川童<14>
ようやく猿猴は警戒を解いて、シバテンの姿に戻った。
「シバテン、よく見ててくれ!」
天空は宙返りをし河童に化けた。シバテンは目を丸くした。
「ほら見ろ、シバテン。さっき雷獣に追われていたのは、俺だ」
「何?河童じゃないのか」
天空はもう一度宙返りをし、天空に戻った。
「しかし、見事に化けるもんだなあ。うん、これなら見間違うぜ。へえぇ…。
で、本物の河童は川童が匿っているんだな」
そう言うシバテンに、琥珀がこれまでの経緯を説明した。それを聞いていたシバテンの顔が、しかめっ面をおびてきた。そして、シバテンは妙な事を言い出した。
「ふぅぅん、妙な話だ。俺は、河童が窮地に陥っていると聞いた。だからこうして駆けつけて来たんだが…。その聞いた話では、河童を追い詰めているのは人間で、雷獣なんかではないぞ。おまえ達、人間が河童を襲っていると聞いた。
河童は妖怪だからな、人間がそう簡単に河童を襲えるはずはない。おまえ達、陰陽師なら河童を襲って封じ込めることはやりかねない。そう思ったまでだ。
しかし、川童がなぜこんな話に絡んでくるのか?あいつらは姿は河童に似ているが、妖怪ではない。河童を助ける必要なんかない。まして、人間と河童の争いに、わざわざ入ってくるはずはないんだ」
晴茂達は、シバテンの話を聞いて、何か捻じれた話になってきたと思った。
川童によると、河童は雷獣に追われている。そして、その河童を川童が棲家としている池に匿っているのだ。
だが、このシバテンによれば、河童が人間に襲われ窮地に陥っていると聞いたので、河童を助けに来た。そこには雷獣は登場しないのだ。そして、川童が河童を助けるなどとは、思いもよらないのだ。
「シバテンに河童の窮地を教えたのは、誰?」
琥珀が聞いた。
「陰陽師よぅ、本当に、おまえ達が河童を襲ったのではないのだな。五芒星の陰陽師なら信用するが、…」
「わたし達ではない」
琥珀と天空が、声を揃えて答えた。
「ふぅーん。俺がその話を聞いたのは、大峰山の山伏からだ」
「修験者か」
「まあそんなとこだ」
話を続けるシバテンが、更に奇妙なことを言い出した。
「あのな、雷獣に襲われる河童は、昔から沢山いた。雷獣は、それを愉しんでいるんで、決して河童を殺したりはしない。雷獣が相手なら、安心なんだ」
「ええっ?雷獣は楽しみながら河童を襲うのか?で、傷つけたり殺したりしないのか?」
天空が驚いて確認した。
「そりゃあそうだろうよ。河童と雷獣は、同じ雷神の配下だから、まあ、仲は悪いけれど、お互いに手加減しているさ。俺に言わせれば、あれはやつらの遊びだぜ。
さっきも雷獣は俺を見て、稲妻は飛ばしたけれど、さっさと帰って行っただろう。あれは、別に俺の方が強いから雷獣が逃げたのではないぞ。俺も雷獣を追わなかった。そんなもんだよ、河童と雷獣はな。雷神の面前では、きちんと河童と雷獣が並んで頭を下げるんだぜ」
晴茂と琥珀、それに天空の三人は顔を見合わせた。河童と雷獣は、単にじゃれ合っているだけなのか。それが本当なら、雷獣から逃げていないなら、川童が匿っているという河童は、誰から逃げているのか。
「シバテン、その話は本当か?」
晴茂の真剣な声に、シバテンは驚いた。
「ううっ?山伏の話しか?ああ…、河童と雷獣の事か。
本当も何も、あれは遊びなのだが、遊びでもない面もある。
そもそも、河童は川や池なんかで気候の異変を嗅ぎつけると、水から出て雷神に知らせに行こうとするんだ。それを見つけて雷獣が追っかける。
いいや、別に雷獣は河童を止めようとしているんじゃないぞ。河童を稲妻で攻撃しながら、空雷鳴を轟かせ、雷神に予め異変を知らせるんだ。河童が行くぞってな。
そして雷神の前で、河童と雷獣が異変の仔細を報告するって事さ。まあ時々、異変が無くても遊んでいる場合もあるけどさ」
「…。そんな役目があるのか」
「そうだぜ。日照りが続いて、池の水が干上がりそうになると、やたら空雷鳴が起こるだろ。あれは、河童と雷獣が雷神に報告に行っているって事さ」
晴茂は、この事件の裏で蠢いている得体の知れない魍魎を感じるのだが、今はそれが何か分からない。このシバテンは、何故か信用できると思った。
「では、俺は河童と話をしてくる。また明晩に会おう、五芒星の陰陽師よ」
そう言ってシバテンは素早い動きで山林に消えた。




