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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十一章 一言主
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一言主<24>

 晴茂は、洞窟を奥に進んだ。一番奥に大きな岩の壁がある。晴茂は、この岩に一言主(ひとことぬし)は呑み込まれたと気付いていた。晴茂は、その前に立ち、印を切り呪文を唱えた。琥珀、天空(てんくう)天后(てんこう)が後ろで控えた。大きな岩に薄い光が浮き出た。そして、それは一言主の姿になった。


「一言主様」

「誰じゃ」

「安倍陰陽師、晴茂といいます」


「ふうん、晴茂とな。ここに封じられてから初めてわしを呼び出したのが、葛城(かつらぎ)族の子孫とは因縁じゃ」


「僕は、一言主様の封印を解こうと考えましたが、封印を解いてはならんと言う者もおります。そこで、一言主様のご意思を聞きたく、お呼びしました」


「ほほほほ、封印を解くなと言う者がおるか。わしを封じた銀杏(いちょう)の木がそのひとつじゃ。更に、わしに刃向った葛城族の者たちも封印を解くなと言うであろう。ほほほほ、そうであろう」

「はい、その通りです、一言主様」


「この洞窟を守っておった銀杏の木が、晴茂、おまえに封じられておるであろう。銀杏の木に会わせてくれぬか」

「お会いになりますか。分かりました」


晴茂は、琥珀に指示し、餓鬼坊(がきぼう)を連れて来させた。


餓鬼坊は、一言主の前で平伏したまま動かない。


乳銀杏(ちちいちょう)よ、久しいのう」

「はい、…」


「日ごとに顔を会わせておった仲ではないか。そんなに(へりくだ)らなくてもよい。

おまえに封じられたことを恨んでもいないし、怒ってもいない。当然のことだったと思っている」


「一言主様、…」

押し殺した声を発して、餓鬼坊は恐る恐る顔を上げた。


「乳銀杏よ、わしはこのままでよい。ここに封じられたままでよい。おまえたちが案じる通りじゃ。おまえが退けた者どもは、わしを利用しようとして封印を解きに来た。よく分かっている。このままでよい」

「一言主様、…」


「乳銀杏、これからもわしを守ってくれ。ここで守ってくれ」

「一言主様、…わたしの力はもう削がれました。お守りする力はありません」


「ほほほほ、黒水晶か。そんなものは必要ない。おまえに神通力を与える」


一言主の目が、黄色く光った。その光が包んでいる五芒星で火花を散らしながら餓鬼坊に届いた。隔離の五芒星をすり抜けたのだ。晴茂は、これが神通力か、と感心した。


「ほほほほ、驚かせたか、陰陽師。五芒星という術は、元々葛城族の神々が持っていた力だ。何ものも侵せない強力なものだが、葛城の神には通用せぬぞ。さて、陰陽師、五芒星を解いてやってくれ」


「分かりました」

晴茂は、呪文を飛ばし五芒星を解いた。


「立て、乳銀杏。陰陽師、よく聞け。わしは、言い放つ」

餓鬼坊は、立ち上って頭を垂れた。


「”一言主は、ここに封じたままで置くのだ”」


ひと際低く、響く声で一言主は言い放った。その言葉は、直接、晴茂の心に突き刺さって来た。晴茂も、自然に頭を下げた。


「さて、陰陽師 晴茂、そこに控える娘の手には、土蜘蛛の杖が握られている。それは、元の場所に戻しておいた方がよい。さもなくば、その娘に災いが起る」

「えっ、…」

琥珀は、土蜘蛛の杖を握り絞めた。


「ほほほほ、式神、その杖が気に入ったようじゃが、それは葛城族代々の神が持つものだ。おまえが持ってはいかん」

心に響く声に、琥珀以下全員は頭を垂れた。


「ほほほほ、…」

一言主の笑い声が遠のいていった。頭を上げると、既にその姿は消えていた。


晴茂は、餓鬼坊に言った。

「では、我々も消える。餓鬼坊、一言主を頼みます」

餓鬼坊は、晴茂に頭を下げた。


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