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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第一章 予兆
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予兆<2>

 翌朝、十時過ぎ、晴茂は車の助手席に冴子を乗せて隣町へ向かった。隣町といえども、山奥の町だ。ひとつ山を越えなければいけない。晴茂たちの村よりは随分と大きい町だ。


 今日の冴子は、さすがに薄らと化粧をし、若い女性らしい身だしなみだ。相変わらず気温は暖かい。冴子はダウンの上着は持ってきたが、車の中では着る必要もない。晴茂は薄手のジャケットの下にはやはり半袖のポロシャツだ。


晴茂は京都の話を、冴子は東京の話をしつつ車は山を越えた。


幸いにも、見ている物が消える例の症状は、運転中には起こったことがない。本を読んだり、勉強をしたり、スポーツをしたり、要は何かに集中している時には起こらないのだ。リラックスしてゆったりしている時によく起るのだと晴茂は感じていた。


「えっと、この辺りだったっけ」

隣町に入って、晴茂は、山田俊夫の家を探して記憶を辿っていた。

「ほら、あそこの電気屋さんの角を曲がるんだよ」

一度か二度しか来ていないのに、よく覚えているなあと晴茂は感心した。


 角を曲がってしばらく行くと、広場がある。広場に沿って進んだ。

「あの家だったね」

晴茂は、山田家の向かいの広場の片隅に駐車しながら、つぶやいた。二人は車から降りて山田俊夫の家に向かった。


その時、山田家の屋根にあるりっぱな鬼瓦の後ろに、何か異様なものが見えた。


「あっ!」


晴茂が声を出し立ち止まったので、冴子も晴茂の視線の方向を見た。しかし、何も驚くような光景はない。晴茂はまだ家の屋根を見つめている。

「どうしたの?」


 晴茂は、鬼瓦の後ろで白い物体がこちらを向いて睨んでいるのを見たのだ。いや、物体ではない。全身に白い着物を着て、顔がのっぺらぼうの白いてるてる坊主のようだった。のっぺらぼうだから目も口もないのだが、晴茂にはこちらを睨んでいる目を確かに感じた。その白い坊主は、冴子の声と共に、すっと消えていった。大きさは鬼瓦の二倍くらいの背丈だった。晴茂は、自分の目を擦った。


「何?どうしたの?」

もう一度聞くと、冴子は晴茂の顔を見上げた。

「いや、何でもない」

晴茂は、とうとう自分の頭がおかしくなったと感じた。物が消えたり、ない物が見えたり…。別に疲れている訳でもない。


 しかし、今のは何だ。幻覚にしては、やけにはっきりしていた。あんなものは、本や写真でも見た覚えがない。しかも生き物であることは間違いがない、生気があったと思う。心配そうに見つめる冴子の顔を見て、晴茂はにこっと笑って見せた。


 山田家では俊夫の母親が応対をしてくれた。仏前に手を合わせ、俊夫と遊んだ時代の話をした。俊夫の母親は、目に涙を浮かべながら、聞いていた。冴子も、涙ぐんでいる。母親の憔悴(しょうすい)した様子を見るにつけ、慰めにかける言葉も見つからない二人だった。


 山田家を出て、駐車している車のドアを開けながら、晴茂は屋根をもう一度振り返って見上げた。鬼瓦の付近に何もいない。やはり幻覚症状だったのか。


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