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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十一章 一言主
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一言主<4>

 晴茂は洞窟を進んだ。進んだといっても、立っては進めない。四つん這いで進んだ。やや行くと天井に大きな割れ目がある。そこでは中腰位の体勢になれた。修験者(しゅげんじゃ)も大変だと思いつつ、更に進むと、晴茂の目に光るものが見えた。いや、実際に光っているのではない。晴茂の心が捕えた光だ。


晴茂の先は、洞穴が右に曲がっているのだが、その正面の岩にその光はある。しかも、光は二個あるのに気付いた。晴茂は、その光に集中した。

『こ、これは、…』

晴茂の心に、その二個の光が語りかけて来るではないか。


『わたしは、天河大弁財天(てんかわだいべんざいてん)の化身です。あなたは、わたしにかけられた封印を解けますか?』


弱々しいが清らかな女性の声だ。弁財天(べんざいてん)の化身だと?そういえば、弁財天の化身は白蛇だ。この洞窟に棲んだのは、弁財天の化身である大蛇だったのか。


『あなたは伝説に出てくる、聖宝大師(しょうぼうだいし)に封じられた大蛇ですか。その弁財天の化身が、なぜ封じられなければならなかったのか?本当に聖宝大師が封じたのか?詳しい経緯を教えてください』


晴茂は、弁財天の化身と名乗った光に、念を送って聞いた。


『わたしは封印されているので、多くを話せません。天川(てんかわ)村の、…大弁天社(だいべんてんしゃ)を訪ねられよ。頼み…ま…すぞ…』


弱々しい声は、精一杯にふり絞ってそう言うと、途絶えた。二個の光も消えた。


 あのパンフレットの伝説は本当に起こったことだったのか。ここに大弁財天の化身である大蛇が封じられているのか。しかし、仏法を守る役目であり、邪悪でもない弁天の化身が封印されたとは、いかなる理由だったのだろう。


 晴茂は、洞窟の中をくまなく探索したが、他に変わった様子はない。ただ、ひとつ分かったことがある。琥珀が圧倒されると言うこの洞窟にある気は、洞窟内部で一様に満ちていることだ。どこかの場所が強いとか弱いとかはないのだ。


晴茂の理解では、普通に何かを封じ込めようとする時は、その対象となるものが存在する場所が最も強い気力として残るはずだ。これほどまでに洞窟全体の気力を強くする必要はないし、均一にする必要もない。


何故そんな封印のかけ方をしたのだろう。謎は深まるばかりだ。兎に角、天河大弁財天社へ行ってみよう。晴茂は洞窟を出て、琥珀を伴って天川村へ飛んだ。


 天河弁財天は開帳されていない。六十六年に一度だけ開帳されるようだ。晴茂は、神社屋の屋根に登り、天河弁財天の接触を待った。蟷螂(とうろう)の岩屋にいる弁財天の化身は封じられているのだから、天川村まで晴茂が来たことは伝わってはいないだろう。晴茂の方から天河弁財天に働きかけるしかない。


 晴茂は呪文を唱えながら、念を送った。この天河神社境内のどこに弁財天はいるのだろうか。琥珀は、地上にいる。境内の隅で身を潜め異常に備えている。暫く念を送り続けた晴茂の首が、後ろからふいに掴まれた。


恐ろしく強い力だ。指が首に巻き付いている。晴茂は振り向こうとしたが、びくとも首を動かせない。このまま締め上げられてはひとたまりもない。晴茂は観念し、雑念を払った。呪文を唱え、念を送り続けた。晴茂に、弁財天の声が後ろから聞こえた。


『ここから、南東に進め。ひと際高い杉の木の下で会おうぞ』


言葉が終わると首に巻き付いていた指が外れた。ゆっくりと振り向いた晴茂は、風に棚引く弁財天の絹衣を微かに感じた。


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