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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第十章 雲外鏡
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雲外鏡<2>

 起こされた晴茂は、晴茂親子と琥珀で楽しく夕飯を取った。琥珀も自分の両親のように時晴、静枝に甘えているように見えた。


「琥珀は式神としてどんな術を使う?」

時晴が聞いた。


「はい、凶将が使う術は一応は習いました」

琥珀は、恥ずかしそうに答えた。


「一応とは?」

「えへへ、戦いに使えるのは白虎の光線と青龍の稲妻くらいかな」

「その他には?」

五芒星(ごぼうせい)を、…」


「そうか、晴茂直伝か、…。五芒星は安倍家の秘伝だからな。琥珀も安倍家の一員だ」

時晴は、そういって嬉しそうに琥珀を見た。


今度は、静枝が聞いた。

「琥珀ちゃん、でも式神なら独自の術もあるの?」

琥珀は、晴茂の顔色を伺いながら、答えた。

「はい、…土蜘蛛(つちぐも)の術を…」


土蜘蛛(つちぐも)の術と聞いて、時晴の目が動いた。


「ほおぉ土蜘蛛の術か。琥珀、その術はどこで誰から会得した?」

時晴の声がやや低くなった。琥珀は、時晴の変化した雰囲気を察し、目を伏せながら答えた。


「ああのぅ、鬼女(きじょ)紅葉(もみじ)さんから、…教えてもらいました」


「何、み、水無瀬(みなせ)、いや戸隠(とがくし)の紅葉か、…」


そう言いながら、時晴は晴茂の方を向いた。晴茂は、首を左右に小さく振り、それ以上言わないように時晴に伝えた。


時晴、晴茂親子の様子を見ていた静枝が、口を挟んだ。

「あらぁ、そう。よかったわね、琥珀ちゃん。じゃあ、そうね、食後のコーヒーでも、どう?煎れる?」

時晴と晴茂は、「う、うん」と首を縦に振った。


「琥珀ちゃん、手伝って。コーヒーを煎れるから、…」

そう言いながら、静枝は台所へ向かった。琥珀も、後に続いた。


 時晴は、小さな声で晴茂に言った。

「鬼女紅葉といえば、土蜘蛛の一族と関係する。琥珀と深い関係を作らせてもいいのか?」


「紅葉は大丈夫です。晴明(せいめい)様と紅葉は信頼し合った間柄ですから」


「うぅ?晴明様と…。そうか」


その後、時晴は土蜘蛛の話題はしなかった。四人はコーヒーを飲みながら談笑した。


 そんな折、晴茂と琥珀は、裏の廊下に気配を感じた。何かがいる。琥珀が立ち上ろうとするのを、晴茂が手で制した。


その後、時晴も気配を察したようだ。陰陽師を晴茂に譲ってから、時晴の呪力は衰えて来ている。気付くのが晴茂や琥珀からかなり遅れた。

「晴茂、叔母さんのようだな」

晴茂が頷いた。


「えっ、お姉さんが来ているの?」

静枝が辺りを見渡した。


廊下に通じるドアの前に、九尾(きゅうび)の狐がぼっと姿を見せた。直ぐに九尾は人間の女性の姿に化身し、にこやかに静枝の横の椅子に座った。


「おやおや、晴茂さんも、琥珀さんもいらっしゃるとは、思いませんでした。お二人とも、お元気ですか」

「はい、元気です」


「そうね、陰陽師として活躍している事は、風の便りで聞いているわ。琥珀さんも、強くなったようね」

琥珀は恥ずかしそうに首を横に振った。


「風の便りですか?」

晴茂が聞いた。


「はい。わたしにも色々と連絡をしてくれる仲間が増えましたわ。例えば、墨っ子とか、…」

「あっ、そうですか。そんな所からも聞いているのですか」

「ほほほ…。そうですよ、晴茂さん」


 晴茂は、来て良かったと思った。久し振りに九尾にも会えた。しかし、長年結界に封じられていて、結界を解かれたのは最近なのに、既に九尾は情報を仕入れる仲間を作っているようだ。すごい力だと感心した。九尾を交えて、積もる話をひとしきりした後、思い出したように九尾が時晴に言った。


「そうですわ。今夜ここに来たのは、時晴さんにお願いしたいことがあったのです」

「はい、何か?」


照魔鏡(しょうまきょう)ってご存知かしら?」


「ええ、知ってます。写った者の邪心を見せる鏡ですね」


「そうです、そうです。それと同じような鏡だと思うのですが、雲外鏡(うんがいきょう)と呼ばれている鏡はご存知?」


「さて、…雲外鏡、…ですか。…それは、聞いたことがありません」

「そうですか」


「雲外鏡っていう、その鏡も邪心を写すのですか?」

晴茂が聞いた。


「ええ、そうだと思うのですが、鏡から物の()やら何やら、沢山出てくるようなのです。そして、悪い物の怪が出てくると、人を喰らうと、…」

「ええっ!それは大変!」

静枝が驚いた。


「東の山を越えた村に、その雲外鏡があると聞きました。様子を見に行こうと思ったのですがね、これは陰陽師さんにお願いした方がいいかと思いましてね」


「ほう、そんな奇妙な鏡があるのですか」


時晴は、腕組みをした。話に乗り気だと感付いた静枝が、時晴を制した。


「お姉さん、時晴はもう陰陽師ではないのですよ。そんな危険な鏡なら、呪術が弱くなった人間には無理ですよ。止めてくださいよ、あなた!」


「なあに、鏡くらいならまだ衰えたとは言え、…」


「お父さん、僕が見てきます。それで、いいですね、お母さん」


晴茂は、みんなの顔を順番に見ながら言った。みんなは、頷いた。


「晴茂さんが行ってくれるなら、これはもう大丈夫だわねえ」

九尾は笑顔で言った。


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