に戻った。


「どちら様でしょうか。すぐに見破られるとは、…初めてです」

「僕は、陰陽師 安倍晴茂です。琥珀、降りろ」


琥珀が屋根から晴茂の後ろに降りた。

「これは、僕の式神 琥珀」


「おやおや、もうひとりおりましたか。気が付きませんだ。安倍の陰陽師様ですか」

なかなか胆の座った古狸だ。屋根から琥珀が突然降りても動じない。それに妖気も強い。おそらく、納屋に潜んでいたのは、この古狸だろう。


「化け狸、別の陰陽師をさらって、閉じ込めていただろう」

「はて?あのお方は陰陽師様?でございましたか。それで、この狸の妖気に気が付いたのですな。それは失礼をしました。しかしながら、閉じ込めてはおりませんぞ、いつでも逃げだせるようにしておきました」


「はははは、言われる通りだ」

この狸たちには、やはり邪気はない。晴茂は、そう感じた。人間と共存できる妖怪だ。


「で、…古狸、名前はあるのか?」

「いやいや、狸に名前なんぞありませんよ。この御手洗家の人々は、『ご隠居』と呼んでおりましたぞ」

「そうですか、それはいい名前だ、『ご隠居』ですか。この家に()りついた『足洗』だな」


「こんな所で立ち話も何ですから、まあ、納屋へ入りましょうぞ」

そう言って、古狸たちは納屋へ入って行った。晴茂と琥珀も後を追った。


 納屋に入ってみると、今まで乱雑だった納屋の中が綺麗に片付き、掃除までされている。そして、二匹の古狸は白髪の老人と男に化身していた。『まあまあ、どうぞ、どうぞ』と、まるで自宅のように、白髪老人は晴茂と琥珀に座布団を勧めてくれた。


晴茂は、この古狸の妖力に感心した。圭介が手玉に取られてしまったのも頷ける。

「ご老人、大した妖術です。驚きました」


「けけけけ、いやあなあに、安倍の陰陽師様に褒められると、どこかに隠れたいですぞ」

「ご老人は、昔からこの御手洗家に棲んでいたのですか」


「はいはい、古狸になって妖術が使えるようになってから、この御手洗家に棲み、色々とお助けしました。随分と長い間、御手洗家は繁盛しましたが、江戸時代の末期にあなた様と同じ呪術使いに見つかりました。その呪術使いは、その頃、全国の古狸を封じるのを生き甲斐にしておったようで、ほとんどの古狸が、根絶やしに封じられました」


「では、呪術使いを恨んでいるのですね」


「いやいや、恨んではおりませんでな。その頃は、幕府と薩長藩が戦をするとか、異国の輩が黒船でやって来りして難しい世の中でした。わしら古狸には生き難い時代だったのですよ。まあ、古狸がみんな異界に封じられて、戦の巻き添えで殺されるよりは、かえってわしらには良かったかもしれません」


「そんな時代ですか。幕末ですね。その異界から、いつ、どのように戻られたのですか」

「けけけけ、それがよく分からないのじゃ。わしは、…おい、あの掛け軸を、…」


白髪の老人は、男に手で合図をした。男は、棚から例の掛け軸を持って来て、その場に広げた。

「その墨絵の中に封じられていたのですか」

「おや、この掛け軸は、もうご存知でしたか、けけけけ、流石ですな」


「その掛け軸の墨絵に封じたとなると、相当の呪術。その者は、やはり芦屋家の陰陽師か」


「はいはい、ここにさらって来た男と同じ呪術です。九字紋呪術でしたかの。こっちの男は、最近になって化け狸になったのでな、そこらの山をうろついていたのを、わしが誘ってここへ連れて来た」


白髪老人は、和やかに話している。芦屋家と違って、安倍家はむやみに妖怪と争わない。それを、この古狸は知っているようだ。


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