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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十一章 一言主
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一言主<3>

 琥珀が龍泉寺(りゅうせんじ)へ戻ると、既に晴茂が例の龍の口の前にいた。

「晴茂様、山の方はどうでしたか?」

「そうだな、異様な修験者は見つからなかった。別に気になる所もなかったよ。そっちは?」


「はい、蟷螂(とうろう)の岩屋に行ってきました。この観光パンフレットに伝説が書いてあります」

琥珀はパンフレットを晴茂に渡した。


「ほおぉ、大蛇を法力で封じたのか」

琥珀は、蟷螂の岩屋での出来事を話した。


「琥珀が気に圧倒されて、洞窟に入れなかったのか。それは、凄い。法力が満ちていたのか?」

「法力なら、鞍馬の天狗、僧正坊(そうせいぼう)の力を知っています。あれは、琥珀が知っている法力ではありません」


「そうか。でも、あの時も、琥珀は僧正坊の法力で足がすくんでしまい、動けなかったぞ」


「もうっ!晴茂様。あの時の琥珀とは違います」

「あははは、ごめん、ごめん。洞窟の気は天狗の法力ではないと言うのだな」

「はい、晴茂様」


「別の法力か、例えばこの聖宝大師(しょうぼうだいし)の法力のような…。大蛇を封じたのが事実で、今もその力が続いているのなら、千年以上持ち堪えている法力と言うことだ。

一言主(ひとことぬし)にかけられた役小角(えんのこづぬ)の呪いも千年以上続いているといわれる」


「それに、…」


琥珀は見失った黒い影の話をした。


川童(かわわらわ)か」

「はい、確認できていませんが、おそらく川童だろうと思います」


「この付近にも川童は生息しているのか。よし、今夜その岩屋に行ってみよう」


 陽が暮れてから晴茂と琥珀は蟷螂(とうろう)の岩屋へ飛んだ。さすがに夜は、洞窟の入り口が不気味に見える。ふたりにとって明暗は関係がないが、辺りは結構暗い。洞窟の前で、昼間に琥珀がやったように、晴茂が腰を屈めて中を見た。


「うん。確かに強い力を感じる。これは、…?」


「そうでしょう?晴茂様は、大丈夫ですか?圧倒されませんか?」

「邪悪なものではない。これは、おそらく…仏…の、気か?」


「仏?」

「仏の気なら、法力ではないのですか?」


「法力は、仏に帰依して修行を重ねた者が得る力だ。元々の仏の力ではない」

「では、この洞窟には、本物の仏の力が満ちているのですか?」


「ああ、そうかもしれない」

「へえ…。仏の気が、なぜ琥珀には強過ぎるのかしら?別に悪いことしてないのに、…」


「それは分からない。中へ入ってみよう。琥珀、入れそうか?」


「いいえ、晴茂様、無理だと思う。途中で、琥珀が(つぶ)れそうです」

「そうか。では、ここで見張っていてくれ。何かあれば、念で知らせるのだぞ」


 晴茂は、なぜ琥珀がこの洞窟に満ちている気力に耐えられないのか、ぼんやりと分かった。


もし、大蛇を封じた伝説が事実なら、この仏の気らしきものは、大蛇を封じている力なのだろう。聖宝大師(しょうぼうだいし)が、仏にすがって大蛇を封じた力は、おそらくこの様なものに違いない。


そして、その気は、蜘蛛を体内に持つ琥珀にとっても身体の自由を奪う力になり得る。琥珀の身体が、そのことを無意識に感じているのだ、と晴茂は思った。


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