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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十章 雲外鏡
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雲外鏡<9>

 千葉県成田市の西、東勝寺、ここは宗吾(そうご)霊堂と呼ばれ、木内宗吾とその家族の墓がある。昼まだ陽が高い時に、宗吾様御廟の前に晴茂と琥珀が現れた。ここに宗吾の霊は眠っているのだろうか。晴茂は御廟の前に立ち一礼をし、つっつと石段を登ると五輪塔の地輪(ちりん)に手を当てた。


目を閉じ、口の中で呪文を唱えている。目を開け、その脇に生えていた草木をひとつ手に取り、ポケットに入れた。琥珀の所に戻った晴茂は、木内宗吾と家族の霊がここに眠っていると告げた。二人は、仁王門を通りその奥にある宗吾霊宝殿を抜けて、林の中に入った。人目のない茂みの中だ。


 晴茂はポケットから持ってきた草木を出し、石の上に置き呪文を唱えた。褐色の粗末な着物姿で無精髭を生やした男性が現れた。

「木内宗吾様でしょうか」

「そうだ。あなたは?」


「陰陽師、安倍晴茂といいます。これは、僕の式神で琥珀です」

「はて、陰陽師殿が、どのような御用ですか」


「単刀直入にお聞きしたい。『雲外鏡』という照魔鏡(しょうまきょう)をご存知でしょうか」

「雲外鏡?照魔鏡?…」


「はい、楕円形をしたずっしり重い鏡です。これくらいの大きさです」

「ああ…、ぎんが使っていた鏡かな」

「ぎん様。奥方様ですか?」

「そうだ。確か…、ぎんがそれくらいの鏡を使っていた。鏡の名前は知らないが…。それが、何か?」


どうやら宗吾は鏡の威力などは知らないようだ。


「では宗吾様、奥方様をお呼びしてもよろしいでしょうか」

「ああ、かまいませんよ」

晴茂は草木に指を触れ、呪文を唱えた。


 宗吾の霊の隣に、赤茶の着物を着た婦人が現れた。やつれた表情ながら、柔和な姿だ。

「ぎん様、陰陽師、安倍晴茂です。これは琥珀」


「あら、あなたも呼ばれたのですか」

ぎんは宗吾を見ながら言った。宗吾は頷いて、穏やかな表情でぎんを見た。


「雲外鏡という鏡のことを聞きたいようだ。おまえが使っていた鏡ではないか?」

「よくご存知ですね。あの鏡は雲外鏡と呼んでいました」


ぎんは晴茂の方を見て答えた。雲外鏡と聞いてもぎんに動揺の気配はない。

「雲外鏡に呪いをかけたのは、ぎん様でしょうか」


「呪い?」


宗吾とぎんは、同時に驚きの声を出し、お互いを見た。そして、ぎんが聞いた。

「呪いとは、どういう?」


「堀田正信殿への呪いです」

再び、宗吾とぎんは驚きの表情で顔を見合わせた。やや眉を吊り上げた宗吾がきっぱりと答えた。


「陰陽師殿!わたしどもは、堀田のお殿様に恨みはありません。直訴(じきそ)は天下のご法度、それを承知の上で、それでも佐倉(さくら)郷の人々を助けるためにこの身を投げ打ったまでです。


それは、ぎんも、子供達も同じ覚悟。お家は断絶、家族も揃って打ち首、その覚悟はできておりました。呪うなどとは思ってもおりません!」


「呪いをかけたとは、また何故そんな話が、…」

宗吾もぎんも首を横に振った。


晴茂は、このふたりの霊が邪悪ではなく、従って真実を話していると見た。


 晴茂と琥珀は、雲外鏡にかけられた呪いがある事、その呪いで堀田正信が狂気を起こし自害した事、そして今なお雲外鏡が悪さをしている事を話した。ふたりは驚きの表情で聞いていた。


「ぎん様、あの鏡はどのように手に入れたのですか?元々、照魔鏡として魔力が備わった鏡だと思いますが、…。そのことはご存知でしたか?」


「はい、雲外鏡は、おそでちゃんから頂きました。この鏡を見て誰かのことを考えると、その人が良い人か悪い人か分かるって言われました。でも、わたしは、…もし悪い人って分かったら、次の日からその人に会うのが怖くなってしまうと思って、一度もそんな使い方はしていません。


そんなことができるので照魔鏡って言うのですね。わたしは、単に写し鏡として使っておりました」


ぎんは、雲外鏡の魔力は使ったことがないと言う。真実だろう。


「その、おそでちゃんという人は、どんな方ですか?」

琥珀が聞いた。


 おそでは、江戸から流れてきた娘で、庄屋木内家で子供の世話と家の手伝いをしていた。江戸の前はどこにいたのか、どこの生まれかは分からない。よく働く娘で、木内家では身内のように扱っていた。そんな身寄りのない娘が、どこで手に入れたのか貴重な照魔鏡を持っていたのだ。それだけでも謎の娘だと晴茂は思った。


「直訴の事件の後、その照魔鏡やおそでちゃんはどうなったのでしょう?」


「おぎんや子供たちが打ち首になった時、そしてわたしが(はりつけ)になった時、おそでは刑場まで来て泣き叫んでいました。柵を乗り越えようともしました。


おそらく自分も木内の家族だという気持ちだったのではないでしょうか。村人たちは手を合わせて涙を流していても、感謝を込めて静かにわたしたちを見送ってくれたのですが、おそでは、自分も一緒に処刑してもらいたかったのではないでしょうか。


あの娘の気持ちは、痛いほどよく分かります。処刑の後、おそでがどうなったかは知りません」


宗吾は淡々と話した。ぎんが、続けた。


「そうね。おそでちゃんは、…家族同然で暮らしましたものね。あの娘は裏山が好きで、よく子供たちを連れて遊びに行っていたわ。照魔鏡は家に置いてあったけれど、捕らわれの身になってからどうなったか、…分かりません。わたしたちの家は、焼き払われたと聞きましたが、…」


「そうですか。おそでちゃんが好きだった裏山とは?」

「ほら、ここから北に向かって進むと裏山ですよ。山というより森かしらね」


 晴茂と琥珀は、宗吾とぎんの霊に礼を言い、丁重に戻ってもらった。晴茂は、持ってきた草木を御廟に戻し、五輪塔の地輪に再度手を触れ呪文を唱えた。その時、おぎんの声が晴茂と琥珀に聞こえた。


「陰陽師さん、おそでちゃんの霊に会ったら、わたしたちはここに眠っていると伝えてくださいね」


晴茂と琥珀は、五輪塔に深々と頭を下げた。


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