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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第九章 川童
145/231

川童<1>

 秋空も深まって来た日、琥珀が市街を外れた細道を歩いていると、数人の子供が道の脇で騒いでいる。見ると、道に沿った小川を覗き込んで、棒で何かをつついている。どうやら魚の死骸のようだ。


琥珀が、小川の上流を目で追うと、たくさんの魚が浮かんでいる。(ふな)のようだ。

「どうしたの?」

琥珀が子供たちに尋ねた。


「魚が死んでいるんだ。いっぱい流れてくるんだ」

「そうだね。何かあったの?」

「知らない」


「何か病気かも知れないから、触らない方がいいよ」

子供たちに注意をした琥珀だが、何か胸騒ぎがした。こんな小川に鮒が入ってくるとも思えないので、きっと上流には池があるのだろう。水が汚染されているようには見えないが…。


「この川は、どこから流れて来るの?」

「あの竹藪の中からだよ。竹藪の奥は知らない」

「そう」

子供が指差した竹藪を見た。


 なる程、遠くに大きな竹藪が広がっている。奥は山に続いている。

「あっちに交番があるでしょ。お巡りさんに知らせてやってよ、魚がたくさん死んでいるって。ほらっ、水が汚れているかも知れないよ。君たち危ないから、もう止めな」


「うん分かった、お巡りさんに知らせるよ」

子供たちは、そう言って竹藪とは反対の方角へ走って行った。


 琥珀は、上流を調べてみる事にした。しばらくは道に沿って小川は流れていたが、途中から道に沿っている小川と竹藪の方から流れてくる小川に分かれた。子供たちが言ってたように、鮒が横倒しで白い腹を見せて流れて来るのは竹藪へ伸びている川の方だ。琥珀は、道をそれて小川沿いに進んだ。川は、ここまで異常がない。綺麗な水が流れている。


竹藪に入った。風で竹の葉っぱが擦れ合って、カサカサと音を出していた。意外と太い立派な竹が生えている。竹藪の中へ入ってから、それまでほぼ真直ぐに流れていた小川は、大きく蛇行して奥へと向かっている。


 ずいぶんと広い竹藪だ。ここまで奥に入ると、琥珀が歩いて来た竹藪の外が見えなくなった。小川は、水面までが深く掘れ込んだようになって、奥へと伸びている。小川の岸を歩いている琥珀の背丈くらいの深さになった。


これって、子供たちが落ちたら危ないよね、と琥珀は思った。そんな心配をしながらしばらく進んだ。ふと川の上流に目をやると、竹藪の向こうに土手があり、その奥に大きな黒っぽい池があった。昔に使っていた水田用の溜池のようだ。しかし、何やら不気味な感じのする池だ。


 池の周りには木々が生い茂り、池の縁が分からない。曇り気味の日なので、木々で陽の光が更に届き難い。その所為(せい)で池が黒っぽく見えるのだ。水面は波もなく、滑らかに黒く光っている。水なのに、粘性を持った黒っぽいスープの様に感じる。


そして、鮒が腹を上にして、あちこちに浮いている。ここが鮒が死んだ場所だな、と琥珀は目を凝らした。琥珀の後ろでは、竹がざわざわと音を立てる。不気味だ。琥珀でなければ、悲鳴をあげて走って逃げるような気味の悪さだ。


 琥珀は、土手から池の上に張り出している大木の枝に飛び乗った。その振動で木の葉が数枚池に落ちた。丸い波紋が数個重なりぶつかりながら滑らかに広がった。池の様子を探ったが、別に異常は見当たらない。

「なぜ、魚が死んだのだろう?」 


琥珀には、その原因が見いだせない。池の周りを廻って見る事にした。木が岸を越えて水面に覆い(かぶさ)っている場所が多く、素直に岸は歩けない。木から木へ飛び移りながら進んだ。丁度反対側の辺りに来たとき、水面にぷくっと泡が湧き消えた。


 丸い波紋がゆっくりと広がる。琥珀は水の中を注視した。何もない。水の中へ入ろうかとも思ったが、この気味の悪さでは入る気になれなかった。


 次の木の枝に飛び移ろうとした時、水面に丸い緑色の何かが浮かんだ。水草が絡まっている。プラスチックのお皿のようでもある。周りには小さな泡ぶくが数個弾けた。何だろうと水中に目を凝らした瞬間、琥珀の後ろに何者かの気配を感じた。


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