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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十一章 一言主
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一言主<21>

 ちょうどその時、琥珀と天空(てんくう)が洞窟に近づいていた。天空は、洞窟内での異変に気付いた。

「待て、琥珀。洞窟内で異様な気が復活している」


琥珀にもそれが分かった。ここを離れる時、琥珀が洞窟に入れなかった異様な気が消えたのだが、今は再び吐き気をもよおす気が洞窟から出ている。


ふたりは直ぐに何かが洞窟内で起っていると感じた。

「琥珀、ここで待て。おれが行ってみる」


琥珀は頷いて身を潜めた。天空が洞窟に入って行った。直ぐに天空の目に入ったのは、岩にめり込んでいる晴茂の姿だ。これは、どういう事だ。天空は身構えながら、少しずつ晴茂に近づいて行った。


 天空に洞窟の異様な気が容赦なく降り注いでいる。天空は、天空剣を握る手に力を込めた。晴茂は目を閉じている。晴茂の気配が一切ない。ただ岩にめり込んだ晴茂が見えるだけだ。突然、天空の心に晴茂の言葉が響いた。


『天空、来るな!飛べ、すぐ洞窟を出ろ!』


天空は晴茂の声で反射的に出口に飛んだ。その後を餓鬼坊(がきぼう)の放った邪悪な波動が追う。


間一髪で天空は波動を受けずに、洞窟から転がり出た。身を伏せた天空の上を、波動が通り過ぎて行った。この世のものとも思えぬ邪悪な波動だ。

琥珀は、天空が洞窟から転がり出たのを見た。そして、圧倒的な迫力の空気の揺れを感じた。


 琥珀は、直ぐに天空の許へ飛んだ。

「なに、今のは?何があった?」


「晴茂様が、捕らわれた。琥珀、あっちへ行こう」

「えっ!晴茂様が捕まった?」

そう言って洞窟の中を見る琥珀の手を引っ張って、天空は物陰まで飛んだ。


「晴茂様が岩に呑み込まれている。晴茂様が、洞窟から出ろと言った。どうなっているんだ。天后は、どうしたんだ。いなかったぞ。以前より洞窟内の気は強い」


「岩に、…呑み込まれている?晴茂様が、…助けなければ、…」

天空の手を振りほどき洞窟へ行こうとする琥珀を、天空は辛うじて止めた。


「待て、待て!琥珀。状況が分からないまま飛び込めば、おれ達も同じことになる。晴茂様は、一切の気配を消していた。きっと何かを探っているんだ。琥珀、おまえも一切の雑念を消して、その心で晴茂様を呼べ。きっと答えてくれるはず」


琥珀は、天空の言葉に従い、気を静めて晴茂を呼んだ。


しかし、晴茂が心配で、晴茂を助けねばという雑念が拭えない。こんな状況で一切の雑念を払えと言われても無理だ、琥珀は焦った。手が震えている。考えもまとまらない。その様子を見ていた天空が言った。


「琥珀、おれ達が晴茂様を助けるのは当たり前だ。そのために、晴茂様の心におまえの心を重ねるんだ。晴茂様は、こんな状況でも敵の弱点を探って一切の気配を断っておられる。向うからおまえの心に念は届かない。こちらから働きかけるしかない。おまえなら、できる。これを握れ、おれと一緒に、この天空剣を握れ!」


 琥珀は、天空剣の柄を握った。手の震えが止まらない。琥珀の手の上から天空の両手が重なった。天空は、天空剣に最大の念を送った。


『天空剣、琥珀の心を無にしてくれ!』 


天空は、琥珀の手の上から天空剣に気を送り続けた。天空剣が答えた。剣身が銀色に輝き出した。そしてその変化は柄に及んだ。


琥珀は、はっとした。


握っている天空剣が、暖かい。心地よい暖かさだ。天空剣の生気が琥珀に伝わってくる。その生気の中で、琥珀の心が静まってゆく。雑念が、すっと引いてゆく。天空剣は今や銀色に眩しく輝いている。天空剣の奥義だ。


