予兆<17>
晴茂は食事を済ませると、木々を渡り御栗山へ飛んだ。軽い身のこなしで琥珀が後に従った。御栗山の中腹にある松の大樹の枝に二人は降り立った。『ここだな』と、晴茂は気を集中した。確かに九尾の妖気が残っている。
「琥珀、どう感じるか?」
「はい、妖気を感じます。でも、さほど悪い妖気ではありません」
『うぅん』と晴茂は頷いた。琥珀は自然の中に長年埋もれていた石なのだから、晴茂より妖気の邪悪さを強く感じるはずだ。何故だ、九尾の妖気には邪悪さが少ない。これも人を欺く妖術なのか。二人は松の枝から飛び降りた。
そこには六合が待っていた。
「晴茂様、どのように仕留めましょう」
「そうだな、まずは妖気を追いかけて九尾を見つけよう」
「九尾の妖術は並ではありませんぞ。晴茂様でも互角の戦になるかもしれません」
「ああ、分かっている。九尾を破滅させるのが目的ではない。封じ込めればいい。六合、平和を司るおまえとしては、戦いはしたくないだろう」
「いやはや、恐れ入りました」
「それで、天后はどうした?」
「天后は、晴茂様の意向を汲んで九尾の妖気を辿って先に進んでいます。晴茂様の安全は自分がしっかり守るからと言ってました。さあ、天后の目印を追いかけましょう」
三人は天后の残した目印を追った。小一時間ほど辿ると、九尾の妖気が強くなってきた。『近い』と琥珀が言う。晴茂は、天后を呪文で呼び寄せた。
「晴茂様、九尾はあの川の向こうです」
「天后、姿は見たか?」
「はい、白い化けキツネです。千年以上生きている九尾のキツネです」
「他の妖怪はいたか?」
「いません。九尾だけです」
「六合、どう攻める? おまえは昔、将軍だったのだろ」
「生け捕りにするなら、晴茂様の張った五芒星で袋小路に追い込むのがいいかと」
「うまく罠に掛かるだろうか」
「分かりません。やってみるしかありません」
「よし、罠を張ろう。天后、九尾を見張れ!六合、他の妖怪がいないか付近で警戒してくれ」
晴茂は、指示を出した。そして、『琥珀、行くぞ!』と声を掛け、九尾を追い込みやすい地形を探しに山を駆けた。
川を遡った所に滝がある。水が流れ落ちる切り立った崖は、東西に続いている。そこを崖に沿って進むと、一部崖が入り組んだ地形があった。ここに追い込めるかもしれない。晴茂は、勾陳を呼び出した。
「勾陳、見ろ!あの崖が窪んでいる部分をもっと奥まで掘れないか」
「分かりました」
そう言うと勾陳は崖の上に登り、そこで金色の気を吐いた。崖がみるみる崩れてゆく。崖と崖で挟まれた奥行きが百メートルほどの袋小路が出現した。
「見事だ勾陳。僕が、ここに九尾を追いこんだら、崖の上から土を被せ生き埋めにするんだ」
晴茂は滝の所まで戻ると五芒星を崖に並べ、九尾が崖を越えられないようにした。五芒星を避けて進むと、自ずと勾陳の造った袋小路に入り込んでしまう算段だ。
「どうだ?琥珀。これで生け捕りにできるかな」
「これだけの大仕掛けな罠なら、できると思います」
「琥珀、おまえは石に戻れ」
「いえ、わたくしは晴茂様のお手伝いをします」
「馬鹿を言うな!呪力の無いおまえなんか九尾にすれば赤子同然だよ。危険だ」
「いいえ、石には戻りません」
晴茂は、無生物から造った式神が指示に従わないのは何故だと思ったが、考えている暇はない。
「分かった。充分注意しろ!」




