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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十章 雲外鏡
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雲外鏡<6>

 夜が更けた。三人は、廊下のドアを開けて、玄関が見通せる居間で身を潜めていた。そろそろ異変が起こる時刻だ。暖かな夜だ。片田舎のこの地区は、夜が更けると一切の音が消えてしまったように静かだ。そんな中、玄関から玄関ホール辺りの空気が微妙に動いた。


「来る!」

晴茂が小さく呟いた。


 雲外鏡(うんがいきょう)の前が青白くスポットライトが当たったように明るくなる。鏡の表面から黒い物体が飛び出した。その物体はみるみるうちに大きくなり、黒い犬のような姿になった。黒い犬は身を屈め、牙を剥いて辺りを探っている。犬のようだが、体毛が異常に長い。頭も犬というより牛に近い。黒い犬が飛び出すと同時に、雲外鏡から出ていた青白い光は消えていた。


 黒い物体の様子を探っていた晴茂が、二人に言った。

「あれは、やはり犬だな。鏡の呪いで怪物のように変化(へんげ)させられているが、犬自体には妖力も何もない。琥珀、五芒星(ごぼうせい)で捕獲するぞ。僕が(おとり)になる」


 晴茂は、廊下へ出るとすっと玄関まで進んだ。その後ろを琥珀も進む。黒い犬は、すぐに晴茂に気付くと、唸り声を出しながら晴茂に突進した。晴茂は身軽に天井へ駆け上がった。獲物を見失った黒犬が立ち止まる所に、琥珀が五芒星を放った。


白く輝く五芒星が黒犬を包んだ。琥珀が印を切る。黒犬は白い五芒星から出られない。琥珀は呪文で捕獲した黒犬と五芒星を小さく縮めた。黒犬は普通の犬の大きさまで縮んだが、五芒星の中で牙を剥き爪を立てて暴れている。晴茂が床に降りた。遠く居間で小さくなっていた座敷童(ざしきわらし)も、恐る恐る晴茂の所までやって来た。


「うわっ、怖そうなやつ。こいつ、絶対に五芒星から出ないか?」

「ああ、大丈夫だ。さて、呪いを解いてみるか」


晴茂が、右手で印を切りながら、呪文を唱え出した。

「これは、悪霊による呪いだ。霊力だな」

そう言うと、更に印を切り呪文を唱える。


右手を一杯に広げ、五芒星にかざし、晴茂の喝が発せられた。

「とぉうっ!」

かざした手の平から無数の黄金の粒が五芒星に流れた。五芒星の中で暴れていた黒犬の化け物は大人しくなった。と同時に、するすると黒ぶちの普通の犬に戻ってゆく。雲外鏡の呪いが解けたのだ。


 犬の表情も普通に戻った。その犬を見て、座敷童が叫んだ。

「おおっ、蔵王丸じゃないかっ!」

「知っているのか?この犬」

「ああ、知ってる。おれがこの屋敷に棲みついた頃にいた犬だよ。冬の寒い日の朝いなくなって、みんなで探し回っていた。遠い親戚にもらった犬だ。おい、蔵王丸。ほら、おれだ。覚えてないか?」


犬は座敷童を見た。ゆっくり立上り、尻尾を振りながら、くんくんと鳴いた。どうやら、犬も座敷童を覚えているようだ。


「やはり、蔵王丸だ。陰陽師さん、この五芒星から出してやってよ。可哀そうだ」

「いいや、まだ待て。呪いが復活すると厄介だ。それより、この犬に事情を聞こう」

晴茂は、呪文を飛ばした。


「おまえは蔵王丸か?」

「そうだ。蔵王丸だ。そこにいるのは座敷童だろう。そいつは屋根裏にいつも隠れていた」

犬が人間の言葉を喋る。


「なぜ、雲外鏡に取り込まれた?」

「なぜ?こっちが聞きたい」


「そうか。おまえが雲外鏡に取り込まれた時の話をしてくれ」

「おお、そうだな、昨日のことのように覚えている」


 蔵王丸は話し出した。

「冬の寒い夜だった。雪がちらちら舞ってた。おれたちは、少々寒くっても大丈夫なんだが、リン達は屋敷の床下で丸くなって震えてた」

「リン?」


「ああ、野良猫だ。リンとその子供の猫が数匹いた。まあ、リンのことは関係ないんだが、そんな寒い夜だ。足音がするのでふと見ると、黒い合羽(かっぱ)を着込んだ(あや)しげな男が庭に入って来た。背中に大きな荷物を背負ってたな。


俺は、怪しいので吠えてやったのさ。知らないやつだったしな。そうしたら、俺の方に寄って来て、持っていた杖で殴ろうとする。


こっちもそう簡単にやられはしない。俺は身を屈めて唸り声をあげ、威嚇してやったよ。杖が届くか届かないかの距離しか近づかないんだ。そいつは、何度か杖で殴ってきたが、こっちも負けてはいない。吠えて反撃してやった。


しかし、俺は綱で結ばれている身だ。そいつが距離を取れば、届かない。そうこうしている内に、そいつは荷物の中から鏡を取り出した。そりゃあ美しい鏡だったよ。それを俺の方に向けたので、俺は鏡を見た。鏡には俺が写っていた。そうしたら、闇の中へ入ってしまった」


「知らない男なんだな。どんな格好だったか、もう少し思い出してくれ」

「どんな格好と言っても、侍じゃないし、百姓でもないな。黒い合羽を着てたから、よく分からなかった」

「鏡におまえが写った時、その男は何か言ったか?」


「確か…、ウンガイセイシンだったか」

「うん?どういう意味だ?」

「分からない」


「その男は、もしかして…」

座敷童が呟いた。

「座敷童、知っているのか、その男?」


座敷童が思い出そうとしている時、雲外鏡が再び輝きだした。

「いかんっ!みんな隠れろ!」


晴茂の言葉で、琥珀は座敷童を抱えて廊下を飛んだ。晴茂は、呪文で五芒星を手の中に入る大きさに縮め、ポケットに入れると、天井の隅に飛び気配を消した。


また別の化け物が出るのか。


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