一言主<23>
琥珀は洞窟の入り口に飛んだ。天空も後を追う。ふたりを見た晴茂は、岩に呑み込まれた姿で笑っていた。
「天空、天空剣で岩を突け!呪いが解ける。」
天空は、天空剣を銀色に光らせると、晴茂の頭の上の岩に剣を突き刺した。岩が赤く光る。と同時に晴茂の身体が岩からするっと抜け出た。
「次は、天后だ」
そう言うと晴茂は、洞窟の奥へ飛んだ。岩壁を探った晴茂は、天空にここを突けと指示をした。銀色に輝く天空剣が岩を突き刺す。天后が岩から抜け出た。
「さて、次は餓鬼坊だな」
三人は、洞窟の奥に飛んだ。五芒星に隔離した餓鬼坊に晴茂が話しかけた。
「餓鬼坊どうした、おまえの術が破られたのが信じられないか?」
「…」
餓鬼坊は、晴茂を見上げた。
「餓鬼坊、おまえが役小角を滅ぼしたのは分からないでもないが、なぜ一言主を封じた?」
「ふんっ、おれ様に従わなかったからだ!」
「そんな単純な話ではないだろう。土蜘蛛の塚の老人に唆されたのか?」
「…」
「やはりそうか。餓鬼坊、いや、…乳銀杏の化身」
何と?天空、琥珀、それに天后は、晴茂の言葉に驚いた。
餓鬼坊は、川童の大将ではないのか。
「は、晴茂様、こいつは、銀杏の木の化身ですか?」
天空が声をあげた。
「そうだ。役小角に切り倒された葛城一言主神社のご神木、乳銀杏の化身だ。そうだな、餓鬼坊」
「…?なぜ、…それが分かった?」
「餓鬼坊、おまえの術で、安倍家の五芒星が簡単に破れたと考えたのが間違いだ。おまえの罠にわざと嵌まり、おまえの近くで素性を探っていた」
「なっ?…そんな、…はずは、…」
「それに、…正直に言うと、黒水晶の在処も分からなかったので、おまえの近くに行きたかった。もし、黒水晶をおまえが持たず、別の所にあるとすると、おまえを倒しても厄介なことが残る。そう思ってな」
「…」
「餓鬼坊、おまえは切り倒されたとはいえ、ご神木だ。その威光は消えない。例え黒水晶の仙力で隠してもな。しかし、一言主神社で土蜘蛛の老人から、役小角が乳銀杏を切り倒したと聞かされなかったら、その正体は分からなかったかもしれない」
「そうか、陰陽師。見事だ」
「一言主を封じたのは、土蜘蛛の塚の老人と同じ考えか?」
「そうだ。一言主は、自分の言葉に呪縛される。もし、解き放てば、一言主はこれからも同じ災いを起こす」
「善も悪も一言で言い放つ神ゆえに、それが世の中を乱すと言うのか。…、おまえが、側にいてもか?」
「うぅん?どういうことだ?」
「おまえは、ご神木だろう。一言主の言い放った言葉を、噛み砕いて修正するのは無理か」
「あの土蜘蛛老人のようにか?それは無理だ。あの老人も、それでしくじった。陰陽師よ、なぜ一言主を解き放ちたいのだ?
おれが封じて、それを長年守ってきた。様々な者が、一言主を解き放とうとこの洞窟にやって来たが、おれが退けた。解き放ちたい者の理由は、一言主を利用したいだけだ。一言主の持つ言葉の威力を利用したいだけなのだ。
陰陽師、一言主を利用するつもりか」
「いいや、そんな意図はない。一言主は、役小角に理不尽にも封じられたと聞いたので、それなら解き放とうと考えたまでだ」
「それは、逆だ、陰陽師。役小角は、一言主を利用しようとしていた。自分の欲の為にな。だから、役小角を滅ぼした。そして、一言主を誰にも利用させないように、封じた。それが真実だ」
「なぜ、河童の足に呪いをかけた?あれも、おまえの仕業か。川童との関係も知りたい」
「河童?ああ、あの河童か。ここは修験者の聖地だ。修験者といえば役小角だとなっている。だから、役の式神である川童の姿がこの場所にふさわしいと考え、その姿で通してきた。
いつの間にか、本物の川童がおれのことを大将と呼ぶようになってしまった。それは別にどうでもよいのだが、…。
あの河童は、この洞窟を住処にしようとした。ここを住処にされては困るので、足に呪いをかけて、雷獣に知らせてやった。そして、川童の連中には、逃げる河童を匿うように頼んだ。そうしたら、雷獣が河童だけでなく川童まで目の敵にしたようだ。雷獣は、そんな気性だ。その後、どうなったか知らないぞ」
「何を言ってるんだ、その後、我々が天神に会って、河童を助けたんだぞ」
天空が言った。
「そうだったのか。それは、悪いことをした。河童には恨みはなかったが、…」
餓鬼坊の言っていることは本当のようだ。一言主を封じたのも、正統な理由がある。しかも、この餓鬼坊は一言主神社のご神木である。邪悪なものではない。晴茂は、迷った。一言主が封じられて既に千年を過ぎたのだ。今更、一言主を解き放ったところで仕方がないかもしれない。
「餓鬼坊、よく分かった。一言主をどうするか、本人に聞いてみようか」
「なにっ?一言主に聞くのか?…それもいいが、…そうだな、聞いてみてくれ。おれも既に捕らわれの身だ。何もできない」
「では、そうしよう。どこに封じた?」
「はははは、陰陽師。もう既に知っているのだろう?おれに聞くな。それに、おれはここに置いておけ。一言主に、会す顔は持たんぞ」




