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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第一章 予兆
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予兆<18>

 二人は元の川岸まで戻ると、天后と合流した。そして、三人は気配を消すと、天后に案内されて九尾が見える場所に移動した。九尾のキツネは純白の長い毛をしている。小さな洞穴(ほらあな)で眠っているのが見えた。

「おまえ達は、これ以上九尾に近づくな」


そう言い残すと晴茂は、すっと空中を舞って九尾に近づいた。右手に呪文を吐くと、鬼火が出た。朱雀の鬼火だ。沢山の鬼火が九尾に向かって飛んだ。異変に気が付いた九尾は、洞穴を出ると、妖気を吐いた。妖気に阻まれて鬼火が止まった。九尾は辺りを探っている。


三方から灼熱の炎の玉が九尾を目がけて飛んでくる。晴茂が放った騰蛇(とうだ)の火術だ。九尾は、すっと難なくこれらの炎を避けた。九尾が居た場所の大地が黒く焦げた。しかし、炎は絶えることなく九尾をめがけて飛んでくる。九尾は炎の来ない方向に走り出した。晴茂が罠を仕掛けた方角だ。騰蛇の炎を、朱雀の翼で起こした風で操る。九尾はぴょんぴょんと炎をかわすしながら走った。晴茂は、うまく追い込んでいるなと思いながら、九尾を追いかけた。

「もうすぐ滝だ。あそこへ追い込めば成功だ」


 九尾と晴茂が見えなくなると、残された天后と琥珀は、お互いの顔を見合わせていた。天后は、無生物に生気を吹き込まれただけの下級の式神のくせに、生意気な琥珀を好ましく思えない。琥珀は、自分はどうしても下級の式神とは思えない気がする。天后なんかに負けないと思っている。だから晴茂に石に戻れと言われても、戻りたくなかった。先に動いたのは琥珀だった。晴茂の後を追った。それに遅れじと、天后も続いた。


 九尾は滝まで来た。高い崖だ、しかも、この崖は、なにか怪しいと感じた。滝を背に九尾は強い妖気を出した。飛んでくる炎は、その妖気で九尾まで届かない。晴茂が追いつき、九尾と対峙した。


 晴茂は呪文を唱えると、右手から青龍(せいりゅう)の稲妻を投げた。それを九尾は高く飛んで避けた。そして、空中で一回転し地上に降り立った時には、九体の九尾に分身していた。晴茂は、真ん中と左右の端の九尾に稲妻を飛ばした。狙われた九尾は高く飛んで、稲妻を避ける。そして一回転して降り立った時には、それぞれがまた九体に分身する。『なに?これでは(らち)があかない』と、晴茂は気を集中する。本物の九尾はどれだ。


九尾の狐は、すでに三十体を超えて分身している。そして分身した九尾は、一斉に晴茂を目がけて妖気の玉を飛ばした。晴茂も宙に舞ってそれを避けた。晴茂がいた場所の岩や木々が粉々に砕け散った。相当な妖力だ。


 九尾からは次々と妖気が飛んでくる。これでは晴茂も気を集中して本物を見分けられない。晴茂は九尾が発する妖気の玉を避けながら、玄武(げんぶ)の水術を使った。滝の水量が一気に増え、分身した九尾を呑み込んだ。そして、高波となって地上に叩きつけた。


九尾の妖気が弱まった。分身の術が解けて本物の九尾だけとなった。『よし、今だ!』と晴茂が白虎(びゃっこ)の光線を使おうとした時、左前方の草むらで音がした。見ると琥珀だ。その後ろ遠く離れた場所に天后がいる。『いかん、琥珀は近づき過ぎている』と晴茂は護身の五芒星を飛ばした。


 しかし、晴茂が琥珀に気付くと同時に九尾も琥珀に気付いていた。九尾は妖気を琥珀に飛ばした。琥珀は晴茂よりも九尾に近い場所にいた。護身の五芒星より九尾の妖気が先に琥珀をとらえた。琥珀は全身に妖気の玉を受け飛ばされて倒れた。琥珀は全身がみしみしと痛むのを感じながら意識を無くした。


九尾の妖気は晴茂にも向かってくる。琥珀に気を取られていた晴茂は、その妖気を避けるのが一瞬遅れた。妖気は、晴茂の右手をかすめた。『うっ!』晴茂の右手は、妖気を受け(しび)れた。晴茂は岩の陰に隠れると、天后に言った。

「天后、琥珀を守れ!」


 天后は、倒れた琥珀を引きずって九尾から離すと、滝の水を呼び込み冬の冷気で凍らせて、氷の塀で囲った。水神であり冬を司る天后の秘術だ。これで、妖気は防げる。


天后は琥珀を見た。琥珀の生気が弱まっている。『馬鹿だね、おまえは。意地を張って、わたしを追い抜いて行くからだ。おまえの生気が強ければ、妖気で琥珀石が粉々にならない限り、助かるからね。大丈夫だ』と、天后は呟いた。


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