 無心になって天空剣を振るえば、無が有を切り裂く。


琥珀が晴茂の心を呼んだ。琥珀の心の中に晴茂が現れた。いや、晴茂が現れたのではない、晴茂の心が琥珀の心と一体化した。不思議な感覚だ。琥珀は、はっとして天空剣から手を離した。一瞬の出来事だ。晴茂の全てが見えた気がした。


「どうだ、何が分かった、琥珀」

「…」


琥珀は、放心している。あの感覚は、…何だろう、…晴茂と同じ心を共有したのか、…この世では味わえない安心感と満足感と高揚感と、一種の…エクスタシーだった。


「琥珀っ!琥珀」

天空が、そう呼びながら琥珀の肩を揺すっていた。やっと琥珀は我に返った。


餓鬼坊(がきぼう)が黒水晶を持っているはず、だが、それが見えない。それから、…役小角(えんのこづぬ)は餓鬼坊に殺された。黒水晶の仙力を餓鬼坊から外せば、かけられた術は簡単に破れる。

ええっと、…天后が岩に呑まれた。仙術は手品のようなものだと天后が言っていたから、見破ることができれば、仙術には大きな力はないはず。えっと、…」


琥珀は、晴茂と心が重なって心が見えたのだ。晴茂が理路整然と琥珀に話した訳ではない。琥珀が、晴茂の心を整理しなければ、話としてつながらない。琥珀は、晴茂の心を整理した。しばらく沈黙していた琥珀が、おもむろに天空に話し始めた。


「天空さん。餓鬼坊は仙力の源になる黒水晶を所持しています。それが、餓鬼坊の妖術、呪術の力を倍増させ、しかもカモフラージュさせています。天后さんが言っていた手品のような働きを黒水晶が担っています。


それを見破るためには、人間本来の五感では無理のようです。人の五感以外で感じる必要がある。それは、天空さんの…、天空剣とわたしの持つ土蜘蛛(つちぐも)の杖だ、と晴茂様は考えています。


そして、まず餓鬼坊から黒水晶を取り上げる。そうすれば、餓鬼坊の妖力はそれ程強くないと晴茂様は考えています。洞窟に埋め込まれた黒水晶は、天后さんが発見して封印したので、洞窟の呪いは既に強くない。…とりあえず、今やることは黒水晶を餓鬼坊から外すことです」


「そうか、なる程、よし黒水晶を探そう、琥珀」

「でも、この土蜘蛛の杖って、どうやって使うのか、…よく分からないよ、…」


「さっき、天空剣でやっただろう。琥珀、心を無にしてその杖を持てば、土蜘蛛の杖が自然に導いてくれるはずだ。その杖がどんな力を持つのか知らないが、晴茂様がその杖は尋常の杖ではないと思われているんだ。やってみろ、琥珀。無心でその杖と向き合え!」


 天空に促されて、琥珀は土蜘蛛の杖を正眼に構え無心を造った。雑念を払い、心を無に、杖を持つ手に全神経を集中した。すると、どこからともなく晴茂の声が、琥珀の心に届いた。


『琥珀、土蜘蛛の杖に集中するな!逆だ!心を空っぽにするんだ』 


琥珀は、杖を握る手からも集中を解いた。身体が宙に浮かびはじめた感覚だ。ふわふわと、自分の身体さえ感じない。何も感じない。そんな時間が過ぎてゆく。天空は、琥珀の持つ土蜘蛛の杖が僅かに黄色く輝くのを見た。これは、…天空剣と同じだ。土蜘蛛の杖が持つ魔力が、持ち主の琥珀に流れる。そして、また、琥珀の気が土蜘蛛の杖に注がれる。この杖は、…本来の持ち主を見つけたようだと、天空は感じた。


 琥珀と土蜘蛛の杖の気力が相乗効果を生み、無敵の杖に変わっていく。この杖の気迫なら、天空剣をも跳ね返すかもしれないと感じたほどだ。もしかすると琥珀に与えてはいけない物を与えたのではないだろうか、と天空に不安が()ぎった。目を開けた琥珀の顔は、自信に満ちていた。


「こ…この…杖、何なの?これ…凄い」


「よし、琥珀、洞窟へ入るぞ。全てを土蜘蛛の杖を通じて感じるんだ。人間の五感は働かせるな」


ふたりは天空剣と土蜘蛛の杖を構えて洞窟に入った。


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